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 私は稲城翔を『変態鬼畜誘拐男』だと思っていた。より正確に言うならば『スーパーで泣いているような女でさえ手を出す、節操のない変態鬼畜誘拐男』だと思っていた。

 だって部屋に連れこまれた上に、その部屋に知らない男がやってきたのだから。これは恐怖以外の何者でもないと思う。もっとメンタルが強い人だったらまだしも、私はそんな状況下で冷静でいられるほどタフではない!


 ただ私の彼に対する評価は早計だったかもしれない。


 正直に言って、彼が怜ちゃんを呼んでいたのは、私にかなり安心感を与えた。

 おかげで落ち着いたし、この人たちと話をしてみようという気力もわいた。任された仕事をやり遂げることができなかったという事実は変わらないけれど、せめてこれからできる最善のことをしようという決意だ。


 ……けど話すって、私のダメさを説明するってことだよね? なんという自虐プレイ……。


 ◆◇◆◇


「……と、いうわけなんです。」

「そうか……。行方不明になった7人目の彼氏を探すために3人目の彼氏と中国へ。しかしそこで2人目の彼氏とはち合わせてしまったので、9人目の彼氏と稼いだ金で一旦日本に帰ってきて、ほうれん草を買おうとしていたところで俺に会った、と。」

「違いますよ!?」


 しまった。一区切りついたので、栗平さんの過去を捏造してみたら怒られてしまった。ちなみにいまのは全てフィクションだ。


 まあ、彼女の話をまとめると

『ダメ社員、はじめてのおつかいに失敗。』

 だな。


 ただ話を聞いていると、情状酌量の余地が全くないって訳でもないんだが。お婆さんの持っていた荷物を運んであげたり、迷子になってしまった子供を交番まで連れて行ってあげたりしたらしい。テンプレート過ぎて「本当にそんなことがあったの!?」と思えるようなことばかりだったけれど、実際にあったことのようだ。

 そして話を聞いて確信したことが一つ。


 この人絶対にほうれん草と青梗菜、間違えてる。


 どうして間違えてしまうんだ……。 けっこう違うじゃん!

 ほうれん草と青梗菜だよ? そこにはかなりの差があると思う。

 例えれば、


「あいつ良い奴だけど、へたれだよね~」

 と

「あいつへたれだけど、良い奴だよね~」


 くらいの違いがあると思う。


 ただ、彼女はいまだに自分が買ってきたものがほうれん草だと思い込んでいる。そして健気にも

「遅れてしまったんですけど、私このほうれん草を上司に届けようと思うんです。解雇されるにしても、一度受けた仕事をやりきりたいんです!」

 なんて話している。

 そして俺はというと、できれば彼女には既に犯している失敗(=ほうれん草と青梗菜を間違える)には気付かずにその任を終えてほしい、なんて思ってしまっている。


 だがそんなことが可能なんだろうか? 彼女に気づかれないように、青梗菜とほうれん草を入れ替えて無事に上司の元へ戻らせる、なんて芸当を。


「なあ、怜、綱島。 俺は彼女には、できればこのまま仕事を完遂してほしい。そのためにはどうすればいいと思う?」

「いや、そうは言うけどよ……。実際問題、彼女に気づかれないように、ほうれん草と青梗菜を入れ替えるなんてかなり難しいぞ? 具体的には『現代の高校において「Hey! 中山! それロケット鉛筆ジャン! チョベリグって感じ~」と発言する』くらい難しいぞ?」

「そ、それはかなり難しいですね……」


 まじかよ……。そんなに難しいのか……。そんなのもう不可能と同義だろ……。


 いや、ダメだ。諦めないぞ。まだ何か手があるだろう。


「とりあえず綱島、ほうれん草を買ってきてくれ。手元にほうれん草があれば入れ替えるチャンスはそのうちに来るかもしれないしな」

「まぁ、コンビニならこの時間でも空いてるか……。わかったよ。ただし! 稲城、俺のいない間に栗平さんといい感じになるなよな!」

「いいじゃないですか! 綱島さんには私がいますよ!」

「く……。怜ちゃんがいると分が悪いな……。」


 うん。怜がいて良かったとしみじみ思ったよ。


「じゃあ、由梨さん、俺ちょっとコンビニ行ってきますね。その間は怜ちゃんと色々と話していてください。怜ちゃんと。翔じゃなくて怜ちゃんと。」

 綱島のやつ……。なにもそこまで念を押さなくても……。


 なんだかんだ言いつつも綱島はコンビニにほうれん草を調達しに行った。あいつは根は素直だから、こういうときは文句を言わないことが多い。

 この間「うまい棒1本買ってきて」って言ったときはさすがに反論してきたけど。

 ただ、それも別にパシリにしたわけではなく、あいつがポーカーで13連敗したのが悪かったのだ。賭けで負けた結果が、うまい棒を一本買ってくること、なんてむしろ感謝してほしいくらいだ。


 さて、綱島もいなくなって、栗平さんには何を聞いたらいいんだ? 

 あ、別に彼氏の有無とか聞くつもりはないぞ? いや、まあ、話の流れでそうなったら仕方がなく聞くことはあるかもしれないけどね。それはあくまでも仕方がなくだよ。俺自らきくつもりはない。断じてない。


「あのあの、由梨さんって彼氏いるんですか?」


 そう、怜が聞くのも仕方がない。……怜、GJ。


「えっと……画面の中には?」


 それは「画面の中には彼氏がいます」ってことですか!? 2次元ってことですか? TVのアイドルってことですか? どちらにしても、ついてはいけませんけどね!

 ただアイドルだとしたら、現実的な勝ち目が薄いな……。どっちなんだ?


「あ、冗談です。」


 冗談かよっ!


 なんか、いまいち栗平さんの性格がつかめないな。彼女の本質がよくわからない。

「由梨さん、緊張するタイプですけど、けっこう慎重派ですよね? ほんとうに仕事でミスが多いんですか?」

 それは俺も少し思ったことだ。慌ててやらかすというよりも、慎重になりすぎて進められないタイプなのだろうか?


「仕事になるとうまくいかなくて……。この間もSuicaとTOICAを間違えちゃて……。」

 うん。その2枚を同時に所持していることが既におかしいよね。

 あ、馴染みがない人に言っておくと、Suicaは関東鉄道系のカードで、TOICAは東海系だ。そしてそれぞれ相互利用が可能だ。つまり、どっちか1枚で十分、なカードだ。てか、間違えたからって不都合な事態に陥ることはなさそうだけど?


「じゃあ栗平さんが何故失敗してしまうのか原因でも考えてみましょう」

「え?」

「いや、自分ではわからないことも、人からみればわかるかもしれないと思ったんですけど……迷惑ですか?」

「いえ、そんな、むしろいいんですか?」

「ええ、もちろん。」

「私も頑張るよ~。由梨さんのために!」


 よし、できることをやってみよう!

野菜の中ではごぼうが一番嫌いだと思います。

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