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ヒカリノヤミ ~双子の怪物は愛を呪う~  作者: 裏山おもて
2章 銀月と腐った肢体
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8話 腐らない距離

 


 ふと顔をあげたら、星が瞬いた。

 どこか遠い宇宙そらの彼方で恒星がひとつ消えた。


 それは僕よりも大きな質量で、僕よりも影響力があって、僕よりも激しい熱で。


 なのに消えるときはあっさりと消える。

 消えてしまう。







「かがみ~!」


 夜。

 肩を叩かれた振り返ると、丹波が懐中電灯で自分の顔を照らしていた。

 真下から光を浴び、妙な顔になった丹波は鼻をふくらませていた。

 高校三年にもなってすることじゃないだろうに。

 あきれながら、僕は丹波に聞く。


「どうした?」

「なんと、雛菊姫子が来てくれてるんだよ! 出欠取ってくれた二年の子が言ってた!」


 丹波はきょろきょろと周りを見回した。

 夜中の自然公園には光源などほとんどない。丹波が自分の手の懐中電灯を自分の顔に注いでいるうちは、他人の顔なんて判別できないだろう。

 そもそも暗闇で誰かを探すなんて徒労、理解できない。

 でもそれを平然として、なおかつ無駄にしないのが丹波という男だった。


「お、いたいた! あの隅っこにいる子がそうじゃねえか? ちょっと話しかけにいこうぜ!」

「え、ちょ、丹波っ」


 丹波は僕の腕をひっぱって歩く。

 自然公園の中心――芝生の広場。その端にあるベンチに腰掛けた少女は、間違いなく雛菊姫子だ。彼女は望遠鏡をのぞきつつ、手元のメモになにか書き込んでいる。

 取り込み中だからやめておけ、と忠告したが、丹波は意に介さなかった。

 力では完全に負けるので、抵抗しても意味はないだろう。僕はあきらめてひきずられた。


「ひ、雛菊さん」


 丹波のうわずった声に、雛菊は顔をあげる。

 ちらりと僕を一瞥してから、


「なんでしょうか、丹波先輩」

「いや、あの、珍しいなと思って。雛菊さんが部会に顔だすの」

「そうですね、いつも所用があって参加できずにおりましたから、せっかく私のことも迎え入れていただいたのに心苦しく思っていました」


 まったく心苦しそうでなく言った雛菊。


「そ、そっか。じゃあきょうは……?」

「はい。とくに予定もなかったですし。それに――」

「それに?」


 雛菊はそこでもう一度、僕を見る。

 刺すような侮蔑の視線。

 しかし一瞬だけだったので、丹波は気付かない。


「いえ、なんでもありません。それより先輩方、ほかに用事がないようでしたら、天体観測を続けさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「お、おう、ごめんな邪魔して」

「いえ、とんでもございません。ではまた後ほど」


 雛菊はさっさと望遠鏡のスコープに意識を戻していた。

 暗に「どっか行け」と言われた僕たちは、そそくさとその場を離れる。

 十メートルほど離れたベンチまでくると、丹波はどさりと座りこみながら空を仰いだ。


「……やべ。あの態度サイコー」

「変態だな、おまえ」

「ツンデレいいよなあ」

「ただの唯独主義だろ」


 自己中ともいえる。

 

「まあまあ、そんな悪く言うなって。せっかく天文部に入ってくれたんだぞ、あの雛菊さんが」

「入ったのは向こうの都合だろ。僕たちが頼んだわけじゃない」

「そうだけどな……なんだ鏡、いつものおまえらしくない。雛菊さんにうらみでもあんのか?」

「べつにないよ」

「じゃあとやかく言うなよ。雛菊さんのおかげで、部員も増えたんだしさ」


 丹波は広場を見渡す。

 教室みっつほどの広さの芝生の上には、二十人ほどの部員たちがいた。

 このほとんどが雛菊が入った影響で入部したのだ。それまでは僕と丹波のふたりだけだったのに。

 まあ、廃部寸前でのこの事態に喜んだ手前、彼女を放りだすわけにはいかない。


「……ま、でも。たしかにこれだけ周囲から注目浴びれば、ちょっとは利己主義にでもなるだろうさ」


 丹波は、雛菊をチラチラ眺める男子や女子を見渡して言った。

 おまえもそのひとりだけどな。

 僕はそんな軽口を頭の中だけで言って、ベンチにもたれかかった。









 ――夢菜が死んで。


 ――ひかりがいなくなって。



 父が海外から帰ってきた僕は、父が帰国するまでひかりの部屋から出ることができなかった僕は、父に殴られて蹴られて叱られて「甘えるな!」と叩かれて、無理やり学校に通わされた。


 丹波は、マネキンのように自我を喪失していた僕の隣にいてくれた。いつもの調子で話しかけてくれたり、じっと黙って肩を叩いてくれた。

 クラスメイトのやつらは、どこかよそよそしくて会話しなかった。

 担任もそれは同じ。

 あれから一か月は、僕は浮いたような気分で学校生活を消化した。


 天文部の活動を再開したのは、六月に入ってからだった。

 僕の事情もあり、特例的に先延ばしにされていた部員不足による天文部の廃部。

 一学期中に規定人数の五人を満たさなければ、実行に移すと言われ、仕方なく。

 でも、なにも生活のなかに楽しみを見出せなかった僕は、二年のあいだ、真面目に取り組んできた天文部という居場所を残すことだけを当面の目標とすることにした。

 そうじゃなきゃ、やってられなかった。

 もちろん丹波も、こぶしを握ってやる気を見せた。


 二人はすぐに集まった。チラシを持って配れば、一週間のうちに二年の女子生徒、一年の男子生徒が入部届けを部室まで持ってきてくれた。あまり人気のあるジャンルではないが、星には魅力がある。神秘がある。やはりつぶすわけにはいかない。

 すこし力が湧いてきた。

 そうしてすぐに、雛菊姫子が入部届けを持ってきた。


「毎週の部会には出席できないかもしれませんが、入らせていただけませんか?」


 雛菊はいっさい僕の顔を見ずに、頭を下げた。

 丹波は二つ返事でオッケーを出した。

 こうしていまに至る。

 ただ、喉に骨が刺さったような感覚は、そのときから続いている。

 入部が決まってからときおり見せる、雛菊の僕を見る視線。

 不可解だった。


 ときに侮蔑。

 ときに嘲笑。

 ときに哀悼。

 ときに敵意。

 ときに愛情。

 ときに嫉妬。


 彼女から向けられる視線はいつもバラバラで、いつも状況に即さない。


 だから僕は彼女が恐ろしい。

 理解できないのだ。

 会話できないのだ。


 彼女には近づかない。

 近づこうとも思わない。


 ……でも。


 僕からは、離れない。

 離れられない。

 

 彼女は、ひかりの手掛かりになるかもしれないから。


 あの夢菜が死んだ日、そしてひかりが消えた日。

 雛菊姫子は、僕に言ったのだから。



「あなたは本当の鏡ひかりを知っていますか?」










 今の僕なら、こう答えられらる。


「教えてくれ」

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