第2話
東京都、渋谷区。
晴天の中、早足で道を急ぐサラリーマン。露出の激しい若者集団、スマホで写真を撮る外国人。わいわいはしゃぐ子供達から、道端に座り込む老人まで。
呆れるほどに、平和な光景だ。
まさかこの光景の中に、人々の日常を脅かす恐怖が潜んでいるとは到底思えぬだろう。
ダンジョン――
それはモンスター共の巣窟で、この世界に突如として発生した。
ダンジョンへの入り口はゲートと呼ばれ、異界と現実世界を結ぶ通り道としての役割を担っている。
ゲートは世界各地に脈絡なく出現し、日常風景を侵食した。
初めは恐怖で慄いていた人々。
だが今やそれは人の営みの中に、あまりにも自然に溶け込んでしまっている。
「喉元過ぎれば、何とやらだな」
ひとりごちる俺の呟きは、誰に聞かせるわけでもない。
目的地は、もうすぐそこだ――
「……おい。ギルドからの連絡は?」
「まだ、ありません……」
高層ビルの立ち並ぶ、とある一画。
ビルとビルの間には、幾重にも張られた立ち入り禁止のテープ。
テープを超えた更に奥。
ビル路地裏からは、青い靄が滲んでいた。
靄の前には、たたずむ二人の男の姿がある。
「ちっ、馬鹿野郎どもが……! あいつら状況分かってやがんのか? 足元見やがって、くそがっ!!」
男の一人は大きく溜息つき、ポケットから煙草を取り出すと、苛立つように口へとくわえた。唇の隙間から煙を吹かしながら、言葉を紡ぐ。
「………報酬金、今いくらだ?」
「……200万、ですね……」
返答を聞き、男はすぐさま舌打ちする。
煙を天に向かってフゥーと大きく吐き出すと、吸殻を地面へ投げ捨て、視界の端の靄を睨む。
「……400まで上げて、あと一週間は様子を見ろ。それで無理なら、【特隊】を動かすぞ」
「特隊って……! またうちで攻略する気なんですか!? 無謀ですよ、茂宮さん!! ここ最近立て続けじゃないですか! 予算、もうありませんよね!?」
「アホ!! んなもんはなあ、どっかしらからひり出すんだよ!! たかがブルーゲートの攻略に、これ以上の報酬は出せねぇだろうがっ!!」
「…………っつ、それは…… 確かにそうかもしれませんが……!」
茂宮は地面で燻る吸殻の火を、靴底で乱暴にもみ消す。
苛立ちでガシガシと頭を掻く茂宮。
そんな彼の背後に、突如5人の人影が現れた。
「ん~? これはこれは~! 公安様じゃねぇか?」
「……あん?」
がたいの良い、武装された5人の男達。
ある者は鎧を着込み、またある者は腰にロングソードを帯刀する。
皆がニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、靄に陣取る茂宮へと語り掛ける。
「公安連中が、こんな路地裏にいったい何の用だぁ? んん?」「お仕事さぼり中でちゅかぁ?」「勘弁してくれよぉ~! おめぇらの給料、どっから出てると思ってんだよ~?」
げらげらと笑う武装集団。
茂宮は目を細め、彼らの装備を凝視する。
「……おめぇら探索者か? ここは立ち入り禁止だ。外のテープが見えなかったのか? とっとと出てけ、仕事の邪魔だ」
敵意を向ける茂宮に対し、武装集団の中から一人が前に躍り出る。
体格が他の者達より一回り大きい、リーダー格の男だ。
「んだよ、ちょっと様子を見に来ただけじゃねぇか? もう結構噂になってんだぜ、コレ。ゲートが発生したの、確か6月頃だったよなぁ? で、今何月よ? ん? ん?」
茂宮の顔に、僅かばかりだが影が差す。
「だいたい3か月……そろそろリミットだろ? スタンピードでも起こされたら、こちとらたまったもんじゃねぇからなぁ! クックック……」
「……用件はなんだ? さっさと言え」
会話の主導権が茂宮から、リーダー格の男へと移り変わる。
「ギルドが動いてくんねぇんだろ? そりゃ当然だ!! ここ最近、ダンジョン攻略の報酬金が目減りして来てる。ギルドも反発してんだよ、あんたら公安様の対応に!」
そう言いながら、男はスマホを取り出し、指でスクロール。画面をトントンと叩きながら、茂宮へとねちっこい視線を向ける。
「渋谷ブルーゲートの攻略金、200万ね……いやあ、世知辛い! 命懸けでダンジョンを攻略して、国から得られる報酬はたったの200万円と来たもんだ! そりゃあギルドも動かねぇって、なあお前ら!?」
同意を求める男の声に、数人の下品な笑い声が重なる。
笑いが収まると、リーダー格の男は声を潜めて問いかけた。
「だが、俺らなら話は別だぜ? 公安様よぉ……?」
――――用語一覧――――
【特隊】
公安特務部隊の略称。
自衛隊と双璧を為す、日本の国防の要となる実力組織。人類史上初めてダンジョンが観測された、1994年に発足。自衛隊が対国際的な抑止力として機能する一方で、公安特務部隊はダンジョン攻略に特化した組織として、防衛省の傘下に置かれている。




