序幕
「殺されたいのなら、殺されてあげる。殺したいのなら、殺してあげる」
昏い記憶の底淵で、妹が云った。
「犯したいのなら犯してあげる。脅されたいのなら脅されてあげる。孕ませたいのなら孕ませてあげる。撥ねられたいのなら撥ねられてあげる。嘔きたいのなら嘔いてあげる。裂かれたいのなら裂かれてあげる。膿みたいのなら膿んであげる。饐えさせたいのなら饐えさせられてあげる。壊死りたいのなら、壊死ってあげる」
それは僕の心に刺さる。
「あんたの思い通りなんかにはさせてやらない。あんたの思惑には乗ってやらない。あんたの思料には賛同しない。あんたの意志は叩きつぶしてやる。あんたの意向には刃向ってみせる。あたしは、あんたの天の邪鬼だから」
それは僕の心に垂直に刺さる。
根元まで穿たれた釘のように、深く深く。
「あんたが成功すれば失敗で塗りつぶす。失敗すれば成功で帳消す。迷えば手を差しのばし、進めば邪魔をする。なにもさせてあげない。ただ漫然とした生を享受して、あんたの澱んだ命をだらだらとのばしてやる。苦痛に思わないなら即物的に、快楽を感じないなら精力的に、恐悦を感じないなら無欲的に、あんたの求めないことをやってやる。やってあげる」
僕の御霊を削り取るように。
甘えていた僕の魂枝を削ぎ取るように。
妹は嗤った。
「でもね」
妹は嗤った。
「愛されたいのなら――」
ニタリ。
と、嘲るように。
「死ぬほど愛してあげるわ」
嗤った。