魔女④
「おいカイル」
「うぉっ!」
いつも通り賑やかな大通りの市場。
聞き覚えのある声に引き止められて慌てて急停止すると、声の方向に振り返る。無精ひげを蓄えたがたいのいい男が立っていた。
「なんだよゲンジかよー」
「ゲンジさん、だろ。相変わらずだな、アリは元気か」
そこまで言うと、「お客さんお待ちどう!」という声に遮られる。店主からこぎれいな紙に包まれた何かを受け取って適当に礼を言うと、店主の「毎度ありー」の声を後ろに聞きながら小走りでやってきた。見ると女物の髪飾りの店のようだった。
「誰にあげんの?」
「は? あっ! いやっ、これはだな! そういうのではなくてだな……」
そういいながら慌てて包みを服にしまう。
「え、自分用?」
「んな訳ねーだろっ! いいんだよ俺のことは。お前は? そんな急いでどこ行くんだ」
少年はよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに誇らしげに胸を張る。
「森! リコの腕飾り染めるのになんか色のつきそうなもの採って来いって。一人で行くんだぞ!」
リコというのは、アリのところに最近生まれた赤ん坊の名前だった。腕飾りというのは生まれた子どもにつけるお守りみたいなもので、親が自分で糸を編み込み、好きな色に染めたものだ。その飾りが自然に切れると、それは一人前になった証らしい。ゲンジが子どもの頃にはなかった慣習だ。
それにしても、「なんか色のつきそうなもの」なんておおざっぱなところがなんともアリらしかった。
「お前一人でほんとに大丈夫か? アリがいいって言ったんだろうな」
「当たり前だろー」
(まあ、よほど深いところまで行かなければ大丈夫か)
昔に狩りをしすぎたせいか、もうこの辺の森では獣の類はとんと見なくなったし、正直、森はもう子どもが入ってもあまり危険な場所ではなくなった。
でも。
ゲンジは目を細めて片方の口の端をかるく吊り上げると、芝居がかった口調で言った。
「森の魔女に見つからないように気をつけて行けよ? うっかり見つかったりしたら魔女に喰われちまうからな」
しかし目の前の少年は呆れ返ったような表情で男を見上げる。
「バーカ、おっさんが子どもみたいなこと言ってんなよバーカ。ってか仕事してんのかよーこの前これからはちゃんと働くって言ってたじゃんかよー」
「馬鹿お前っ、働いてるよっ! ほんとかわいくねーな!! そういうところアリにそっくりだぞ」
「そーいうこと言ってっから結婚できないんだぞ」
「あーあーわかったって! ほら、早く森でもどこでも行って来い」
ゲンジは少年を無理やり方向転換させると、背中を雑に一回叩いて送り出した。
少年は一度不満げに振り返ってゲンジを睨みつけたが、本来の目的を思い出したのかそのまま走って行った。
「ゲンジ、お前も微妙に抜けてるところは相変わらずだな」
隣を見ると、一部始終を見ていた肉屋のおやじがいつの間にか立っていて、可笑しそうに言った。ゲンジが口を開こうとしたその時。
「ゲンジのバァァァァーーーーーーカ!!!!!!」
突然のことに開いた口が塞がらずにいると、肉屋がいよいよ盛大に笑い出した。
「はっははははは! こりゃあやられたなぁ! それにしても元気のいいぼうずだ。あれぐらい威勢のいい方が男らしいってもんだ、なぁゲンジ」
肉屋は満足したようで、去り際にゲンジの肩をぽんぽんと叩くと、機嫌をよくして店に帰っていった。
「あのクソガキ……」
とりあえずその場を離れるため、速足で少年とは反対方向に歩き出しながら。
(……見てろよ)
いまに見返してやるからな。
そう思った。