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唯。~私の変なお兄ちゃん/重機動戦器の夢~

作者: 安野雲
掲載日:2026/02/02

本作をご覧いただきありがとうございます。

新生活が始まる春の期待と不安、そしてそれを支える「お兄ちゃん」の奮闘を描きます。

日常風景が、視点一つで全く別の緊迫した状況に見えてくる……そんな独特のテンポを楽しんでいただければ幸いです。

少し奇妙な「大好き交差点」信号はグリーン?

卒園生諸君。


今日という日は、諸君の歩みの中で、決して忘れられることのない節目である。長きにわたる日々――靴を履き替え、席に座り、順番を待ち、手を挙げる。その一つ一つを通して、諸君は静かに、しかし確実に成長してきた。


新田学園附属幼稚園は、ただ楽しく過ごす場所ではない。ここは、社会の基本を身につける場であり、自分という存在を世界の中に位置づけるための第一の段階であった。諸君は学んだはずだ。待つこと、譲ること、やり遂げること。そして、やってしまったときには、きちんと認めることを。


これから先、諸君はより広い世界へ進む。そこでは、誰かが常に答えを示してくれるとは限らない。自分で考え、自分で選び、その結果を受け止める場面が必ず訪れる。しかし恐れる必要はない。諸君はすでに、この園でその基礎を身につけているのだから。


諸君一人ひとりは小さい。だが、その中に秘めた可能性は決して小さくない。この附属幼稚園で過ごした時間は、目には見えずとも、これから先の諸君を支え続ける礎となるだろう。


自信を持ちなさい。胸を張りなさい。そして、次の場所でも、堂々と名乗りなさい。新田学園の名のもとに学んだ者である、と。


輝かしき我が園、新田学園附属幼稚園の卒園者諸君に栄光あれ!



コウタ君は背筋を伸ばし、時々身震いしながらも、真っ直ぐな眼を園長先生に向けていた。

ミスズちゃんは、呼び掛けのたびにビクリとして、言葉の最後の方にな泣き出してしまった。

トオル君は左右の二人を見比べ、鼻水をすすりながら首を傾げていた。



卒園児たちがそれぞれの保護者のもとへ駆け寄って、帰路へ向かっている。


そんな微笑ましい様子を眺めるユイは、来月から社会人となる。

だが、その前に大問題を抱えていた。


2036年春。

大変なことになってしまった。3日後に入居予定のアパートが、不動産屋の手違いで、あとひと月は入居できない。

「分かったタイムリミットは3日だな。それまでにプラモ部屋片付けとく。ちょっとシンナー臭いかもしれんが、大丈夫だよな、ユイ」

助け舟は兄が出してくれた。私が困ってるといつも助けてくれるお兄ちゃん。

進路の相談にも乗ってもらったし、おかげで今春よりピカピカの新入社員。私の憂鬱はとりあえず解消された。


西暦3026年

俺の所属する前線基地に急遽、新型重機動兵器「YUI」が配備された。元々別戦線に配備の予定だったが、配備予定地の最終調整用の設備が破壊されてしまったのだ。

オイル、オゾンの匂いにまみつつ、YUI用にハンガーの調整を指示を出す。

俺は、設計段階からYUIに関わっている整備士。ロールアウトまでの間色々仕様変更はあったようだが、それらのログ事前に受け取っている。ピカピカの新型だ。俺の心は高鳴っていた。



運び込まれたYUIのオプション装備。元工作室は換装用パーツで埋め尽くされた。仕様書通りではあるが、実物を見ると圧巻だ。次々と運び込まれるコンテナの中には極秘武装も多数ある筈だ。よほどのことが無ければ技官の俺でも開くと首が飛ぶ。


まいったなぁ、ちょっと入りきらないかも。ハンガーにかけられたスーツやおしゃれ着のほか、まだまだ段ボールの山はある。どうやって整理しようかな。

「ユイ、この箱は…」

私は思わず兄から段ボールを奪いとった。下着の入った段ボール、開けてもらっちゃ困るよ。



ジュジュっと音がし、香ばしい香りが漂ってる。

「両目があると良いもんだな、お前の戦果だなユイ。」

目玉焼きが二皿運ばれて来た。左手に2枚、もう片手にはレモネードの入ったタンブラー2つを器用に持ってテーブルに置かれた。専門学校時代、お兄ちゃんはファミレスでアルバイトしてた時に身に着けた技。お兄ちゃんってば、はりきってるよ。


オーブントースターの小気味よいベル音。チーズとハムを乗せたトースト。

私のお腹の虫が黙っていないからはずがしい。




甲高いモーターの始動音。そしてわずかな金属臭。

YUIの頭部メインカメラがバイザーの奥で2つの光を灯した。


二重構造のハイブリッドシールドが左腕部に装着された。格納庫の別の一方では冷却剤の入ったタンクを2つ、作業アームが装備コンテナに入れる。

事前にプログラムされた換装動作か、小気味よく、YUIを飾り付けていく。


作業員退避を、促す合成音声のアナウンスの後、射出カタパルト用の「下駄」がレールに沿って滑り込んでくる。

振動する動力パイプに流れる熱い力。俺はYUIの戦場での活躍を想像し、自然と口角を上げていた。


帰還予定時刻19:00。威力偵察にYUIは出撃した。

慣らし稼働もまだ十分とは言い切れないYUIだ。仕様通りならば問題ないはずだが、軟質パーツの耐久性は大丈夫だろうか。熱損耗、摩擦過加熱…杞憂なら良いのだが、俺は心配性か。いや、戦線維持のため極所とはいえ不安要素は排除しておかなければならない。


18:45

YUIのチェック、整備のための準備は万端だった。

ハッチが開く。若干予測より早いが許容範囲だ。時刻は。

ったく、精鋭部隊ってのは俺の予想を軽く上回ってきやがる。


威力偵察部隊は敵機を丸々一体鹵獲して帰投した。



入社式と簡単なチュートリアルだけで私の初出社は終わってしまった。

兄に伝えた帰宅予定時刻まで時間が余っちゃった。

スーパーのお惣菜コーナーで柔らかそうな唐揚げに目を奪われてしまった。

よし、買って帰ろう。

あと、サラダと…あ、こっちも美味しそう。


買い物袋2つを持ってアパートの扉を開けた。

さすが兄妹。考えることは同じだった。


既に食卓には唐揚げを中心とした夕食がきれいに盛り付けられていた。


「ダブルインパクトだ。ユイ、太るの覚悟しろよ。」


新入社員歓迎会の名目での社内親睦会。この名目さえなければ参加しなくて済むのに。案の定、私はボロボロで帰宅した。真新しいスーツに砂やお酒の汚れがついてしまった。クリーニングに出さないとね。

明日も仕事なのに。流石に風呂キャンも出来ないし。あー、早く寝たい。

「スポーツドリンク冷蔵庫にあるから飲んどけよ。明日、少しは楽になるぞ」

流石お兄ちゃん。ありがとー。


軽い頭痛を圧してシャワーを浴び、ブォーンとドライヤーが髪を乾かす。なんとかたどり着いたパイプベッド。

私のは夢の世界へと誘われた。


新型評価試験の模擬戦闘。パイロットはYUIをなんだと思ってるんだ。真新しい装甲にペイント弾の跡。しっかり洗浄しないと戦場で目立ちすぎるじゃないか。次のミッションまであまり時間がない。

使い捨ての強制冷却剤を投入するか。多少駆動系に支障は出るが、なんとかなるだろう。

俺は、機体チェック項目のいくつかに三角を書き入れた。

超音波洗浄と潤滑剤の入れ替えがオートですすむ。換気扇から漏れる塗料の匂い。俺は嫌いじゃない。


常時電源を残して、各種の計器の灯りが次第に消えていく。不意にガタンと音がした。機体固定のロックがどこか外れたのか。あの音なら大した問題にはならないだろう。

俺は、格納庫の扉を締めた。



私は、派手すぎず、でも念入りに、絶妙なバランスで化粧を仕上げる。ビジネススーツに身を包んだら、出勤準備はほぼ完了!

不意に台所から兄の声

「ユイ~、弁当の酢豚にパイナップルいれていいか~?」


「へ?、いいよ。」

お兄ちゃん、マメすぎる。私の分もお弁当作ってくれてる。でも助かる。お昼代、外食すると馬鹿にならない。一人になった時どうしようかな?


ジャイロバランサーはニュートラルで設定された。

各部スラスターに熱源が入り、カタパルトに出撃姿勢で待機。ロック解除。射出カウントダウンが始まる。


「O-VENT、"P-APPLE"…OK」装備チェックの文字列が、格納庫電光板に点灯する。


ユニット化されたミッションパックに戦場で必要とされる装備一式が詰められている。

総重量は増すが、継戦能力維持には変えられない。出来ることは全部やる。俺は整備士でしかない。出撃後はパイロットにYUIを委ねなければならない。


「…は繊細なんだよ。高スペックだからって、負荷かけすぎんなよな。」

おにちゃんが夕食の準備をしながらブツブツ言ってる声が耳に入った。上司のわたしの扱いに対する評価かな?

「張り切りすぎて、無理すんなよ。お前、よく熱出してたしな。」

私はプレゼンの資料を入れた紙袋の中身をもう一度チェックしている。紙袋のガサゴソ擦れる音、私、社会人やってる感。明日は決戦だ。


YUIは高機能最新鋭機だが、性能を引き出すためには卓越した技量が居るのだ。出力任せに使われると逆に損耗が増す。

エネルギーチャージの進展を示すゲージを見ながら、俺はYUIのパイロットに文句の一つでも言いたくなった。

総重量に対しオーバースペックとも言えるYUIのジェネレーターは試作段階では排熱が間に合わずオーバーヒートを起こしていたのだ。改善されていれば良いのだが。

YUIのミッションパックのセルフチェックイージケータが点滅している。アイドリング音のノイズレベルは許容範囲だ。これなら行ける。夜明けとともに決戦だ。






※*

⋯が俺の「格納庫」を巣立ってしみじみ思う。ここはこんなに広かったのかと。

リアルタイムの「戦果報告」も暫くは届かないだろう。

俺はこれからの活躍を半ば確信しつつも、手を離れた寂しさを噛み締めていた。

[YUI Console Log 3026-04-17 21:03:55]

System Check……OK

Mission Debrief……OK

Emotional Layer……N/A


Unclassified message detected.


–オニイチャン、ワタシを重機動兵器にする設定、流石にひどくない?–


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