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栗平さんの欠点を指摘するといっても、会ったばかりの俺たちに分析するのは難しい。そこで、いまの栗平さんを変え、新たなキャラクターを身につけることに挑戦しながら探していこう、という話になった。
これこそ、『新生・栗平由梨』計画である。
<Case1>Sになる
「じゃあ、栗平さんSキャラとして目覚めてみましょう」
「Sキャラですか!? あのSMのSですか?」
「いえ、さんまのSです」
「明石家っ!? 最初にしては難易度が高すぎます!」
「すみません、冗談です。SMのSです。この路線変更が成功したら、きっと栗平さんの人生観が変わりますよ。」
「翔兄……ほんとうにその人生観に変えちゃっていいの?」
「怜、よく言うだろ? 『やらないで後悔するよりも、やって後悔したほうがいい!』と」
「ああ……名言が台無しに……」
そう。やらないより、やった方がいいのだ。
たとえそれが「あれ、本当にこの路線でいいのかな? これは引き返せなくなってしまうのでは?」と自分自身が思っていたとしても!
「よし、それじゃあスタートで!」
「え……あ……勝手に仕切らないでください。それに私は怜ちゃんと話すんです。黙っててください。」
「お、それっぽいぞ。その調子でいきましょう!」
「……。」
「え、え~と、栗平さん? 是非とも態度ではなく、言葉のほうのSにして欲しいな~、なんて。」
「……え? あ、はい。……ところで怜ちゃん? 私はTVでは木曜日のあの番組が好きなんだけど、怜ちゃんはどれが……」
「す、ストップ! 中止です! 栗平さん! Sキャラやめて!」
「え、やめるんですか?」
「いや、これは誰も得をしないことが既にわかったからね。確実に今よりも嫌なキャラなのは間違いないからね。そして、お調子キャラには無視が一番、なんてのは既存のラノベでやりつくされているからね」
いや、俺はお調子キャラじゃないけどね。
「翔兄、だから言ったのに……」
<Case2>語尾に「~ではないです」とつける
「これはなに? 急に方向性が変わったね」
「さっきのSキャラは随分と大雑把に試行してしまったからな。今度はしっかりと考慮したんだ」
「つまり、テキトーにやっちゃって痛い目を見たから真面目にやるんだね」
「まぁ、有体に言えば……」
「認めちゃうんだ!?」
そう、どんな失敗も成功に繋がっているなんてのは偉人の世界の話だからね。一般人の俺は失敗は失敗として受け取らないとね。
「と、とにかく! 確固たる自分を持てば、自然と自信もつくはず! ということでキャラを立たせるために語尾を特徴のあるものにするんだ」
「あ、意外と考えてるね」
「そのために、自分では普通に話しているつもりだけど実は語尾が変わっている、という催眠術をかけよう」
「催眠術!?」
「チョモランマ! はい、かかったよ」
「そんなに簡単に!?」
「じゃあ、栗平さんいいですか?」
「え? あ。はい!」
「世間話から入ってみようか。栗平さん、妹がいるって言ってたよね?」
「ええ、とっても大事な、血のつながった妹ではないです」
「違うの!?」
「妹は普通に高校生ではないです」
「どんな高校生!?」
「当たり前ですけど超能力がないわけではないです」
「あるの!?」
「ちょっとした冗談ではないです」
「冗談であってほしかった!」
「きっと妹は稲城さんと話が合うとは思わないです」
「あれ? これは素で言っている気がするけど、俺の気のせいだよね?」
「妹に稲城さんのこと紹介しておかないです。ぜひ会わないでください!」
「ぐはっ! ……ストップで! 栗平さん、ストップ!」
「うん、俺が悪かった。悪気はないんだろうけど、俺の精神が不安定になるからやめてください」
「翔兄、この作戦に成功する未来はあるのかな?」
てか、俺が栗平さんに嫌われているみたいな描写がやたら多くない? なんで?
<Case3>百合キャラ
「“由梨”さん、だけにね!」
「翔兄……サイテー。」
「いや、単なる思い付きだって! 他意はないって! で、栗平さん? やってみますか?」
「はい、どんなことでもやってみせます!」
「由梨さん……アグレッシブだね」
「では、百合キャラスタート!」
「えっと、じゃあ栗平さん……」
「ひゃっほう! 美少女がいっぱい! 美少女がいっぱい! その子も可愛いし、あの子も可愛い! ここが天国か~!」
「ちょ……え? ス、ストップ!」
「どうしたんですか稲城さん? こんなに早くストップをかけるなんて。」
「いや、なんで栗平さんの百合のイメージはあんなにハイテンションなんですか!? 俺のイメージはもっと物静かなイメージなんですけど!」
「それは稲城さんのイメージです。私のイメージはハイテンションなんです」
「それでも限度があるでしょう! 清々しすぎて、逆に百合に思えなかったですよ!」
「由梨さん……私もさすがに……」
「う~ん、でも私これ以外の百合は演じられませんよ?」
「よし! 潔くあきらめましょう!」
<Case4>綱島キャラ(女版)
「翔兄……。このキャラって……」
「ん? ああ、このキャラは綱島の性格を女性版として……」
「よし。却下で。」
「ちょ、怜!? どうしていきなり!」
「だって、綱島さんの女性版って、男性に積極的ってことでしょ? そしてこの場には翔兄ひとりだけ……」
「あ……」
「理解した?」
「……はい。申し訳ありませんでした。」
<Case5>男前キャラ
「あ、これはもしかしたら当たりなんじゃない?」
「俺もそんな気がする」
「男前キャラですか……難しそうですね……」
「ここまでやったら、とにかくやってみようよ!」
「そうだな……よし! スタート!」
「では、さっきの話題の続きでも。栗平さん、ほかにはご兄弟は……」
「ん? ああ、妹だけだよ。しかし、だからこそ愛らしいんだ! 翔君! 君にもこの気持ちがわかるかい!?」
「っえ!? あ、ええと……ストップで。」
「どうしたんですか? 稲城さん?」
「栗平さん、これは男前ではないです。男役です。ジェンヌです」
「え……違うものなんですか?」
「目指すべきはジェンヌじゃないです。はたらきマンです。……ああ、表現の仕方が悪かったんだ。栗平さん、姉御キャラです! 頼りになりそうな姉御のオーラを身につけましょう!」
<Case5>姉御キャラ
「ふ~。ただいま~。買い出し行ってきたぞ~」
「あれ、綱島? 帰ってきたのか」
「綱島さん、お疲れ様です! 次は私も行きますね!」
「え? あ、うん。……栗平さん、なんか雰囲気変わった?」
「いえ、そんなことないですよ? あ、買ってきたもので料理するとかだったら任せてください! 私頑張りますよ!」
「え……あ、うん。じゃあ任せようかな。メニューは何でもいいよ。……やっぱり雰囲気変わった?」
おお、綱島が戸惑うくらいの変化が!
「おい、稲城。どういうことだ? 栗平さんに何があったんだ?」
「いや、『新生・栗平由梨』計画を実行していたんだよ」
「なんだよそれ?」
「栗平さんの性格が変わったらと考えてシュミレーションしているんだ。現在は姉御キャラだ」
「ああ~。それでなんか違和感があったのか……。ただな……」
「? どうした? 何か思い悩むところがあるのか?」
「いや、変わっているのはキャラクターだけで、中身は変えられないだろ? だったら……」
「? “だったら”どうなんだよ、綱島?」
「それはな……」
「ああ! 塩の量を、小さじ1杯のところで計量カップ1杯入れちゃって大変なことになっちゃいました! うう……どうしよう怜ちゃん……」
「く、栗平さん、落ち着いて! とりあえず、まずはこれ以上劇薬にならないように……」
「あ、ダシ汁と間違えて紅茶が鍋に……」
「由梨さあぁぁぁぁぁぁぁんん!」
「わかったか、稲城? こういうことさ」
……きょうの夕食は『光の中での闇鍋』です。