魔女①
タイトルは仮!!
森には不老不死の魔女が住む。
そんな噂がまた村に流れ始めた。
いつもは客引きの掛け声やら、値段にケチをつけて値切ろうとする客なんかで騒がしい市場が、そのうわさが広がる頃になるといつも、ほんの少しだけおとなしくなった。
尾ひれつき放題のでたらめな噂話を聞くたび、不機嫌そうな顔で帰ってきたじいさんの顔が浮かぶ。頑固で生真面目で、面倒なじいさんだった。
そんなじいさんが死んで二日目の朝。
「なぁ、やっぱり行こうと思う」
縁側に腰掛けて片肘つきながら宙を眺めていた青年は、ゆっくりと視線だけで声の主をとらえる。向こう側が透けて見えそうな灰色の瞳は半分瞼に隠されて、視線は隣に立つ男の足元に落ち着いた。
この場所、この距離が二人の定位置。
「兄さんがそうしたいなら、俺は、かまわないけど」
兄さんと呼ばれた男は緩慢な動作で横目に弟を見ると、小さく息をつく。
「じゃあ、すぐ帰ってくっから、家のこととか頼むな」
それだけ言って村を後にした、彼の瞳もまた、透けるような灰色であった。
その日からいくら待っても男が村に帰ってくることはなく、男が森で失踪したという話が知れるや否や、きっと魔女に喰われたに違いないなんて噂も出回り始めた。
この村の人間は行方知れずの村人の安否より、尽きない噂話に花を咲かせて、原型もわからないほど膨らませることがよほど楽しいらしかった。
不作が続けば魔女の呪い、物がなくなれば魔女に盗まれたと。
いつの間にか全ては魔女のせい。
これじゃあ魔女もたまったもんじゃないだろう、なんて、そんなことを思う。
男が村を出て十日目の朝。
いつものように縁側に腰を下ろし、目を閉じる。最後に兄と言葉を交わした日の、あの後姿を思い出す。
右手に握りしめられた一枚の紙切れ。じいさんが死ぬ前に残した、手紙と呼ぶにはあまりにも粗末な、けれど俺たちに残した、たった一言。
魔女の森へ行け
森に入れということではない、おそらく魔女に会いに行けという意味の言葉。
乾いた風が吹き抜ける。
ゆっくりと目を開ける。そして小さく、息をついた。
それはいつかの彼の兄のように。
そしていつものように片肘つきながら、一人で、宙を眺めるのだった。