12月のハローワーク
蒲公英さん主催の「もみのき企画」に参加しました。
『クリスマス』『聖夜』『サンタクロース』を使わないことが条件です。
私が生まれたとき、パパはがっかりしたと思う。だって、女の子だったから。自分の仕事の後継ぎが欲しかったのよね。
パパは毎日「愛してるよ、メアリー。私のかわいい娘」って言ってくれるけど、私には『男の子だったらもっと愛せたのに』という心の声も聞こえてくる。気のせいだって? いやいや、冬場になると格段に増える溜息の数がその証拠でしょう。パパの仕事は冬場が繁盛期だから、忙しくて疲れてくるとついつい本音が出てくるんじゃないのかしら。
というかねー、パパに限らず、この街の人全員が私が男の子じゃないことを残念に思ってるのよね。
誰も面と向かっては言ってこないわよ。そんなことしたら可哀想じゃない、私が。でもなんとなく、そういう空気が漂ってくるんだなぁ。寒い時期だから、余計に骨身に染みるわ―。
でもママはどっちでもよかったみたい。ママは性格が大雑把……あー、えーっと、大らか? 大らかだからこだわりがないのよ。
「あなたがパパの仕事を継いでくれる人と結婚すればいいだけじゃない? ねぇ、メアリー」
「…………ママ……」
簡単に言ってくれるけど、それは結構ハードルの高い婿探しだと思うんだけど。
【求ム。一晩で世界中の良い子のお家にお届け物ができる体力のある男。ソリの運転ができれば尚良し】
筋肉は正義だ。
正しく筋肉がついていると男の人は三割増しでイケメンに見える。胸の大きい女性が五割増しで美人に見えるのと一緒だ。それに、筋肉がある=体力がある=パパの仕事の後継者になれるという三段論法も成り立つわけで、私の目には余計イケメンに映る。
というわけで、私はただいまグランド前のベンチに座りながら、練習中のアメフト部の筋肉を絶賛観察中。でもソレばっかり見てる女ってのはどうよと思うので、読書してるふりをしながらチラリチラリと。そこに後ろから声がかかった。
「メアリー、朝っぱらから筋肉監視に余念がないわね」
「失礼な。マンウオッチングよ」
私は振り返って失礼な彼女を睨みつけた。ついでに後ろにいる男の子も。幼馴染みのキャサリンとその弟のクリスだった。
「で、いい筋肉はいたの」
「やっぱりデニスが一番ね」
筋骨隆々とした彼はオフェンスチームのレギュラーだ。今はヘルメットに隠れているけど、その美しい金髪は年齢とともに素晴らしい白髪になるに違いない。
「デニスはだめ」
「どうして」
「私のボーイフレンドになったから」
なに、このくそ寒い日にホットな情報は。キャサリンは愁傷そうに胸の前で手を組んだ。でも目が笑ってる。
「ごめんね、メアリー。でも彼はあなたのパパの後継者には相応しくないと思うわ、高所恐怖症だから」
「……そういう問題もあったわね」
私は心の中のチェックシートに『高所作業の得意な人』という項目を付け加えた。
溜息をつきながらもう一度デニスの方を見て――と、視線がその隣にいる男性に吸い寄せられる。ちょっと待って、なにあの見事な筋肉! 見た事ないわよ!
盛り上がった上腕二頭筋と三頭筋、少々の衝撃には負けそうもない大胸筋に腹直筋、引き締まった大臀筋、美しいカーブを描いている大腿二頭筋肉と下腿三頭筋! 誰よ、あれ!!
「キャサリン、キャサリン! だれ、あれ?」
「あぁ、ボブ? うちのクラスの転校生よ」
「紹介して」
「メアリー、せめてヘルメットを取ったところを見てからにしたら」
「顔に興味はない。どうせ髭で半分隠れるんだし」
キャサリンは掌をこちらに向けて肩を竦めると、ちょうど休憩時間に入ったらしいアメフト部の軍団の方に向かってくれた。
私はボブの筋肉をうっとりと愛でた。見事な体つきだわ、きっとすばらしく体力があるに違いない。それにあの胸板なら、パパと一緒の赤い仕事着もきっとよく似合うわ。
「メアリー」
「なに、クリス」
いつの間に隣にきたのか、キャサリンの弟のクリスが並んで座っていた。クリスはミドルスクールの12歳、私よりも6歳年下だ。しかし成績優秀で2年飛び級してるので生意気で仕方がない。
「筋肉漁りばかりして、虚しくならない?」
「ならないわ。あんたこそ勉強ばかりして虚しくならない?」
「ならないよ。僕には夢があるんだから」
「会計士になりたいってのが夢なら、夢がなさすぎるわよ」
「なんでメアリーが知ってるのさ」
「クリスからもらった、パパへのお礼の手紙に書いてあったからよ」
「勝手に見るな!」
「パパに宛てた手紙の整理は私の仕事なの」
「もう何年も前の手紙だろ、捨てろよ。今は君のパパの世話になってないんだから」
「何年前の手紙でも捨てれないわよ。しかも『ありがとう』が58回書いてあって、そのうち33回は綴りのミスがあるのよ。貴重すぎて余計に捨てれないわ」
「絶対に捨てろ」
クリスは顔を真っ赤にして叫んだ。
「知らなかったんだ、君のパパがサ――」
私は手を伸ばして、クリスの口を押さえつけた。彼は「うげっ」と呻いたが気にせず、顔を寄せて囁いた。
「それは言っては駄目よ、クリス。私のパパの職業を言わないことがこの街の習わしよ。あんただって大人になった朝、ママから聞いたでしょう」
クリスがガクガクと首を縦に振ったので、手を離してあげた。彼はス―ハ―と深呼吸を繰り返してから、周りを見回して言った。
「僕とメアリーしかいなくても?」
「えぇ。そして自分ひとりの時でも、この約束は絶対なの。僕たちだけだから、私だけだから、まぁいいか。その気の緩みが秘密の漏洩につながってしまうわ」
「徹底してるね」
「大人同士の秘密の共有がこの街の平和を維持しているの。素晴らしいことじゃない」
「そして次代はメアリーに託されているんだね」
「まぁね」
グランドに視線をやるとキャサリンが私を指さし、ボブになにか言っているところだった。私は微笑みながらヒラヒラと手を振った。
考えてみたら、ボブが転校生だということは好都合かもしれない。
この街の男の子はみんなパパの職業を知っているから、私に対して引き気味なのよね。やっぱり体力的にきつい仕事は人気ないのよ。でもボブはパパを知らないわけだし。先に抜き差しならない関係に持ち込んでしまえば……。
「なに考えてるの、メアリー」
「子供には関係ないことよ」
「都合の悪いときだけ子供扱いかよ」
クリスは頬を膨らませた。そんな顔しといて一人前に扱ってもらおうと思ってるのか、ガキめ。私は膨らんだ頬を、力いっぱい両手で挟んだ。クリスは手を振り回して離れると、そのまま走って逃げて行った。
ふん、くそガキ。
グランドに目を戻すとキャサリンとボブがこちらに向かって歩いてきていた。ボブがヘルメットを取る。
……なんというか、体ほどには印象に残らない顔だった。まぁ、顔は二の次だって言ったのは私だし……。
「ハーイ、ボブ」
私は立ち上がると片手をあげて、彼に声をかけた。
「今晩はボブとやらとデートなのかい」
私がプレゼントの入った白い袋をソリに積み込んでいると、ルドルフが隣にきて尋ねた。彼はパパの仕事仲間だ。
「なぜそう思うの?」
「スカートが短いからだ」
ルドルフはそう言いながら、ターキーサンドを差し出してきた。今日は忙しくて、そういえば昼食がまだだった。私はありがたくそれを受け取った。
包んであったナフキンを開け、サンドイッチにかぶりつく。ホットサンドにしてくれていたので、まだ温かかった。甘酸っぱいクランベリーソースがたっぷり塗ってあって、匂いもよくて美味しい。
「メアリー、そんなに焦らなくてもいいんだよ」
「なんのこと?」
「君のパパはまだまだ元気だ。後継者のことは気にしないで、ティーンエイジャーらしい恋愛を自由に楽しむべきさ」
「ティーンエイジャーらしい恋愛……例えば、ドラッグパーティーで知り合った名前も知らない男の子供を身籠るとか?」
ルドルフは「メアリー、メアリー」と厭きれたように私の名前を二回呼んだ。私は彼の赤い鼻をクイクイッと押した。
「心配しないで。焦ってなんかいやしないわよ。さぁ、飾りを付けたらソリの準備は終わりよ。あなたの首輪についているベルとお揃いのを両脇に取りつけるわね。玄関に置いてあるの、持ってきてもらえる?」
ルドルフは了承すると玄関に向かった。私はそれを見送りながら、またターキーサンドにかぶりついた。
ルドルフには焦ってないと言ったが、実は私は焦っている。本当はボブとデートの約束なんてしていないけど、押しかけて押し倒してしまおうと考えるほど焦っている。それはパパの健康状態のせいではなくて、私と同じティーンエイジャー達のせいだ。
転校生のボブは今までパパの仕事を知らなかった。けれど「友達」という名の無責任なティーンエイジャーたちとのおしゃべりによって、いつかは知ってしまうだろう。そして「ドン引き」するに違いない。何度かデートしてみて、ボブがあまり子供好きでないことは分かったから。
逃げられないように、さっさとお付き合いを最終段階に持っていかないといけない。私は親指についたクランベリーソースを舐めながら、決意を新たにした。
「いってらっしゃい」
「気をつけてね、パパ」
パパのトレードマークの豊かな白ひげに頬ずりして、ママと私は左右からキスを贈った。パパは私たちの頬に交互にキスをくれると、準備万端のソリに颯爽と乗り込んだ。今日はパパが一年で一番格好よく見える日。もっと盛大に見送りたいけど、照れ屋のパパはいつも話もあまりせずに飛び立つ。
そう、パパは照れ屋なのだ。だからプレゼントも枕元に置いて帰るなんて慎ましい事をするの。
「がんばってね」
ママからもう一度キスを受け、パパは「出発ーっ」と大きな声で言った。ソリの先頭にいるルドルフの鼻がピカピカと輝きだし、暗い夜空を明るく照らす。
シャンシャンシャン
彼らが足並み揃えて空に駆け出すのに合わせ、首についた鈴が美しい音色をたてた。
シャンシャン
パパの乗ったソリに取りつけた鈴も鳴り響く。
ソリは飛び立つ、夜空に向かって。プレゼントを待つ、子供たちに向かって。
黄色く大きな月の中に、パパ達のシルエットが見える。それが消えるまで見送ってから私はママに言った。
「ママ。私、お友達のパーティーに呼ばれているの。行っていいかしら?」
ママはチラッと私のミニスカートの脚を見たけど、それについては何も言わなかった。
「いいわよ、遅くならないようにね」
ごめんなさい、ママ。帰りは明日の朝だと思うわ。でも、パパの帰宅には間に合うようにするからね。心の中で謝りながら、私はボブの家に向かった。
ボブの家の窓はすべて暗かった。そして玄関は閉まってた。まぁ、玄関から入るつもりはなかったけど。パパに習った伝統的な侵入方法で彼の家に入った。
家の中はシンと静まりかえっていた。どうやら、ボブ一家はすでに寝てしまっているらしい。
ボブの家庭はとことん健康的で夜更かしなどもってのほかだと聞いていた。祝祭日ですら、それは守られているらしい。そして朝日を浴びながら一家総出のジョギング。なんて健康的な! 馴染めないものを感じるけど、このさい深く考えないでおきたい。
「いたっ」
廊下の角を曲がったところで、ジムにあるようなトレーニングマシンにぶつかった。なんでこんなところに置いてあるの? ぶつけた膝をさすりながら、暗い家の中を見渡せばトラップのようにあちこちにマシンが置いてある。部屋に入りきらないので、廊下に放置してあるような……やっぱりこのご家庭には馴染めない気が……いや、いやいや! 気のせい!! 気のせいよ、メアリー!!!
私はプルプル頭を振りながら階段を上がった。ボブの部屋が二階の南東なのは聞き取り済みだ。部屋の前まで進み、ドアノブをそうっと回した。鍵がかかっている。
仕方ないわ、ここはパパ直伝の解錠テクで。ドアの前に跪き、可愛く盛った髪からアメピンを抜いていると、ノブに引っ掛けられた靴下に気がついた。
へぇー、ボブったら枕元じゃなくてこんなところに吊り下げるのね。そうね、部屋に入っての第一声は「ボブ、プレゼントはわ・た・し。靴下に入りきらなくてごめんね」とか言ってみる? やぁねぇ、もう! うふっ、うふふふふ。
緑と赤のカラフルな靴下を取りあげて、そこにメモが付いていることに気づいた。なんだろ、プレゼントのリクエスト?
『生ものお断り』
…………。
私は来た道を戻った。
「なんて可哀想なメアリー! そのメモを見つけたときのあなたの心情を思うと、私の胸は張り裂けそうだわ」
キャサリンは身ぶり手ぶりを添えて、大げさにそう言った。目が笑ってる。睨みつけると、彼女はプッと噴き出した。
傷心の帰り道。とぼとぼのろのろと自宅に帰る途中、通りかかったキャサリン家の灯りはまだついていたので、思わず上がり込んでしまった。伝統的な侵入方法は使わずに、ちゃんと玄関ベルを鳴らして。
「ひと足遅かったのね。まぁ縁がなかったのよ。これでも食べて元気だして」
キャサリンは私の前にミンスパイを置いた。小さく可愛らしいミンスパイは美味しそうに見える。生もの扱いされて悔しいというのに、私の手は勝手にそれに伸びていた。
小振りなビスケット生地のパイの中には、ドライフルーツやナッツ、りんごで作った香り豊かなミンスミートがぎっしりと詰まっている。ひと口噛むとムッチリとした歯ごたえの後、口の中が甘さでいっぱいになった。
「美味しい?」
頷くとキャサリンは「クリスが作ったのよ」と言った。クリスはコーヒーを煎れていた手を止め、照れ臭そうに鼻を掻いてから私の前にマグカップを置いた。お礼を言うとあさっての方を向いた。ふーん、結構照れ屋なのね。うちのパパと一緒。私はもうひと口パイを食べて、溜息をついた。
「パパと同じくらいタフで優しい男の人はどこかにいないかしら」
「オリンピックにでも出てるんじゃないの?」
メダリストと知り合うにはどうしたらいいのか考えていると、ふっとクリスが尋ねてきた。
「メアリーのパパの仕事ってひとりだけしかできないの?」
「え?」
どういう意味なんだろう? パパの仕事仲間には、ルドルフ達がいるけど。小首を傾げると、クリスはミンスパイを手に取ってから話を続けた。
「ひとりで世界中の子供を回るんじゃなくて、百人くらいで手分けすればそこそこの体力の人でいいんじゃないの?」
「馬鹿なことを……だいたい、どうやってそんなに人を集めるのよ」
「職業斡旋所に登録したら?」
クリスは事もなげに答える。
「短期アルバイト募集。一日だけの配達の仕事です、とか」
私は目を瞠った。誰かを雇うなんて考えたこともなかった。その考えに驚いたけど、すぐに無理なことに気づいた。
「お金がかかるわ。パパの活動資金は心ある人たちからの募金で成り立ってるんだけど、子供たちへのプレゼント代で精いっぱいなの。人を雇うなんて出来ない」
首を振ってクリスに告げると、彼は困ったように眉根を寄せたがすぐに笑顔が浮かんだ。
「ボランティアを募集したら?」
「ボランティア」
「君のパパの仕事をしてみたい人ってたくさんいると思うんだ。そういう人を募集したらいいんじゃない? ボランティアで」
自分の考えに興奮したのか、クリスは瞳を大きくして後を続けた。
「そうだよ! 変装したらいいんだから、女の人でもオッケーにしたらきっと大勢集まるよ」
「それいいかも!」
キャサリンがはしゃいだ声を上げた。
「まず私が応募するわ、メアリー! やってみたかったの、お給料なんていらないわ」
「僕も」
「あんたはもっと大きくなってから」
「ちぇっ」
「ちょっ、ちょっと待ってよ」
勝手に盛り上がるふたりを慌てて抑える。私をおいて勝手に話を進めないで!
「待ってよ、そんな急に」
「でもいい方法だと思うけど。それとも、やっぱりひとりじゃないといけないのかしら」
「子供はそう思ってるわ」
「ひとりじゃないことも、大人の秘密にしたらいいんじゃない?」
キャサリンがにっこり笑って言う。クリスはまだなにか考えてるみたいで、人差し指でテーブルをリズムよく叩いていた。
「確かにそうだけど、でも、それじゃあ……それじゃあ、パパも、そして私も……必要なくなっちゃうじゃない」
私が小さな声でそう言うと、キャサリンは「あっ」と声をあげて口元を抑えた。
パパはもちろん、私もこの貴い仕事を愛してる。だから続けたいのだ。私は、自分の結婚相手に託すしかないけれど。
「必要だよ!」
私の沈んでいく気持ちを掬いあげるように、クリスが明るい声を出した。リズムを刻んでいた指は止まっていた。
「ボランティアを募集して、それですぐにお願いしますってわけにはいかないよ。そんなことしたら大混乱でプレゼントの届かない可哀想な子が続出しちゃうよ」
「それじゃあ」
「まず事務局を立ちあげるんだ。メアリーが局長になったらいいんじゃないかな」
事務局!局長! ものすごく具体的な言葉が一番年下のクリスから飛び出した。クリスの頭がいいことは知ってたけど、なんてこと思いつくんだろうか。
「プレゼントを届ける子供の数と地域も把握して、担当者を割り振らないといけないよね。世界中なんだから大変な作業だよ。どんどん変わっていくし。それに応募してきた人の審査と、伝統的な侵入方法の訓練もいるよ。考え出すときりがないほどいろいろと準備がいるんだから、そんなすぐには無理だよ。軌道に乗せるだけでも、十年はかかると思うよ」
私とキャサリンは顔を見合わせた。
「そうよ、メアリー! きっちりした体制ができるまでは、あなたのパパにがんばってもらわないと」
「十年?」
「もっとかも。引退したいって言いだしても、やめてもらえないかもよ」
「それに実質的な後継者は君になるんだよ、ソリに乗ってなくても。だって事務局長なんだから」
「え?」
ほんと? ほんとに、私がパパの後継ぎになってもいいの? うわーっ!
「クリス、あんたすごいわ」
「ただの小生意気なくそガキじゃなかったのね」
異口同音に感心すると、彼は照れ臭そうに笑ってから言い添えた。
「これならメアリーも筋肉筋肉って言わなくてもよくなるよね」
「あ、うん、そうね。頭のいい人の方が必要かも」
でも筋肉は好きなんだけどなぁと思いながら返事すると、クリスは少し赤くなった頬を隠すようにミルク入りのコーヒーカップを口元に持っていった。
……事務局を立ち上げるなら、有能な会計士は必要だわ……いやいや、いやいやいや。なに考えてるのよ、私。
私まで赤くなりそうだったので、慌てて他のことを考える。
それはちょっと未来のこと。
私のパパと同じ赤い作業着を身につけた大勢の人が、ソリを操って――あ、ソリもたくさんいるわね――空に飛び上がる。白いツケ髭の下は、みんな優しい笑顔だ。
鈴の音が大音量で、夜空に響き渡る。そうして、子供たちを笑顔にするために駆けていく。
彼らはみんな、募集広告を見てやってきた普通の人たちだ。
【ボランティアを募集します。子供たちに夢を与える仕事です。屈強な男性はもちろん、そうでない方も、女性もお仕事可能です。条件はひとつだけ、大人の秘密を守れる方】
見かけたら、ぜひあなたも応募してみて。
お読みいただきありがとうございました。