表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女の話  作者: よし
6/8

魔女⑥

 なんで大人はみんな魔女の話をするのか。

 静かな森の中で、聞こえるのは落ち葉を踏みしめる音と、たまに鳥の鳴く声だけ。

 少年は辺りをきょろきょろと見回しながら、頭の端のほうで考えてみた。

 さっきの男もそうだが、町の大人たちにもよく魔女の話を聞かされた。もちろん、作り話だ。子どもが間違って森に入ったりしないように、脅かす目的で作られた話で、子どもに言って聞かせるのが昔からの風習らしい。と、誰かに聞いた気がする。

 それでも、今の森はもう昔ほど危ない場所じゃないとゲンジが言っていたし、だいいちもう魔女を怖がるような年でもない。

 ゲンジはあほだからまだしも、さっきの男にまで「魔女に喰われる」なんて言われたのには驚いた。

(そういえばさっきのおじさん、見たことない目の色だったな)

 そう、例えるなら……曇り空みたいな灰色。

 そんなことを思っていると、目の端に、緑でも茶色でもない色が移りこんだ。それは小ぶりの山葡萄で、よく見るとずっと奥の方まで広範囲に自生しているようだった。

 少年は山葡萄の実を一番大きな房から一粒取ると、口に放り込む。それを奥歯で噛み潰すと、思ったよりも強い酸味が口に広がった。少年の口元がみるみるへの字に曲がり、眉間に小さくしわが寄る。

(食えるけど)

見た目に反してあまり甘くない葡萄たち。

 食べられそうなら、少し持って帰ろうと思ったのに。どうやら取って食べるには時期が早いようだった。

 すると今度は、山葡萄の根元に隠れるようにして、小さな白い花が咲いているのが目に留まった。当然白い花では糸を染めることはできない。少年が目を付けたのは、その鮮やかな紫色の葉の方だった。

 その葉を一枚摘み取ると、おもむろに鼻に寄せる。その瞬間、今さっきまでの葡萄の甘酸っぱい味も香りも、一瞬にして吹き飛んだ。

「くっっっさぁぁぁぁぁ!!!!」

 鼻が曲がるというのはこういうことかと、少年は身を以って思い知ることとなった。

 悪臭を放つ紫色の葉を投げ捨てると、片方の袖で鼻を覆いながら、少年はまた歩き出す。

 紫色の葉はにおいが強すぎて使えそうにないことは見当がつくが、山葡萄を採って帰らないのには理由があった。

 少年は赤い色を探していた。山葡萄よりももっと鮮やかな赤い色を。

少年とその五つ下の弟は、二人とも青色の腕飾りをしていた。市場で売っている糸染め用の染料で染めたものだ。

 もし弟だったら、三人仲良く青色というのもよかったけれど、妹ができたなら女らしい色にしてやりたいと思っていた。

 市場に売っている染料の中でも、赤は特に高価な色だ。

 ふと顔を上げると、自然と歩みが止まる。

 少年は自分の目を疑った。思わず何度か瞬きをする。

(家……?)

 少し先の開けた場所に、少し古い造りの、けれど立派な家が、確かに建っていた。屋根の上に風見鶏が揺れている。

 山葡萄の道からまだたいして歩いていないのに、足元ばかり見ていたせいでまったく気づかなかった。

(あ……!)

 建物のすぐ側。小さな赤い実をつけた背の低い木が、何本も並んでいた。

 まさに探し求めていた、鮮やかな赤。

 庭か畑か、どちらにせよあの家に住む人のものに違いない。

少年は迷わず走り出した。軽快に地面をけって前に進んでいく。

そういえば、さっきまでは足元が滑って走りにくかったのに、いつから固い土に変わったんだっけ。と、そんな考えが一瞬、頭の中をかすめたが、三歩進んだ頃には消えてなくなった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ