2話 ふたりぐらし
起きろ! ショッカーだ! ライダーー、キーック!
仮面ライダーの目覚まし時計は、小学生のころから使っていた。
耳元でけたたましい音が鳴り響き、僕は目を覚ます。
固いベッドの感触に、二度寝する気なんて起こらない。
すぐさま仮面ライダーの脳天を叩きつけてアラームを止めると、ベッドから降りる。散らかった服に足をとられながら部屋を出ると、焦げたような匂いがした。
かすかに鼻腔を衝く刺激臭と、香ばしいベーコンの匂い。
そんな朝食の気配を無視して廊下を横切り、洗面所に向かった。
鏡に映った自分をぼうっと見る。
地味な顔つきに、中肉中背な体。原宿の竹下通りにいても誰も気づかないだろうほどに存在感が薄いのは自覚している。寝不足なのに隈もなく、かといってどれだけ寝ても快活にならない。
可もなく不可もなく。学校の成績以外は。
それが僕だった。
何度見ても鏡のなかの自分が変わるわけでもなく、そういえば変わりたいわけでもないなと思い出した僕は流れ作業のようにして顔を洗った。
「ふう……」
目が冴える。
ひとつ呼吸を整えてからリビングに向かった。
僕を出迎えたのは、テーブルに置かれたベーコンエッグとパン。
それと、刺々しい挨拶だった。
「なんだ。起きたんだ」
「……おはよう、ひかり」
ひかりは長い髪を後ろで纏めて、エプロン姿で立っていた。
「どうせならあたしが学校行くまで起きなくてよかったのに」
「まあそう云うなって。今日はひかりの入学式だしさ」
「あんたには関係ないじゃない」
「父さんが海外なんだから、僕が行かないと」
「え? 来る気なの?」
ひかりは驚いていた。
「そりゃあ入学案内に、保護者の方はふるってご参加くださいって書いてあったしな」
「兄ちゃん保護者じゃないでしょ」
「どちらかといえば保護者だろ?」
「家ではあたしのほうが保護者じゃない」
「でも学校では僕が先輩だ」
「いるよね年上ってだけでそういう先輩面するひと。あーやだやだ」
ひかりはあからさまに顔をしかめた。
コーヒーカップを乱雑に置かれる。
「あちっ! ひかり、もっと優しく置いてくれよ」
「やけどしても舐めてれば治るでしょ」
「へえ。ひかりが舐めてくれるのか?」
「……いっぺん死んでみる?」
と、包丁を掲げた。
僕は顔から血の気をさっと引かせる。
「それで、本気で来るつもりなの?」
「いまのおまえの家族は僕だけだからな」
「だからって来ないでよ恥ずかしい」
「はっはっは。恥ずかしくてもいくぞー」
「……マジ、なの?」
「大マジだ」
「でもあんただって同じ学校でしょ。授業はあるんでしょ?」
「もちろん欠席する。先生に許可もとってあるしな」
「うそ。さいあく……」
胸を張って云うと、ひかりは肩を落とした。
もちろんひかりの云うこともわからなくはない。誰だって入学式に同じ学校の兄が出席されたら嫌な顔のひとつやふたつするだろう。
でも、ひかりには母はもういない。父は海外だ。
そして僕はひかりの兄。
……たとえ恥ずかしくても、答えは決まってる。
僕は薄く微笑みながら、朝食に手をつける。
「……なによ?」
「いや、入学おめでとう」
「兄ちゃんに云われても嬉しくない」
「でも云う。おめでとう」
「だから嬉しくないってば……」
僕はひかりの兄であることを選んだから。
父や母の息子ではなく。
夢菜の兄でもなく。
僕は、ひかりの兄なのだから。
「――僕は、ひかりといっしょに行く」
あのとき、そう答えたのだから。