プロローグ「記憶のモザイクI」
――それは何の扉をあけるための鍵だったのだろうか。
ヒューペリオン・サイバネティック・エンタープライズ(通称HCE)本社の九十九階。
そこは通称“開かずの間”と称されている。
閉ざされたフロアには、粗末なコレクションケースが設置され、雑多ながらくたに混じって、白金製の小さな鍵が並べられている。
もはや覚えている者は少ないが、この鍵こそ、かつて太平洋上に建設された“人造楽園都市”〈玲瓏城〉の最後の破片である。
世界は既に安定期に入っている。
我々〈最後の人間〉たちは暗い星々を宿した夜空を見上げて、まばたきを繰りかえしている。
都市が滅びていくことが自然とは言わないまでも、ありふれたことになりつつある現在、この楽園を僭称した都市の最期について、興味を持つ人は少ないかも知れない。
しかし、それでも、むしろ、それゆえに私は書き残しておきたいと思っている。意思伝達の手段としては、もはや古びたものとなった言語=文字記号を使って。誰かが、これを読んでくれるだろうか……?
かつての人々が超能力と呼んだ諸現象――テレキネシス、テレパシー、テレポーテーションといったもの――は、日常において頻繁に使われる技術となっている。錆びついた、とまでは言わないにしろ、十分に研究され、広く普及した、枯れた技術だ。原理については専門家以外は知らないとしても、日常生活で利用することについては、誰も不思議だとは思わない。誰もが交信したいと考えた瞬間に友人や恋人と思考や感情で繋がることができるし、肉体的に接触したいと思ったら、すぐに“飛べ”ばいい(古くからのSFファンはいまだにジョウントという言葉を使いたがるようだ)。上海からニューヨークまでの距離を20時間近くかけて、巨大な内燃機関を積んだ鉄の塊に数百人もの顧客を押し込んで飛んでいた時代のことは、もはや冗談にもならなくなっている。
こんな風に世界を一変させたのは、実は〈玲瓏城〉なのだ。
そういった最新技術の研究は、最初、許可されていなかった。二十一世紀中盤ごろの生態経済学に基づく“未来予測”はかなりの精度で、科学技術の進歩こそ人類を破滅に追い込むことを告げていた。急激な保守化傾向が世界全体を覆い、研究の範囲は注意深く限定された。一部の急進的な科学者たちは玲瓏城に集い、冒険的な資本家たちが強く援助を行った。HCEが〈玲瓏城〉とつながりを持ったのは、その時のことだ。
禁忌に挑み、夢を求めた彼らは強く弾圧を受けながら、“楽園”と呼ばれる都市を築き上げた。無政府資本主義によって統治されたその人工島においては、先進的な科学技術が自由に研究されたのだ。
しかし、その夢はわずか20年ほどで潰えてしまう。西暦二○七一年四月、リーダー格の理論生物学者の新城智之を含む、〈玲瓏城〉建設の中心人物十二名が何者かによって殺害されるという事件が起きる。詳細は謎のままで、真犯人は公式には発表されていない。そして、その一年後、約一ヶ月ほど続いた“崩壊”と呼ばれる不可解な現象によって〈玲瓏城〉は海の塵となって消え去ってしまうのである。
世界中に散っていった〈玲瓏城〉の科学者たちは、各地でその研究を伝えたという。それが世界に大きな影響を与えたのは確かだが、破滅をもたらしたのかどうかは分からない。多くの人々の実感として、人類はゆっくりと衰弱への道を歩んでいるという気分は共有されているようだ。とはいえ、希望がないわけではない。かつて人類の課題だった戦争、飢餓、貧富の格差などはかなり是正されており、平均的な“幸福”のレベルは、かつてないほど引き上げられているという報告もある。幸福のうちに年老いつつある、というのが種としての人類の有り様なのかも知れない。
私はいま、HCE本社九十九階の窓から、夕暮れに沈みつつある世界を眺めている。朱色に染まった地平と瑠璃色の天蓋の下、輝きはじめた都市の灯が美しい。掌には、白金の鍵がある(厳重な保存処理が行われており、手で触れても構わないそうだ)。
〈玲瓏城〉の最期には、ひとつの寓話めいた物語が伝わっている。誰が書き留めたかも知れない、その物語は白金の鍵の由来を示す手記として、同じフロアで保存されている。実は、私が言語=文字情報として、このテキストを書き残そうと思ったのも、その手記を見て気まぐれを起こしたからなのだ。
〈玲瓏城〉崩壊の終焉間際、新城智之の息子である新城想が〈玲瓏城〉へと侵入したという記録があるそうだ。彼はとうとう帰還することなく、崩壊の最後の犠牲者として数えられた。崩壊後、救助された三名の在住者が新城想と共に過ごしたと証言したという。手記の内容はおそらく新城想の行動と関係するものだと推測されるが、彼らの証言とは矛盾する。証言を元にしたフィクションである、と考えるのが妥当だ。しかし、誰が何のために創作したのか? 〈玲瓏城〉崩壊から五十年が経過した現在でも、詳細は不明である。
手記の内容は、HCEの許可を得て、このテキストと共に公開することになっている。たとえ小数であっても、誰かが読んでくれるものだと、私は信じている。
――『記憶のモザイク』(アガタ・アンゲロプロウ著)より抜粋