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1話 ひかり

 僕には、二歳年下の妹がいる。


 顔よし、性格よし、スタイルよし、器量よし。

 そんな完璧超人みたいに完全な妹は、名を夢菜ゆめなといった。

 夢菜はむかしから明るくて、誰からも好かれる女の子だった。幼稚園ではいつも輪の中心にいた。母の手にひかれて帰る夢菜に、園児たちは「え~もう帰っちゃうの~」と仏頂面をつくっていたし、先生すらも愛おしそうに見送っていた。僕はそれを母と一緒に自分のことのように喜びながら眺めていた。


 小学校では、持ち前の運動神経を発揮して人気者になっていた。


 ふつうなら徒競争の一番は男の子だが、夢菜は圧倒的だった。

 運動神経もよく、男子の喧嘩もいさめ、成績も優秀。もちろん教師のお気に入りになるほどに品行方正で、そして天性的にオシャレだった。

 魔女っ子アニメが流行っていたときも、夢菜は母に頼んで真っ先にアニメキャラのグッズを手に入れていたし、高学年になってからは週に同じ服を着ることはなかった。化粧だってすぐにするようになったけど、大人にうとまれる段階には決して至らず、むしろ中学になってからはそのナチュラルメイクの技術は顕著けんちょだった。


 私立中学を拒んだ夢菜は、同級生たちと同じ公立中学に進学することになる。


 もちろん母は私立にいくことを強くしたが、夢菜は勉学よりも大事なことがある、と母を説き伏せた。小学六年にして理知的で恣意しい的で、そして作為的な論述を身につけていた彼女を見ても、そのとき中学二年だった僕はたいして驚かなかった。


 小学生時代も華やかだったが、中学に上がってからの様子は特筆するものとなった。


 素材もさるものながら、それを装飾する技術はもはや神懸かみがっていた。

 夢菜は一年の一学期ですでに三十人以上の男子に告白され、しかしそれを丁重に断り、なおかつ女子たちの輪の中では控えめに存在していた。自己主張することなく、しかし気品に溢れた佇まいで、優等生としての自分を必要があれば隠し、しかしときおり友人のために教師にも刃向っていく。


 女子すべてを差別することなく、男子すべてに距離を置く。

 高慢ではなく、かといって俗物的でもなく、優雅に、しかしフランクな態度を貫く。

 家でも両親と楽しく話し、僕にだって気を使う。


 そんな彼女は、たぶん、幸せだったのだろう。


 僕はそんな彼女を見て思ったことがある。


 もし神様が世界の天蓋てんがいにいるのなら。

 もし世界の中心が彼女だとするなら。


 ひとつだけ、願いを言っていいだろうか。





 その才能を、ほんのわずかでも。

 ほんの少しでも、彼女の双子の妹に、分けてあげられなかったのだろうか?





 ひかり、という。


 ひかりは幼稚園児のときから大人しい子だった。

 内向的すぎて、友達はできなかったほどだ。

 いつも夢菜の背中に隠れ、暗がりにひそみ、物陰に忍んで、じっと夢菜のうしろについていた。

 

 小学生に入って、卒業するときまで、それは変わらなかった。


 母は夢菜のことばかりだった。ひかりの進路は自然と公立中学になることになっていたようだし、夢菜が論破したときだってひかりのことには配慮せずに納得していた。

 ひかりはそんな母を見ても、なにも云わなかった。

 受け入れているようですらあった。


 ひかりと夢菜が中学になっても、なにも変わらない。


 夢菜は、テストに体育祭に文化祭に音楽祭にと、すべてのイベントで自然と――派手とはいかないまでも――活躍しているのに対し、ひかりはひっそりと、こっそりと、ゆったりと過ごしていた。劣等感にさいなまれることなく、周囲の反応を忌諱きいすることなく、そして忌避きひされることもなく。


 母親すらも、ひかりの存在は歯牙にもかけなかったほどに。


 おそらくひかりの中学三年間での話し相手といえば、僕だけだっただろう。

 携帯のアドレスには家族以外の名前はないようだったし、読書や映画鑑賞くらいしか興味がなかったようだった。別居中の父はもとより、母とすら目も合わせない。食事は自分の部屋で摂る。


 僕だけは夢菜とひかりを差別することなく、平等に接していた。

 というより、夢菜がどんなに可憐で秀逸で爛漫だとしても、僕はできの悪い兄であっても姉でなく、家族であっても親ではなく、他人であっても他人ではなかったからだ。

 ふつうに兄として接する以外に、方法があっただろうか。

 だから夢菜を差別しないというよりは、単にそうなっただけだ。

 それが兄としての最低限の責務だったのだ。


 でも、ひかりは僕のことを嫌っていた。

 ひかりは僕にだけはよく文句を言っていた。


「ぶさいく」「ちび」「アホ」「劣等生」「できそこない」「ダサい」「くさい」「死ね」


 そんな罵詈雑言でも、僕はしょせん妹の小言だと受け流していた。 

 そして同時に、僕にだけは自然体でいてくれることに喜んでもいた。


 夢菜は世辞抜きに可愛い。家族という贔屓目をさしひいても。

 ひかりだって、負けてないと思っている。

 

 ふたりは二卵生双生児で、性格や体格や顔こそ似てないけど、同じくらい面白くて、同じくらいに家族で、なにより同じくらいにこんなバカな兄の、妹だった。


 


 だから僕は、あのときああ云ったのだ。



 父と母の離婚が決まって。

 母と父がそれぞれ夢菜とひかりを引き取ると云ったとき。




「ねえ……お兄ちゃんはどうするの? 私といっしょに来るよね?」

 僕の服をつかんで離さなかった夢菜と。


「夢。それはこのアホが決めることでしょ」

 僕を一度も見なかったひかり。

 

 そして、僕の返答を無言で待つ両親。






 そして僕は―――――――――




「―――――――。」



 そうして僕たち家族は離散した。

 胎のなかからずっと一緒に住んでいた、夢菜とひかり。

 ずっと一緒だったけど、決して同じ道を歩まなかったふたり。


 彼女たちも、離れ離れになった。

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