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冬の童話祭2026

いなかの騎士

作者: ろくせいウィンドオーケストラ

 その地方には、騎士がたった一人しかいませんでした。


 のどかで、住んでいる人も少なかったのです。騎士が必要になるいさかいや、恐ろしい盗賊の襲来なども、めったにありませんでした。


 そこでくらす騎士は、まだ子どものように若く、つるんとした傷もひげもない顔と、やわらかな茶色の巻き毛の持ち主です。王様からもらえる禄は少なく、毎日小さな畑を耕して野菜を育てたり、村の人々に食べ物を分けてもらってやっと生活していました。よろいすら買うことができず、村人たちと同じようなかっこうをして、武器といえば古ぼけた槍と木でできた剣だけでした。

 けれど、みんな騎士のことが大好きです。心優しく、いばったりはしないし、何か困ったことがあると急いでかけつけて、真剣に解決しようと悩んでくれるからです。大人たちはみな、騎士のことを息子や孫のように思っていましたし、子どもたちは兄のように慕い、騎士ごっこをしようと毎日せがみました。


 騎士は、毎日剣や槍を振り回して戦いに備えたり、走ってその地方一帯を見回って過ごしていました。ほんの時たま、ならず者がやってきて、村の娘たちにからむようなことがあるのですが、たいてい騎士よりも、腕っぷしの強い村の男たちの方が彼らをこてんぱんにやっつけて、村から追い出してやりました。

「この程度で済んでよかったな。騎士がやってきたら、お前らなんかあっという間に地獄行きだぞ!」

 さんざんならず者をやっつけた後で村の男たちはきまってそう言うので、いつしかならず者たちは、さぞ恐ろしく、強い騎士が駐在しているのだろうと信じこむのでした。


 麦の収穫が終わった初夏、騎士が村の人々といっしょにお祭りに参加していると、王様のお使いがやってきました。

 お使いは、踊り疲れて草の上に寝転んでいた騎士に向かって、黙って1枚の紙を見せました。


 その紙には、大きな戦争が始まること、あちこちに駐在している騎士は1人残らず戦争に加わることと書かれていました。

 村の人々は悲しみましたが、王様の命令に背くわけにはいきません。よろいを持たない騎士は、普段のかっこうのままで、木の剣と槍を持ってその日のうちにお使いといっしょに都へ旅立ってしまいました。残された人々は、お祭りを続ける気にもならず、沈んだ気持ちで騎士たちの後ろ姿を見送りました。


 呼び出された騎士は、たくさんの騎士仲間と共に、戦地へやってきました。そこではみな立派なよろいを着ていましたが、それでも次々と槍や剣に刺し貫かれて死にました。与えられた馬は不慣れな騎士をさっさと振り落とし、いずこに逃げてしまいました。敵味方のへだてなく、誰もがかつて何よりも大切に守っていた騎士道を忘れ、とにかく自分を殺そうとする相手を殺すことに精いっぱいでした。


 よろいもなく、剣もへなちょこの若い騎士は、かかってくる敵の剣をかわしたり、傷ついた味方の騎士を担いで戦地を抜けたり、自分にできることを一生けんめいにやりました。 

 それでもとうとう命運は尽き、地面の血だまりに足をとられて転んだ騎士の頭めがけて、敵の騎士が大きな剣を振り下ろしました。よく研がれた刃が、ぎらぎらと光り、騎士は思わず目をつぶります。


 その時、さっとつむじ風が吹いて、若い騎士をさらっていきました。


 気がつくと、騎士は戦地から少し離れた草原に座っていました。いつの間にか、体中の傷に手当てがされています。何が起こったのだろうと辺りを見回すと、またつむじ風がくるくると吹きました。

 

 いつの間に現れたのやら、目の前に黒いフードをかぶった初老の男が立っています。人の良さそうな、きらきらと輝く丸い瞳に、無精ひげの生えた頬やあご。髪は黒いけれど、もみあげにかなり白いものが混じっています。厚い唇はにっこりと微笑んでいました。けれど、その顔に見覚えはありません。まばたきをする騎士に、男は優しい声で言いました。

「無事でよかったな」

「あなたが助けてくださったのですか?」

 騎士はとっさにお礼を言いました。

「あなたは一体……?」

「私は、お前を大切に思う人々の心から生まれたものだ」

 そう言って、男はほんの少しだけ、踊りのステップを踏みました。麦の収穫祭りで、騎士やいなかの人々が踊ったものと同じものでした。

「みな、いつもお前を心配し、無事に帰ってくることを祈っている。さて、どうするね」

「どうする、とは……?」

「ここから逃げてみんなの元へ帰るのならば、私が連れていってあげよう」

 それを聞いて騎士はひどく悩みました。大好きな人々の顔が鮮烈に浮かび、なつかしくてたまりません。今すぐでも、つむじ風にのって帰りたいと思いました。けれど、今帰ったら、王様はどんなに怒るでしょうか? またお使いを出し、騎士を捕らえにくるかもしれません。そうなったら、結局彼は村の人々とはいられなくなります。それに、騎士は王様のために戦うという大切な役目を背負っているのです。

「このままここで戦うと言ったら……?」

 男は両手を広げ、「どちらでも、好きにするがいい」と言いました。


 騎士は思いました。自分は騎士だ。戦いから逃げることはできない。きちんと戦って勝ち、それから堂々とみんなのところへ帰りたい。

 

 彼は答えました。

「私はここに残ります」

 男は驚きもがっかりもせずにうなずきました。

「そうか。では、お守りをやろう」

 男は、目には見えない何かをふんわりとはためかせ、騎士の肩にかけました。そして、真新しく、上等な剣と槍をくれました。振ってみると、扱いやすく、しかしずっしりとした手応えがあります。

「私を生み出した者たちがお前のために祈り続ける限り、私はお前をいつも見守っている」

 そして、またつむじ風と共に、騎士を戦地へと送り届けてくれました。


 戻ってきてから、騎士は悪魔のように勇ましい戦いぶりをみせました。騎士の剣はよろいさえも貫くほどに固く、じきに誰もが恐れるようになりました。おまけに、騎士めがけて敵が振り下ろした剣は、いつの間にか明後日の方向にはじき飛ばされ、砕けてしまうのです。味方の騎士たちは、驚きながらも若い騎士の活躍をたたえ、いっそう奮起しました。


 

 戦争がようやく終わったのは、それから何年も後のことでした。都に凱旋した若い騎士は、その功績をたたえられ、王様からじきじきにおほめの言葉をもらいました。そして、好きな領地をもらえることになりましたので、騎士は迷わずあのいなかの地方を願いました。


 立派な馬に乗って、数人の従者と共にあの地方へと帰る途中で、騎士はふと、つむじ風が枯れ葉を巻き上げているのを目にしました。

「思えば、あの不思議な方のおかげで、こうして帰還することができたのだ」

 騎士は、馬を下り、つむじ風に向かって呼びかけました。

「ありがとうございました」

 けれど、風があの男の姿になることはありませんでした。


 なつかしいいなか道を通りながら、騎士は胸いっぱいに息を吸いました。香ばしく、さわやかな香りがします。木々は茶色や赤に色づき、ざわざわとささやきかわしていました。

「ああ、今ごろは野菜や果物の収穫の時期だなあ」

 騎士は収穫祭りのにぎやかな様子を思い出しました。運が良ければ、今も祭りの最中かもしれません。そんな期待をすると、思わず馬を早足で駆けさせてしまうのでした。


 けれど、村はもうありませんでした。


 あちこち回っても住人は1人も残っておらず、空っぽの家々はほこりっぽく、あちこちが壊れていました。畑には1本の苗も、野菜もありません。果樹園には、野生化した果物の木が自由に枝を伸ばし、実った果物は鳥や獣に食い荒らされていました。


 騎士は馬を飛ばし、あちこちの村を全て見て回りました。どこにも、誰もいませんでした。どこも同じように家が壊され、畑は荒れていました。


 騎士がこのことを知るのはかなり先のことになるのですが、騎士が遠くで戦っていた頃、盗賊の集団がこの地方を襲ったのでした。これまでのならず者よりもずっと強く、残酷なこの盗賊たちは、このあたりに騎士が1人もいないことをあらかじめ知っていたので、やりたい放題に暴れ回ったのです。生き残った人々は村を離れ、あちこちに逃げていきました。盗賊たちも村の食糧や酒を奪うと興味をなくし、村は誰からも打ち捨てられたのでした。


 茫然としていた騎士の元へ、王様のお使いがやってきました。彼らは今度は、王様からのごほうびを持ってきたのです。彼のためにあつらえた、きらきら輝く銀のよろいでした。


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― 新着の感想 ―
彼のことを思う限り加護は続く…ということは、彼に救われた人たちは彼のことを盗賊に襲われた後も気にしていたということでしょうか。恐ろしい盗賊に襲われて散り散りになった後も、あそこに騎士様かいたら殺されて…
悲しいですね。 あの時戻っていたら‥‥どうなっていたのでしょうか。 騎士の心を思うと泣けてきます。 読ませていただき、ありがとうございました。
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