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4話 だって見せたかったんだもん

 飼育小屋を通りがかった事務員により、放心状態の僕たちは応接室に連れてこられた。

 発見した僕たちに、生徒指導の先生は困惑した表情で言った。


「なにがあったのか、見なかったか?」


 もちろん僕たちは首を振った。

 鶏の死骸は化学の教師に引き渡すことになったらしい。ほかの生徒には黙っているように指示があった。もちろん僕は話す気なんてない。あの異様な光景を見たまま話しても、クラスメイトたちは面白がるかバカにするかのどちらかだろう。

 ただ、鶏が死んだことまでは隠し通せない。

 飼育部顧問も含めて話し合った結果、どこからか侵入したイタチに食べられてしまったということで話をつけた。

 僕たちは保健室で簡単なカウンセリングを受けた後、しつこいくらいの口止めを要求されてから、ようやく解放された。


「おお、あの鶏、食われたって?」


 教室に戻るとクラスメイトたちに質問攻めにあった。

 丹波はクラスでは目立つほうなので、いろんなやつからの質問に戸惑いながらも答えていた。「うん」「まあ」「そんな感じ」と無難に答えていたが、さすがに顔色が悪いのは隠せなかった。

 僕はというと、あまり話しかけてくるやつも少なく、てきとうに丹波の話にあわせておいた。


 しばらくして担任が戻り、軽く翌日の予定を話したあと、解散になった。


「……ま、今日のことは忘れようぜ」

「そうだな」


 丹波はすぐに僕のところにきて、うなずき合った。

 ふたりして帰ろうとかばんを持ったとき、

 

「鏡くーん!」


 教室の入り口から声をかけられる。

 解散してすぐに帰る習慣がある委員長だった。珍しい。なんだろう。

 僕が首をひねると、委員長は教室の扉を指さして、


「鏡くんに、すっごい可愛いお客さんだよー」

「お、おじゃま……します」


 教室に入ってきたのは――


「――夢菜っ!?」


 夢菜だった。

 潤沢な黒髪を流し、違う高校のセーラー服に身を包んだ夢菜だった。


 夢菜とは、もう数カ月も会っていなかった。両親が離婚したのは冬で、夢菜は近くの難関女子校に通うためにずっと勉強を続けていたから会いにいこうとは思わなかったし、むこうからの連絡もなく、けっきょくどこの高校に受かったのかも知らなかった。知りようもなかった。


「……え……なんでここに……?」

「今日が入学式だったから」

「いや、だからってなんで」


 夢菜はその場で、控えめにくるりと回った。

 スカートがふわりと浮く。

 白と薄桃色を合わせたセーラーは、間違いなく難関校と名高い星蘭女子高のものだった。それを見事に着こなし、絶妙なターンをきめてみせた夢菜は、


「だって、ちゃんと見せたかったんだもん」


 嬉しそうに笑っていた。


 そう言われれば邪険にはできない。「なんだあれ」「鏡くんの彼女?」「すげえ美少女……」とざわめきが起こるが、僕はそんな周囲に返事する間もない。

 教室中の視線がすごく痛いが、とりあえず兄の義務を果たさねばなるまい。


「うん。可愛いよ、夢菜」

「ありがとっ」


 夢菜が腕に抱きついてきた。


「おいいいい鏡てめえええ!」


 丹波が絶叫していた。


「すまん丹波。みんなに説明しといてくれ」


 僕は夢菜を教室から連れ出して、すぐに下駄箱へと直行する。夢菜はかばんのなかからローファーを取り出すと、舌をちろっとだして悪戯っ子の笑みを浮かべた。どうやら隠れて侵入したらしい。

 門を出るときに守衛のおじさんが驚いたような顔で僕たちを見ていたが、無視して通り過ぎる。


「そういえば、ひかりに会わなくていいのか?」

「いいの。ひーちゃんとは先に会ったから」


 どうやら僕は後だったらしい。

 それもそうか。

 夢菜はひかりのことが大好きなのだ。双子の姉として、いつでもひかりのことを心配していた。いまも同じなんだろう。


「ひかりと話せたのか? あいつ、おまえにはいつも遠慮してるだろ」

「だいじょうぶだよ。ひーちゃんが言いたいことは、だいたい顔見ればわかるから」


 さすが双子だ。


「……で、ひかりはどうだった? クラスに馴染めそうか?」

「むぅ。お兄ちゃんってばひーちゃんのことばっかり。せっかく久しぶりに会えたんだから、いまは夢菜のことを話すんだよ」


 顔を手で挟まれて、むりやり夢菜のほうを向かされる。

 それもそうか。夢菜はなんでもそつなくこなせるから、心配するのはいつもひかりのことになってしまう。

 僕は悪い、と言いながら、


「じゃあどうする? せっかくだし、入学祝になにかおごってやろうか?」

「ありがとうお兄ちゃん!」

「いいって。じゃあどこいく?」

「カラオケに行きたい」

「カラオケ? そんなんでいいのか?」

「うん。周りに誰かいると、お兄ちゃん成分が減っちゃいそうだから」


 どういう理屈だよ。

 まあ、久しぶりの妹のわがままを聞くのも、兄の務めだろう。


 僕は夢菜をつれて、近くのカラオケルームに向かった。




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