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この手をつかみたくて  作者: えみっち
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 季節は、秋から冬へと移ろうとしていた。

新宿にある中央公園の木々のほとんどは落葉していたが銀杏だけが鮮やかな黄色の葉を風に揺らしていた。

時刻は午後3時過ぎ。日は西の空へと随分と傾いており、夕方を思わせるような日差しであった。公園内はかろうじて日が当たっていたが後30分もすれば陰って寒くなるだろう。


早瀬美鈴は公園のベンチに腰を下ろしていた。

友人で『何でも屋』をしている佐波裕助さなみゆうすけの頼みでこの場所で人を待っていたのだ。

本当ならこの場所にいるのは佐波自身の筈であったのだが仕事の都合で来れなくなり、急遽美鈴が行くことになった。

佐波が教えてくれた事は場所と時間だけであり、ここにどんな人物がやって来るのかは分からなかった。しかし、最後に首を少し傾けながら「もしかすると高野こうやという男が来るかもしれない」とだけ言った。仕方なく美鈴は辺りを見回しながら待っていたのだ。


美鈴が座っている場所にはベンチが横並びに三つあった。美鈴は真ん中のベンチに座っている。そこが佐波が教えてくれた待ち合わせの場所であった。

美鈴の右側のベンチには70代の男性が何をする訳でもなくただ座っている。(まあ美鈴もそうなのだが)そして左側のベンチには、スーツ姿の30代の男性が5分ほど前に腰を下ろしてペットボトルのお茶を飲んでいた。

待ち合わせの時間はすでに10分過ぎている。美鈴は15分前にここに来て座っているのだが、会うべき相手の情報がまったくないので色々と考えを巡らせていた。

その中のひとつは、すでにここに来て待っている。(そうすると右側の年配の男性)

それとも少し時間に遅れて来たのだが、丁度ベンチが空いてなくて隣のベンチに座って待っている。(左側の会社員風男性)どちらもそれらしくて、それらしくなかった。

こちらに情報がない事も問題だが、もっと問題なのが相手側が長身で体格のよい30代の佐波という男性が座って待っていると思っている事であった。そう考えると二人に確認した方がいいように思えてきた。美鈴は意を決して顔を上げた時、大股で自分の方に歩いてくる少年が目に入った。身長は180㌢はあるだろうか。短髪で頭が小さくモデルのようにスラリとした体系だ。少年は真っ直ぐに美鈴の方へ歩いてくるとちらりと美鈴を見てから他のふたつのベンチに座っている男性を見た。少年の表情が曇り眉間に皺が寄るのが目に入る。少年はふたたび美鈴を見た。


「…もしかしたら、あんた佐波さん?」


少年の言葉に美鈴の顔は安堵の表情にと変った。

どうやらこの少年が待ち人らしかった。


「じゃあ、あなたが高野さん?

 佐波は用事で来れないから私が代理で来たんだ」


少年は納得したように頷くと美鈴の横に腰を下ろした。


「まあ、俺も代理みたいなもんだけどね」


少年の言葉に美鈴は笑う。


「そうなんだ。じゃあ、会えてよかった」


少年は、美鈴顔をじっと見たまま「そうだね」と短く言った。

美鈴は鞄の中から佐波から預かったUSBメモリを取り出すと少年に渡した。


「これが佐波から預かったもの。間違いない?」

「たぶん」


ちらりと見てからポケットにしまう少年に美鈴は苦笑いした。

どうやらお互いによく分かっていないらしい。


「じゃあ、用事は終わったみたいだから」


美鈴は少年に短く言うと立ち上がった。

美鈴の言葉に少年は顔を上げる。


「ちょっと待って」


美鈴の腕をつかんで引き止める少年の切れ長で真っ直ぐな瞳と目が合う。


「どうしたの?」


美鈴は戸惑いながら尋ねた。


「よかったら、飲みに行かない?」


唐突すぎる少年の言葉に意味がよく分からなかった。

暫く美鈴は黙って少年を見つめて考える。


「飲みに?」


美鈴の問いかけに少年は言い直した。


「ソフトドリンクとかあるし」


少年は言葉通り「飲みに行こう」と誘っていたのだ。

そして言い直した言葉から美鈴を未成年と思ったのだろう。確かに美鈴は化粧もしていなかったし自他共に認める童顔であった。今日の服装もジーンズとカジュアルなハーフコートでラフであった。しかし誘っている相手も未成年に見える。


「私より、君の方がジュースじゃないといけないんじゃないの?」


美鈴の言葉に少年は美鈴を見上げた。

座っているため美鈴より視線が下なので仕方がないのだが、何か生意気な態度であった。


「あんた、いくつなの?」


言葉使いも生意気である。


「見えないと思うけど21だよ」


さすがに年齢を聞いて少年も驚いたようだった。


「俺と同じくらいかと思った」


少年の言葉に美鈴はここで疑問に思っている事を尋ねる。


「あなたは、いくつなの?」


少年は少し面倒くさそうに答える。


「16だよ。っても高2。 あと、陸でいいよ」

「そうなんだ…大人っぽいね」


自分の事はあまり話したくないのであろうか。だが、きちんと答えてくれる陸に美鈴は笑ってしまった。


「あんたの名前は?」


陸は、美鈴が自分より年上だと分かっても言葉遣いを変えるつもりはないらしかった。


「美鈴だよ」


陸は、「ふーん」と相槌をうつと立ち上がった。


「じゃあ、行こう」

「…ん?」


美鈴の目は再び丸くなった。

どうも自分の頭は唐突な発言に対して反応が一時停止するか鈍るらしかった。



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