魔女⑧
戸を叩く音がした。
あまりに驚いて、鍋をひっくり返してしまうところだった。
心臓の音が、今までにないくらい大きく響いている。
とうとう来てしまった。
来ることは分かっていた。それでも、あまりに早すぎる。
片方の手を胸に当て、ぐっと握りしめる。
(おばあさま……)
優しくて厳しい、祖母の姿を、その言葉を思い起こす。
そう、この日を何度もイメージしてきた。
火から鍋をおろして、呼吸を整える。落ち着け。落ち着け。
身だしなみを確認すると、玄関の方に歩み寄り扉に手を掛ける。
そっと開いた扉の向こう、これ以上ないくらいに目を見開いて立ち尽くす青年。五つか六つは年下だろうか。「まさか本当に人が出てくるとは」……なんて、そんな顔だ。
緊張でこわばった体の力が抜けて、顔が自然と笑みの形になる。
その瞳の色を知っている。
懐かしい誰かの面影を、確かに、感じる。
青年は何か言わなくてはと思ったのか、それでも言葉を紡げずに「あー」とか「えー」なんて言いながら、視線を落として頭をかいたりしている。
扉を大きく開けて、その笑顔のまま客人を中に招き入れる。ここからはおばあさまに言われたとおりに、上手に立ち振る舞わなければならない。
「いらっしゃい。どうぞ、あがっていって」
彼女に終わりの時が近づいていた。