10
夜7時ごろであった。突然、電話がかかってきた。
「なあ、飯もう食った?」
最初の言葉がこれだったので美鈴は閉口してしまったが、誰からかはすぐに分かった。
「なに? 突然にどうしたの?」
「いや。 食ってないなら一緒に食おうと思って。近くに来たからさ」
何か嫌な予感がした。
昨日、海人に家まで送ってもらった時、陸が家の近所の店の事をあれこれと聞いていたのを思い出した。
断るにも断れそうもないので尋ねる。
「近くって、どこにいるの?」
電話口からは楽しそうな声が聞こえた。
「ドアの前」
「はい?」
「美鈴ンちのドアの前だよ」
驚いて玄関へと行きドアを開けると、廊下の壁によりかかって携帯を持った陸が立っていた。
驚いた顔の美鈴を見て楽しそうに笑っている。
「よおっ!」
どっと、力が抜ける。
「原チャリでドライブしててさ、寄ったんだよ。
もっと早く電話しようとは思ったんだけど、着いちまったんでここからかけた訳」
陸の笑顔は、悪ガキそのものだった。
脱力のまま美鈴は陸と自宅から徒歩で10分ほどの場所にあるファミリーレストランに来ていた。
店内は家族連れや若いグループの男女で賑わっていた。向かいに座った食欲旺盛な陸の姿を見ながら、海人の心配を思うと思わずため息が出てきてしまった。
「何だよ」
陸はコーラの入ったグラス開けながらあきれ顔の美鈴に文句を言った。
「来たくなかったら、先に言えばいいだろう」
「違うよ」
美鈴は、陸の言葉を止めた。
「裕助に聞いたんだけど、あまり外出するなって言われてるんじゃないの?」
「ああ」
美鈴の言葉に陸は、とつまらなそうな顔をして椅子にもたれかかった。
「陸には関係ない事だと言いきれないよね。せめて夜出掛けるのはやめた方がいいんじゃないの?」
陸の瞳は、冷たく美鈴を見つめた。
「兄キか誰かに、俺に言うように言われたの?」
「違うよ。 誰にも言われてないよ」
陸の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
暫くして、陸の方が視線をずらすとため息をついた。
「確かにそうなのかもしれないけど、家になんてずっといられないよ。
この間もそうだったけど、今までだって何度もあった事だし慣れてる」
「………」
陸の言葉に、美鈴は何も言えなくなってしまった。陸の言う通り今まで何度もこのような事はあったのだろう。そしてその度に、海人達にうるさく言われてきた事なのかもしれない。家の事情を知らない自分が口出しすべきことではないのかもしれなかった。陸は、口をつぐんでしまった美鈴を見て小さく笑った。
「わりぃ。 心配して言ってくれたんだよな」
陸の言葉に顔を上げた。陸は、相手の気持ちを敏感に感じ取る。真っ直ぐな言葉で、相手を傷つけてしまうこともあるのだが思いやる心がない訳ではなかった。 悪いと思ったことは謝ってくれる。だから美鈴も振り回されながらも文句を言いつつ付き合えたのだ。
「私の方こそ余計な事言ってごめん。
でも、避けることが出来るならそうして欲しいから…」
陸は、真剣な表情で言う美鈴を黙って見つめた。
美鈴の言葉には、何か重みがあった。いつもはおっとりとした性格なのだが、時々まったく違った顔を見せる。そんな時はなぜか、いつものように軽く返す事ができなかった。陸は、渋々返事をした。
「分かった」
美鈴はホッとした表情で頷いた。
二人がレストランを出てから暫くして、ふと背後に人の気配を感じた。前に裕助が言っていた、高野組の人間が陸についているのだろうか。しかし、前回とは違い何か不安な気持ちがおさまらない。
「陸、こっちの道から帰ろう」
店が何件かあり住宅地より比較的に人通りのある明るい道を指した。
「別にいいけど遠回りになるんじゃない? まだ9時前だしそんな暗い道じゃないし…」
「ちょっと、コンビニに寄りたいんだ」
誤魔化して言ったのだが、もしこの後も気配を感じるようだったら陸にも言うつもりであった。
コンビニでの買い物を終らせ店を出ると、今まで感じていた気配はなくなっていた。辺りに視線を走らせたが不審なものは何もない。美鈴は、小さく安堵の息を吐いた。前の晩に相模から忠告を受けていたので神経質になりすぎていたのかもしれなかった。
気持ちが楽になると、ふと夜理を陸に紹介するという計画を思い出した。ここ数日の間で、ランチをしたり買い物をしたりとすっかり仲良くなった夜理を陸と合わせたかったのだ。楽しみでついつい気が競ってしまい前置きもなく話し始めてしまった。
「今度、陸に友達を紹介するね」
突然の話しに陸は、分からない顔をして美鈴を見た。
慌てて美鈴は言い直した。
「前の職場の後輩の子なんだ。陸より一つ年上なんだけどすごい美少女でいい子なんだよ」
美鈴が、嬉しそうに言った言葉に対して陸の反応はイマイチだった。
「別にかまわないけど、俺、気なんて使えないからな」
「うーん、あまり乗り気じゃないね」
そう言いながらふと、陸が以前に年上の女性の話をしていた事を思い出した。
「陸、女の友達って多いの?」
陸は、眉を寄せた。
「何でそんな事聞くの?」
「え…何でって…、以前陸の話を聞いたとき幅広い年齢の女性と知り合いみたいだったからちょっと、
そう思っただけで…」
聞いてしまったことに気まずく口籠っていると、陸はどうでもよいと言った口ぶりで答えた。
「セフレだよ」
「セフレ?」
意味が分からず複雑な顔をしている美鈴に、陸が再び口を開きかけた時に美鈴が尋ねた。
「セレブな…友達のこと?」
「は?」
陸は、驚いて目を丸くしたが笑い出す。
「何だよ、それ」
おかしそうに笑う陸に、美鈴の顔は赤くなった。
「そんなに笑う事ないじゃん。じゃあ、なんなの?」
「別に知らなくていいと思うよ」
「何かバカにしているでしょう…」
「バカになんてしてないよ。 ただ驚いただけだよ」
陸はまだ笑っていたが、正面から来た車に気が付いて車を避けるために、美鈴の腕を掴むと道の端に寄った。しかし、車は通り過ぎることをせずに速度を落とすと自分たちの手前で止まった。今までの和やかな空気から一瞬にして緊張が走る。道はすでに大通りから、人気のない住宅街へと入っており一本道であった。陸は、背後に視線を向けたが、二人を挟むように後ろからも車が来て止まった。
(殺す気じゃない…、捕まえるつもりなんだ)
美鈴の頭の中は、情報部員であった俊モードへと変わる。しかし、姿が変わらなければ力は普通の女性と何も変わらない。こんな所で能力の使える俊に変わる事はできなかった。
(前に三人後ろにも三人。 人数が多い…。
突破するなら…前。それも油断している今)
車から出てきた柄の悪い男達から陸を見る。唇を噛みしめ緊張しているが怯えた様子はなかった。美鈴は、前を向いたまま小声で陸に言った。
「陸、前から抜ける。一人、頼むね」
陸は、ピクリと反応すると顔を向けようとしたが、男達が自分達に近づいて来たので動くことも言葉を発することもしなかった。次の瞬間、美鈴の手がそっと陸の腕に触れると、陸の影から男達の方へと飛び出した。
早かった。
男達も、さすがに美鈴が自分達に向かって来るとは思わず、油断していた男はあっさりと倒れた。
陸も遅れて飛びついた男を倒すと、二人はそのまま真っ直ぐに走り出した。後ろの方では男達の叫び声が聞こえた。そして、銃声。美鈴は、陸の手を掴むと前の車の運転席から出てこようとしている男の開いたドアを蹴飛ばし車の横を走り抜ける。男の悲鳴と銃声が再び聞こえたが、ただひたら走った。
脇道に逸れて暫くしてから二人は細い路地で足を止めた。荒い息の中、美鈴は顔をしかめると左腕をおさえる。陸は、美鈴の異変にすぐに気が付いた。
「もしかして撃たれたの? 見せて!」
「大丈夫。かすっただけだから」
そう言いながらも、腕の傷口からは血が手まで流れていた。陸は、急いで自分の上着を脱ぐと美鈴の腕に巻きつけて止血をしてくれた。手早い処置であった。
「ありがとう。 陸は大丈夫?」
「俺は、大丈夫だよ。それより美鈴だろ! 病院に行かないとヤバいって」
陸の言葉に頷きはしたが、普通の病院に行くことは出来ない。
銃で撃たれたなんて到底言えない事であった。
「病院には行く。でもまず先に家に電話して迎えに来てもらった方がいい。
さっきの奴等が、まだこの辺りを捜しているかもしれないし…」
そこで言葉を止めた。
きっと自分達のような相手にやられた上に逃げられたのだから、怒りも収まらず血眼になって捜している事であろう。美鈴の言葉に陸は、唇を噛んでいたが携帯を取り出した。
「兼松に迎えに来てもらうよ。 それから、知っている病院に連れて行ってもらおう」
「陸、私は、俊か裕助に迎えに来てもらうよ…」
そこまで言ってから、陸の携帯が繋がったので仕方なく言葉を止めた。
「兼松? 俺っ、そう。 今、俺の場所GPSで分かるんだよな。今すぐ来て欲しいんだ。
美鈴を病院に連れて行きたいんだよ。 詳しいことは、後で話す」
陸は、携帯を切ると美鈴を見た。
「15分くらいで兼松がくるからまず病院へ行こう。 その後、家まで送るから」
「陸、私は…」
断ろうと思ったが言葉を止めた。ここで断って別れたら、かえって陸に心配をかけてしまう。そう考えると陸の言う通り世話になった方がよいと思ったのだ。
「…分かった。 じゃあ、お願いします」
陸は、頷くと住宅の入り口にある植え込みに美鈴を座らせると自分も横に座った。
「ねえ、美鈴は何者なの? 俺よりよっぽど場馴れしていた」
陸の疑問はもっともだった。 誤魔化すにも誤魔化しきれないし嘘もつきずらかった。
しかし、本当の事も話せない。美鈴は、視線を下げると小さくため息をついた。
「私に兄がいるって言ったよね。その兄は、前に特殊な仕事をしていたんだ。
仕事の内容は、ちょっと言えないんだけど危険な事もしていた」
美鈴は、息を整えながら話を続けた。
「だから私も危険な目に遭う事もあったし、対処法も教えてもらっていたんだ。
あと私、人よりトラブルに巻き込まれやすいみたいで、結構修羅場をくぐり抜けて来たかもしれない」
苦笑いして話す美鈴を陸は黙って見つめていた。話し方はいつもの調子であるのだがその身に纏う空気はいつもとは違っていた。
しかし、今はそんな事を悠長に考えている場合ではなかった。口に出しては言わないが、美鈴の額には薄らと汗が滲んでおり痛みを我慢している事が分かる。
「ごめんな…痛いよな」
「大丈夫だよ」
美鈴は、心配かけないようにと小さく笑って首を振る。そんな美鈴を見ていると、
陸は何も出来ない自分がもどかしかった。
暫くして、細い裏路地を車が走ってくるのが見えた。
「兼松の車だ」
陸は、美鈴を肩を抱くようにして座っていた植え込みから立ち上がった。車は、二人の前で止まると運転席から男が出てきた。角刈りで厳つい顔をしたこの男が兼松らしい。兼松は、後部ドアを開けながら美鈴を見た。
「腕を撃たれたんだよ。どこか救急で開いている病院ないかな」
陸の言葉に兼松は頷くと、2人が乗り込むのを確認してから辺りを伺い車に乗り込んだ。
「組で使っている医者へ行きましょう。 ここからだと20分程かかると思いますが大丈夫ですか?」
兼松は強面の顔には似合わず、丁寧な言葉づかいで聞いてきた。
「大丈夫です」
兼松は、美鈴の言葉に頷くと携帯を出し電話をかける。一言、二言、話しをするとすぐに切り車を発進させた。車が路地から大通りへと出てから黙っていた兼松は二人に言った。
「陸、海人さんに連絡を入れて今日あった事を話しておいて下さい」
陸は、渋い顔をしたが素直に頷く。
「早瀬さんは、家の方に連絡を入れましたか?」
「あ…私は、連絡を入れる家族はいないので大丈夫です」
美鈴の言葉に、兼松はバックミラーで伺うようにチラリと見てから言った。
「でしたら、佐波さんに連絡を入れて下さい。今日の夕方、海人さんと会っていたのでいる筈です」
兼松の言葉に美鈴も渋い顔をしてしまった。裕助には俊が組織にいた時に散々迷惑を掛けてきたので、さすがにかけずらかったのだ。
「裕助に…ですか」
そんな美鈴の様子を見て陸が声を掛けてくれた。
「俺が、裕助さんにかけようか?」
「あ…、ありがとう。大丈夫。 自分でかけるよ」
陸は、頷くと自分の携帯を取り出した。美鈴も仕方なく携帯を出すと裕助に電話をかけた。
兼松が言うように、裕助は自宅にいた。
『美鈴さん? どうした?』
裕助の心配そうな声を聞くと、次の言葉がなかなか出てこない。
「あ…え…っと、実は腕に怪我をしてしまいまして、今、兼松さんの車で病院に向かっている途中です」
少し間があってから裕助の声が少し低くなった。
『陸と、一緒にいて襲われたのか?』
「ん…と、そうなんだけど」
美鈴のにごした言葉に追及はしてこなかったが口調が少し厳しくなった。
『病院まで迎えに行く。 どこに行くって』
「ちょっと待って。兼松さんに聞いてみるから」
美鈴の話を聞いていたのか、兼松は美鈴が聞く前に答えてくれた。
「病院なら早田医院です。佐波さんもご存知の筈です」
「ありがとうございます」
兼松の言葉に美鈴の顔は思わず引き攣ってしまった。そこは、俊の時に何度かお世話になっていた病院だったからだ。
「もしもし…」
『聞こえた。早田さんの所か』
「うん、そう」
『分かった。 俺も行くから』
「うん、ごめん。ありがとう」
美鈴のしおらしい声に、少しだけいつもの調子の返事が返ってくると電話は切れた。
「佐波さんが、迎えに来てくれるのですか?」
「はい…」
美鈴の返事に兼松も少し安心したように「そうですか」と言った。
横を見ると陸も携帯を切る所であった。
「裕助さん、来てくれるって?」
「うん」
「そっか…」
陸は、頷くと前を向いた。かなりショックを受けている事は分かったが、慰める言葉が見つからなかった。病院に着くまでの間、陸は無言であったが時より美鈴の事を心配そうに覗き込んでいた。
早田医院には、道が空いていたこともあり20分もかからずに到着した。小さなこじんまりとした個人医院で入り口の前で、ここの医者である早田が待っていた。早田は、どう見ても医者には見えない風貌をしていた。白衣は一応来ているのだが、ただ羽織っているだけで前のボタンも留めずにポケットに手を突っ込んでいる。その上、顎には無精ひげが生えていて山男のようであった。そんな飄々とした風貌の早田も、車から出てきた美鈴を見ると少し驚いた表情をしたが、何も言わずに兼松を見た。兼松は、短くおじぎをすると美鈴の方を見た。
「遅くにすみません。 見てもらいたいのは、彼女なんです」
「ああ、分かった」
早田は、頷くと美鈴の方に声を掛け診察室のドアを開けた。
「中にどうぞ」
美鈴は、早田の言葉に頷くと中に入りドアを閉めた。早田は、椅子に腰を下ろすと痛みを我慢して大きく息をしている美鈴にため息をついた。
「で、どうした?」
尋ねながら美鈴を椅子に座らせると陸のシャツをほどき傷口を見た。
「ちょっと肉をもっていかれたみたいです」
美鈴の言葉に早田は再びため息をつくと、消毒液に浸かった脱脂綿をピンセットで掴んだ。
「お前さんといい俊といい何をやってんだか。ったく…しみるぞ」
その言葉と同時にかなりの痛みがきて、美鈴は涙目になりながら我慢する。
早田は慣れた手付きで処置をしてくれた。
「しかし、抗争にでも巻き込まれたか?」
「……そんな所です」
「あきれて開いた口が塞がらんな。べっぴんさんになったんだから、厄介ごとに首を突っ込むのはやめろ よ」
麻酔が効いて少し余裕も出てきた美鈴の顔は赤くなる。
「何言ってるんですか、早田さんは…」
早田は、笑う。
「お前の横にいた坊主は、彼氏かい?」
「違いますよ。高野さんの弟です」
「おや、そうなのか。 これは驚いた。一緒にいたあの男の様子からしてただの坊主じゃないと思ってい たが、弟の方に惚れられたか」
「だから違いますって!」
「おいおいっ、動くなよ」
早田は、縫っていた針を持ったまま苦笑いする。
「ごめんなさい…」
美鈴は、大人しく横を向いた。早田も黙って傷口を縫合すると傷口をふいた。
「跡が残るぞ、この傷は」
「服で隠れるし大丈夫です」
気にする様子もない美鈴の言葉に、早田は苦笑いすると包帯を巻きはじめた。
「明日もう一度診せに来いよ。痛み止めと化膿止めの薬を出しておく」
「分かりました。ありがとうございます」
早田は、包帯を机の上に置くと立ち上がった。
「もう、10時半か。晩酌の続きでもするかな」
「やっぱり、お酒が入っていたんですね」
美鈴は、苦笑いしながら立ち上がった。
「そりゃ、こんな時間だからね。酒臭かったかな」
診察室のドアの方へ歩きながら、早田は笑って言った。
陸のシャツを持ち、早田に続いて診察室を出ると、裕助が待合室にいた。
「傷の具合はどうですか?」
兼松の言葉に、早田は美鈴を見た。
「8針ほど縫ったが、大丈夫だそうだよ。 我慢強いお嬢さんみたいなんでね」
早田の言葉に美鈴は言い返そうとしたが、裕助の手が肩に置かれたので口をつぐんだ。
「お世話かけてすみません」
裕助の言葉に早田は二人の顔を見比べたが何も言わず小さく笑った。
「今、薬を出すから少し待っててくれ」
早田は、診察室の隣の部屋へと消えて行った。美鈴は、三人が自分を見ている事に気が付くと頭を下げた。
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です。 裕助もありがとう」
「いや…」
裕助は、短く返事を返しただけで何も言わなかった。陸は、黙って自分を見ていたが口を開いた。
「ごめんな。 俺の巻き添えくわして」
「ううん。そんな事思ってないよ。傷も大した事ないし大丈夫だよ。
…シャツなんだけど洗ってから返すね」
「いや、いいよ」
陸は、シャツを美鈴の手から取った。その後は何も言わず、視線も下へ向けられたままだった。奥の部屋から早田は出てくると視線を二人に向けたが、少し眉を上げ美鈴に薬の入った袋を渡した。
「さっき言った薬が入っている。帰ったらすぐに飲んどけ。
あと、微熱が出るかもしれないが明日になっても下がらないようだったら連絡してくれ」
「…分かりました。ありがとうございます」
美鈴は、そこまで言ってから、ふと思い出したように少し間を置いてから尋ねた。
「あの…、お会計はいくらですか?」
早田は、笑う。
「支払は、私どもの方で行いますので大丈夫です」
兼松が、美鈴の方を見て言う。裕助は頷くと美鈴の背を押した。
「帰るぞ」
裕助に急き立てられるようにして外へ出ると、後から陸と一緒に出てきた兼松が二人に頭を下げた。
「今日はこれで失礼させて頂きますが、何かありましたらすぐに佐波さんの方へ連絡して下さい」
「あ…はい。分かりました」
兼松は、頷くと陸の方を向いた。
「じゃあ…」
陸の言葉に、美鈴は小さく笑って返したが陸の表情は固いままだった。裕助は、兼松に手をあげると美鈴と一緒に車に乗り込み先に車を出した。窓からは、自分達を見送る陸と兼松の姿が見えた。
暗い街中を走る車の中は無言だった。
いつも穏やかな裕助が表情を固くして黙ってしまうと空気が重く感じる。その空気に耐え兼ねたように美鈴は再び謝ってしまった。
「ごめんなさい…」
裕助は、美鈴をチラリと見るとやっといつもの表情へと変わった。
「別に怒っちゃいないよ。ただ今日、あいつの所に行って話を聞いてきた矢先の出来事だったからな。 あまり状況がよくないみたいで、慌ただしくなっていたよ。今回の事で、可哀そうだが陸も少しは大人 しくしているだろう」
「…そうだね。かなりショックを受けていたから…」
裕助も頷いた。
「今日は、俺の家に泊まれ。それから事が落ち着くまで『俊』でいた方がいいかもしれないな」
「…そうだね」
裕助の言葉を聞きながら体の緊張がほぐれてきたのか眠気が襲う。
そんな美鈴に気が付いて裕助は言った。
「すぐに着くと思うが、寝てていいぞ」
「うん…」
美鈴は、頷いた。
身体も熱ってきているようであった。




