3話 にわとり
入学式に参加した在校生は、僕と生徒会長だけだった。
生徒会長は背筋をピンと伸ばし、整然とした態度で歓迎の字句を読み上げていた。高校三年でありながら、彼はすでに一端の大人に見えた。保護者席の最後尾にちょこんと座る僕とは大違いで、その立ち振る舞いには軽い嫉妬を覚えてしまった。
つまらない感情だ。
とはいえ、それも一瞬でかき消された。
生徒会長の式辞が終わると、入学生代表による答辞が行われた。もちろん僕の妹のひかりは関係ない顔で興味なく感心もなくただうつむいて座っているだけだったが、答辞を読んだ女子生徒はそんなひかりの隣から立ち上がったのだ。
彼女は堂々とした振る舞いで、周囲の人々からの視線を誇りに思っているかのように胸を張って歩いていた。長々とした礼儀正しい(つまりは形式的な)答辞を終えた彼女は、最後に名乗った。
「一年一組、雛菊姫子」
その煌びやかな姓名の少女が隣に座ると、ひかりが肩身を縮めた。
ひかりは椅子をかすかに動かして、彼女から離れた。
入学式が終わると、在校生は後片付けに入る。
体育館の清掃は違うクラスが担当していたため、僕たちのクラスは体育館周辺の片付けと清掃だった。
僕は友人の丹波とふたりで倉庫の整理をさせられていた。入学式に使ってない倉庫を掃除するなんて、入学式を口実とした大掃除みたいなもんだと思ったが、文句は言えない。
「なあ鏡、なんかすげえお嬢様が入学してきたんだって? 雛菊って子。見たか?」
鏡瑛太が僕の名前だ。
丹波は積まれてある体操マットに座ってサボっていた。
「新入生代表だったよ」
「マジか。すげえな」
「さあ、どうだろ」
少なくとも性格が良さそうには見えなかった。
容姿も性格も完璧なのは、夢菜だけでいい。
「そういえば鏡の妹もいるんだっけ?」
思い出したように言う丹波だが、ずっとそれを聞きたくてうずうずしてたのは目に見えていた。
だが、丹波はひとつ勘違いをしている。
「妹もいるけど、ひかりだからな」
「……なんだ。夢ちゃんじゃないのかよ」
あからさまにがっかりする丹波。
この手で夢菜に近づこうとする輩はむかしから多かったが、丹波は愚直なまでに顔に出るからむしろ好感が持てる。
丹波はしばらく落ち込んでいたが、
「ま、いいや。それより鏡、そろそろゴミ捨て行こうぜ」
「そうだな」
丹波のポジティブさも、見習いたいところだ。
ゴミ捨て場は飼育小屋のとなりにある。
小屋には常時、数羽の鶏が買われている。家畜動物飼育部という部活が飼っているらしく、ときどき脱走しては学校中が捕物帖となる。
僕も一度、逃げた鶏を追いかけたことがあるが、あれでなかなか素早く、苦労した覚えがある。
丹波が妙な匂いがすると言ったのは、飼育小屋の近くまで来たときだった。
「なんだこの匂い」
鼻をつまんだ丹波。たしかに粘膜にまとわりつくような薬品臭がしていた。
「こっちだな…」
ゴミ袋を持ったまま、丹波が飼育小屋に近づく。
嫌な臭いだった。錆びた鉄くずに酸をかけたような……。
丹波は、飼育小屋のなかを覗き込んだ。
僕もつられて覗き込んで――
――絶句した。
「……なんだよ、こりゃ……」
赤い半透明の鶏がいた。
表面が硬質化しているのだろう、体面は光を反射して滑らかだった。薄紅色に彩られた置物のように、鶏の形をしたナニカが転がっていた。羽の一枚一枚までもが結晶のように固まり、輝いている。一見して水晶の置物と判断しそうになったが、その精巧さと血の匂いに本能が否定している。
そしてそれらは、首から上がなかった。
切断された首の断面までも、樹脂そのものに変化したように光沢を持っていた。
首のない、半透明になった鶏のなれの果てが三体。
それは不吉に不気味に、不自然に、飼育小屋のなかで倒れていた。
「うっ」
丹波が胃液と胃の内容物を吐瀉していた。
僕ももどしそうになって、気付いた。
鶏たちのすぐ背後。
そこには鶏の首たちが、処刑された罪人のように、三つ並んでいた。