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ヒカリノヤミ ~双子の怪物は愛を呪う~  作者: 裏山おもて
4章 Monster

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24話 crawl

 雛菊の私室は、意外にも女子高生らしい私物で溢れていた。


 広さは十畳ほどだろう。ベッドとカーテンと絨毯は白で統一されていて、本棚や机はシックなブラウン。小物入れが棚の上にいくつもあり部屋の隅には真鍮製の鏡台、色合いはバラバラだが、自然と調和している。部屋のあちこちにファッション雑誌や女性誌が散らばっていた。

 あまり片づけは得意じゃないらしい。それも意外だった。


 基本的に直接部屋を訪れる者がいないのだろう。クッションや座布団はなかった。


「家族以外のひとを入れたのは初めてです」


 と雛菊は、僕にベッドに腰掛けるように言った。

 言われた通りの場所に座ると、彼女は部屋の壁の電話で飲み物を持ってくるように指示して、僕のとなりにすこし距離を開けて座った。

 しばらく沈黙。

 メイドさんが冷たいお茶を持ってきて出ていくと、ようやく雛菊が口を開いた。


「……先輩は、気持ち悪くないのですか?」


 言いたいことはわかった。

 僕も同じことを思ったからだ。

 だけど、それはとうに、僕が乗り越えた部分だった。


「ないよ。雛菊の体が本当に夢菜のものだとしても、気持ち悪くなんかない」

「正気ですか?」


 本当ですか、ではなく、正気ですか。

 しごく当然な質問だ。だけど、


「僕は、雛菊が自分で考えて動かしてるなら、それは全部雛菊だと思うよ。たとえ雛菊の顔が変わったって、雛菊の体がまた違うものに変わったって、雛菊の性格が変わったって、それでも君は雛菊姫子なんだろう? だから僕にとって、体が誰かなんていうのは些細なことだよ」

「……………………。」


 雛菊は目を伏せる。

 なにか言おうとして、やめたのがわかった。


「……わかりました。先輩がそう言うのなら、私は受け入れます」

「いいの?」

「ええ。だって私は先輩の彼女……先輩の女ですから。心も体も、先輩の物です。先輩がいいというのなら受け入れます。それが彼女のつとめでしょう?」


 ややオーバーな物言いだ。

 だけど、それで吹っ切れるのならいい。

 僕は笑って雛菊の頭を撫でた。雛菊は首をすくめてから、僕の膝の上に倒れてきた。

 ベッドが軋む。

 甘えてくるなんて、驚いた。

 まあ、こういうときくらいは悪くない。


「……それで、なにかお話があってきたのでしょう?」

「ああ、うん。雛菊ってさ、あの日のこと、けっこう憶えてる?」


 あの日。

 具体的なことは言わなくても、それはいつか伝わった。


「はい……ただ、カラオケに入って先輩のもとを訪れた直後と、カラオケから出る直前の記憶は、ぼんやりとしてます。緊張していましたし、時間も経っていたのでてっきり部屋で眠ってしまったと考えていたのですが……」

「記憶が途切れてる、か」

 

 それはひかりの説明と符合する。


「じゃあ、そのあとのことは?」

「あとですか? ひとまず先輩の家を見ようと思い立って、先輩の家の近くまで行きました。ああ、あの事件があった公園も通ったのですが、そういえばあちらのほうの事件はまだ未解決でしたね。はやく犯人が捕まるといいのですが」

「……そうか」


 予想だにしない回答。

 播磨刑事が言っていたような理由ではなさそうだったが、しかし小学生の首が切られたことを、夢菜の事件と切り離して考えていることがわかった。

 もちろん夢菜の事件の真相がわかったいまとなっては、連続猟奇事件と呼ぶのは間違っているのだろうけれど……


 コンコン


 と部屋の扉がノックされる。


「お嬢様。警察の方がお目見えになっております。用件はおそらくカメラ映像の件についての事情聴取かと」

「ええ、はい。すぐ向かいます」


 雛菊は返事をして、体を起こす。

 播磨刑事が言っていたことなのだろうが、あまり驚いていない雛菊。

 僕の怪訝な顔を見て彼女は、


「昨日、こちらに不都合な映像の一部を公開しました。もちろん公園に近づいた映像は街頭カメラに写っています。提出忘れという名目で警察側には開示しました。……まあ、現場近くで目撃されたからといって、むこうも本気で私を疑っているわけじゃないと思いますよ。疑っているのならもっと情報戦になっているでしょうから」

「いえ、でも播磨っていう刑事が――」

「それはおそらく、先輩の行動を見るためでしょう。先輩が単独での犯人だとすれば、私のことを心配してここまでくることはなかったでしょうし、私が犯人とわかっていたら直接会うのは避けたでしょうからね。どちらにしても先輩がここに来たことは警察にもバレているでしょうし、疑いもまた薄まったことでしょうね。

 まあとにかく、私は刑事さんに形式的な事情聴取を受ける必要がありますから、先輩はしばらくここで待っていてくださいね」


 雛菊は部屋から出ていった。

 扉が閉まると、僕はベッドに倒れ込んだ。

 ……すこし、緊張した。

 でも思っていたより雛菊が元気そうでよかった。平気なふりをしているだけかもしれないけれど、取り繕うくらいはできるところまで回復したということだろう。


「……でも……」


 なにかひっかかる。

 雛菊の言動や、事件のことだけじゃない。

 もっと前に感じたことを、いまさら思い出したように。


 そもそも僕はなにか(、、、、、、、、、)勘違いしているような(、、、、、、、、、、)。


 そんな気がするのだ。

 違和感。

 なにかがズレているような。

 そんな気がする。


「……いや、考えすぎか……」


 なにかが喉の奥に蠢くような感覚は、雛菊が戻ってきても、消えなかった。






 雛菊の家を出たのは、夕食をごちそうになってからだった。

 日は沈んでいた。やはりというかさすがというか、雛菊がいつも食べているという夕食は、どんなレストランの料理よりも美味しかった。それでいて栄養バランスがとれているというのだから、非のつけどころがない。このところコンビニ弁当ばかりだった僕の胃はあまりの違いに驚いて、ほとんど食べられなかったほどだ。胃がびっくりするという言葉を、身をもって体験してしまった。

 そんな満足感を得て、帰り道を歩いているときだった。


「兄ちゃん」


 ふと呼びとめられて振り向いた。


 東雲天満……いや、ひかりか。

 小柄な少女が電柱の陰から、ひょっこり顔を出した。

 街灯のすくない小道だったから、すこし驚いた。


「ひかり、どうしたこんなところで?」

「お願いがあるんだけど」


 お願い。

 そう言われて良い予感が浮かぶはずもない。

 しかし話を聞かずに立ち去るのは論外だった。


「……なに?」

「ちょっと来てほしいんだけど」


 遠くの街灯が、カチカチと点滅する。


 僕は無意識に警戒していた。


 なにか悪い予感が胸をかすめる。


 夏の夜なのに、虫の鳴き声が聞こえない。


「……ダメ?」


 一歩、ひかりが近づいてくる。

 とくに変わった様子はない。


 しかし、違和感がある。


 オレンジ色の街灯に照らされたひかり。

 東雲天満。


 その姿が、妙に


 そう……違和感だ。


「………………あ。」


 不意に、僕の思考が逆流した。



 ひかりとのデート。

 天体観測。

 ホテルとパーティ。

 

 ……いや、もっと前だ。


 ペンションと刃物男。

 ひかりの部屋。

 プール。


 ……もうすこし前だ。


 無味な学校生活。

 ひかりが消えたホテル。

 夢菜の首だけ死体。


 ……あと、もうちょっと……


 カラオケルーム。

 そして――――



「――――飼育小屋……?」



 僕の思考が、弾けるように連動する。


 ……飼育小屋だ。

 ニワトリの死体。

 樹脂化した肢体。

 首だけの姿態。


 間違っていたのは、ここだった。


「兄ちゃん、あのね――」

「ひとつ聞いていいか、ひかり」


 僕はひかりの肩を掴む。

 ひかりは眉間を寄せて、見上げてきた。


「入学式のあと、おまえ、どこでなにをしてた?」

「……教室でホームルームだけど」


 そうだ。

 教室でホームルーム。


 そして僕が帰ったとき、まだ新入生たちは下校していなかった。学校の説明やオリエンテーリングの説明、すべて終わるまで帰れない。

 そして入学生に休み時間はない。いつでも教師が近くにいるはずだ。

 僕も、二年前はそうだったから。

 だから他校の入学生(、、、、、、)が、目立たずに新入生に会いにいく余裕なんてない。

 

「ああ、気付いたんだ」


 ひかりは嗤った。


「兄ちゃんも、気付いたんだね?」


 ひかりは嗤っていた。


 どこかで見たと思っていた。

 あの、透き通る樹脂のように変化した姿。

 カブトムシをつかまえるときのゼリーに似た色合い。

 見た覚えがあると、思ったんだ。


「……夢菜は……」


 それに思い当たれば、あとは連想だけだった。


「夢菜はあの日、ひかりになんて会ってなかった……あいつは、あいつはニワトリを殺すために僕たちの学校に来たんだな? ニワトリを殺してなにかを伝えようとしたんだろう? おまえか僕に、なにかを伝えようとしてたんだろう?」

「そうだよ、兄ちゃん」


 ニワトリを殺したのは、夢菜だった。

 

「それだけじゃないよ。夢はね、あたしにメッセージを送ってたの。ニワトリだけじゃない。もっともっと、何回も何回も。じつは今日ね、あたしはそれを言いに来たのよ。できればこんな道端じゃないところで言いたかったんだけど……でも、仕方ないね」


 ひかりは冷静だった。

 不気味なほどに、冷静に言った。


「夢があたしに伝えたかったのは、覚悟。兄ちゃんに対する気持ちの証明。樹脂化させたのは〝永遠〟の喩えだよ。そろそろ思い出したでしょ? 夢が残したニワトリの胴体を樹脂化したものの正体」

「…………血だ。夢菜の……血」

「そうよ。むかしの記憶だったから、なかなか思い出さなかった?」


 彫刻刀。

 ひかりが夢菜と喧嘩したときに傷つけた夢菜の脇腹。

 そこから落ちる血が、家の床を半透明にしていたことがあった。

 僕もまだ小さかったから、両親がすぐ拭き取ったのを見て不審に感じなかった。

 触れたものの接点を樹脂化させ――やがて癒着させる。

 それはまさに、胴体と頭部をつなぐ役割を持つ。

 あれは、その実験だったのか。


「だからね、兄ちゃんもそろそろわかってきたでしょ?」

「…………なに、がだ?」

「夢が本気だったってこと」


 僕の思考は、それ以上先に進まないように、必死に自制していた。

 それだけは考えないようにと自制していた。


 考えるのを避けていたこと。

 ひかりが東雲と体を入れ替えたのは、東雲のためでもあった。


 だけど、夢菜は違う。

 そうじゃない。


 彼女が、なぜ、無理やり雛菊の体を乗っ取ったのか。


 自我がなくなるとしてもそれを貫いた理由。


 そして雛菊を選んだ理由。

 

 それは――――




「――夢は本気で……兄ちゃんの子を産もうとしてたのよ」



 いつからだろう。僕にはわからない。


 夢菜のなかの怪物が、蠢動を始めたのは。

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