『「男子なんて大嫌い」と教室で僕を無視する美少女、実は僕の配信のガチ勢リスナーだった件 ~昨日の夜も「愛してる」って赤スパくれましたよね?~』
学校のアイドル × 陰キャ配信者 ニヤニヤが止まらない、現代ラブコメです。
【プロローグ:教室の絶対零度】
高校2年生の5月。 クラスの人間関係も固まり、スクールカーストという名の身分制度が確立される時期。
俺、深町ミナトの立ち位置は、カースト最下層――いや、「圏外」だ。 友達はいない。部活もしていない。休み時間は寝たフリをして体力を温存する、いわゆる「陰キャ」のモブ生徒である。
そんな俺の席の隣には、この学園の頂点に君臨する女がいる。
「……ちょっと」
氷の刃のような声が、俺の鼓膜を刺した。 顔を上げると、そこには美貌の少女が立っていた。 白雪灯花。 腰まで届く艶やかな黒髪、透き通るような白い肌、そして見る者を射抜くような涼やかな瞳。 才色兼備、成績優秀、生徒会役員。 男子生徒からは「高嶺の花」、あるいはその冷徹な態度から**「氷の女王」**と呼ばれ、畏怖されている存在だ。
「……なんだよ、白雪さん」 「消しゴム。落ちたわよ」
彼女は俺の消しゴムを、ハンカチ越しに摘まんで、机の上にポトリと落とした。 まるで汚物でも触るかのような手つきだ。
「あ、ありがとう……」 「別に。通路の邪魔だっただけ」
彼女はフン、と鼻を鳴らし、すぐに視線を逸らした。 取り付く島もない。 彼女は「男子嫌い」で有名だ。告白してきたサッカー部のエースを「汗臭い」の一言で撃沈させ、ナンパしてきた他校の不良を論破して泣かせたという伝説を持つ。
(……相変わらず、キツイ性格してんなぁ)
俺は心の中で苦笑する。 まあいい。俺にとって学校は「仮の姿」を演じる場所でしかない。 誰とも関わらず、空気のように過ごし、定時(放課後)になったら速攻で帰宅する。 それが俺の流儀だ。
「じゃあね、深町くん。……私の視界に入らないでくれる?」
放課後のチャイムが鳴ると同時に、白雪さんは冷たく言い放ち、鞄を持って教室を出て行った。 教室に残った男子たちが、「うわ、今日も女王様キレッキレだな」「深町、ドンマイ」とヒソヒソ話している。
俺は小さく息を吐き、鞄を掴んだ。 ――やれやれ。 あんなに冷たい彼女が、まさか**「あんなこと」**になってるとは、クラスの誰も想像できないだろうな。
【第1章:深夜の王様】
帰宅後。 俺は夕食と風呂を済ませ、自室の防音ドアを閉めた。 ここからが、俺の本番だ。
デスクには、トリプルモニターと高性能ゲーミングPC。 数万円するコンデンサーマイクと、オーディオインターフェース。 俺は深く息を吸い込み、「陰キャ高校生・深町ミナト」の皮を脱ぎ捨てる。
「よし……やるか」
配信ソフトを起動し、『LIVE開始』のボタンをクリックする。 チャンネル登録者数、55万人。 超人気覆面ゲーム実況者――**『ナイト』**の時間が始まる。
『うぃーす。ナイトでーす。今日も社会不適合者の諸君が集まってるかな?』
俺がマイクに向かって気だるげに挨拶すると、コメント欄が滝のような勢いで流れた。
『待ってた!!』 『うぽつです!』 『今日もいい声助かる』 『社会不適合者です! 点呼ヨシ!』 『今日は何のゲーム? FPS? ホラゲー?』
俺の売りは、低音ボイスによる「毒舌」と、圧倒的な「プレイスキル」だ。 媚びない、群れない、容赦しない。 そのスタンスが、逆に受けているらしい。
「今日は新作のFPSやるわ。ランクマで雑魚狩り……じゃなくて、初心者の指導をしていく」
俺はゲーム画面を映し出し、手慣れた操作でマッチングを開始した。 プレイが始まれば、俺の人格はさらに豹変する。
「おーい、そこの芋スナイパー。同じ場所に3秒以上いたら死ぬってママに教わらなかったか? ほら、ヘッドショット」 「味方のカバー遅すぎ。回線じゃなくて脳の処理速度がラグってんじゃねーの?」
暴言ギリギリの毒舌。 だが、プレイは神がかっている。敵の裏をかき、正確無比なエイムで次々と敵をなぎ倒していく。
『つええええええ!!』 『口は悪いが腕はいい』 『これぞナイト様』 『今のフリックエイムえぐいwww』
同接(同時接続者数)が3万人を超えたあたりで、通知音が鳴り響いた。 高額スパチャ(投げ銭)の音だ。 画面が赤く染まる。
【¥50,000】 ユーザー名:スノー コメント:『ナイト様ぁぁぁ! 今日もお声が素敵です! その気だるげな声で罵倒されたいです! 生きる糧をありがとうございます! 結婚して! 養わせてください!』
出た。 常連にしてトップランカーの太客、『スノー』だ。 俺が配信を始めると、必ずと言っていいほど現れ、限度額いっぱいの赤スパを投げてくる。 しかもコメントが重い。
「……おいスノー。毎度どうも」
俺はプレイの手を止めずに、淡々と反応する。
「金投げんのはいいけどよ、晩飯代残してんのか? 5万あったら美味い肉食えるぞ。あと結婚はしねーよ。俺は画面の中の男だ。現実見ろ」
俺の塩対応。 普通のファンならショックを受けるところだが、彼女は違う。
【¥10,000】 ユーザー名:スノー コメント:『拒絶された! ゾクゾクします! その冷たさが堪りません! 現実の男なんてゴミです! 私にはナイト様だけ! あと肉よりナイト様の声の方が栄養価高いので大丈夫です!』
『スノーさん平常運転www』 『今日も限界化してるな』 『訓練されたガチ恋勢』 『ナイトに冷たくされて喜ぶのはスノーさんくらいだよ』
リスナーたちも慣れたものだ。 俺は呆れてため息をついた。
「栄養価高いわけあるか。お前らも、ネットに入れ込みすぎるなよ。明日も学校とか仕事あんだろ? 早く寝ろ」
そう言いながらも、俺はスノーの熱量に少しだけ感謝していた。 顔も知らない相手だが、ここまで自分を肯定してくれる存在がいるというのは、悪い気分ではない。
……まあ、その正体が、**「クラスで俺をゴミ扱いしている白雪さん」**だと知るまでは、だが。
【第2章:彼女の秘密】
なぜ俺が『スノー=白雪さん』だと気づいたのか。 それは数ヶ月前のことだ。 俺が配信で「最近、コンビニの新作スイーツの『もちもちショコラ』にハマってる」と雑談した翌日。 教室で、白雪さんがその『もちもちショコラ』を大量に買い込み、幸せそうな顔で食べているのを目撃したのだ。
それだけなら偶然かもしれない。 だが、決定的だったのはスマホだ。 彼女が机に伏せて寝ている時、通知で光ったスマホの画面に、俺の配信の通知と『アカウント名:スノー』の文字が見えてしまったのである。
(……あの氷の女王が、俺の配信で「結婚して」とか言ってるのか)
そのギャップに、俺は戦慄した。 以来、俺は学校では正体がバレないよう、徹底して「陰キャのミナト」を演じている。 もしバレたら? 彼女の社会的な死か、あるいは俺がストーカー扱いされて物理的に殺されるか。どっちにしろ地獄だ。
翌朝。 俺は重い足取りで教室に入った。 いつもの席に座ると、隣の白雪さんがスマホを操作していた。 ワイヤレスイヤホンをしている。
「…………んふっ」
彼女の口から、可愛らしい吐息が漏れた。 いつもの冷徹な表情が崩れ、頬が緩み、とろけるような甘い顔をしている。 画面は見えないが、十中八九、昨夜の俺のアーカイブを聴いているのだろう。
(……めちゃくちゃ機嫌いいな)
俺が席に着くと、彼女はハッとして表情を引き締めた。 一瞬で「氷の女王」モードに戻る。
「……おはよう、深町くん」 「あ、おはよう……」 「朝から陰気な顔ね。空気が澱むから、少し離れて呼吸してくれる?」
理不尽な暴言。 昨夜、「声が栄養素」だと言って5万円投げてきた人物と同一人物とは思えない。
(俺の呼吸音はダメでも、俺の声はいいのかよ……)
俺は心の中でツッコミを入れつつ、教科書を開いた。 この奇妙な二重生活。 いつまでも続くわけがないと思っていたが、破綻の時は唐突に訪れた。
――その日の昼休み。 事件は起きた。
白雪さんは弁当を食べ終わり、またスマホで動画を見ようとしていた。 周囲の生徒たちは談笑し、教室内はガヤガヤと騒がしい。 彼女はイヤホンケースを開け、耳に装着し、動画の再生ボタンを押した。
だが。 彼女は気づいていなかった。 イヤホンのBluetooth接続が、うまくいっていなかったことに。
そして、彼女のスマホの音量が、昨夜の興奮のまま**「最大」**になっていたことに。
『――オラァ! どこ見て歩いてんだ雑魚が! 頭蓋骨に風穴空けんぞコラァ!!』
爆音。 教室の喧騒を一瞬で搔き消すほどの大音量で、俺の(ナイトの)ドスの利いた怒鳴り声が響き渡った。
「え?」 「な、なんだ今の!?」
クラス中の視線が、音の発生源――白雪さんに集中する。 そこには、スマホを持ったまま石像のように固まった、氷の女王の姿があった。
『あーあ、クソエイムすぎ。引退しろよゴミ虫。……ん? スノー、赤スパありがとな。愛してるぜ(棒読み)』
無慈悲にも、動画は再生され続ける。 俺のドライな「愛してるぜ」という声が、教室の隅々まで響き渡る。
「あ、あ、あ……」
白雪さんの顔が、沸騰したヤカンのように真っ赤に染まっていく。 彼女の「高貴で清楚」なイメージが、音を立てて崩れ去ろうとしていた。
(やばい)
俺は冷や汗をかいた。 このままでは、彼女が「暴言配信者のファン」だとバレる。 それだけならまだいいが、あの声は紛れもなく「俺の声」だ。 勘のいい奴がいたら、俺の正体まで芋づる式にバレる可能性がある。
白雪さんはパニックになり、震える手でスマホを止めようとするが、焦って操作がおぼつかない。
「し、白雪さん? 今のって……」
クラスメイトの女子が恐る恐る声をかける。 絶体絶命。 追い詰められた白雪さんは、顔を真っ赤にして立ち上がり、とんでもないことを口走った。
「ち、ちがうの!! こ、これは……っ!!」
彼女は涙目で俺の方を一瞬見て、それからクラス全員に向かって叫んだ。
「こ、これは……私の、彼氏の声よ!!!」
――はい?
教室に、完全なる沈黙が落ちた。 俺の思考も停止した。
彼氏? 今、あの暴言男(俺)が彼氏だって言ったのか? 男子嫌いの氷の女王が?
「そ、そうなの! 私、実は悪い男が好きなの! だから、これは彼氏からの留守電なのよ! 文句ある!?」
白雪さんはヤケクソ気味に叫び、スマホをひっつかんで教室から走り去っていった。 残されたのは、呆然とするクラスメイトたちと、胃に穴が空きそうな俺だけ。
「……マジかよ」
俺は頭を抱えた。 これは、とんでもないことになったぞ。
【第3章:虚構の彼氏】
5限目の授業中も、教室の空気は浮ついていた。 チラチラと白雪さんに視線が集まる。 無理もない。「氷の女王」に彼氏がいた。しかも、あのドスの利いた声の「ヤンキー彼氏」だ。このスクープは、瞬く間に学年中に広まっていた。
(……やりにくい)
俺はため息をつきながらノートをとるフリをする。 隣の白雪さんは、顔面蒼白で彫像のように固まっている。後悔と恥ずかしさで魂が抜けているようだ。
放課後。 チャイムが鳴ると同時に、女子グループが白雪さんを取り囲んだ。
「ねえねえ白雪さん! さっきの本当!?」 「彼氏ってどこの人? 他校? 不良?」 「『頭蓋骨に風穴』とか言ってたけど、大丈夫なの!? DVとかされてない!?」
興味本位の質問攻め。 白雪さんは目を泳がせながら、必死に設定を取り繕う。
「え、ええ……。彼は、その……少し言葉遣いが荒いだけで、本当は優しいのよ」 「へえー! 名前は?」 「な、名前は……ナイト。……ナイト君よ」
(ハンドルネームそのままかよ!)
俺は机に突っ伏したまま心の中でツッコんだ。 嘘に嘘を重ねて泥沼化している。 このままでは、彼女がボロを出すのは時間の問題だ。そして「ナイト君」について詳しく調べられたら、俺の配信チャンネルにたどり着くのも時間の問題だ。
(……しゃあねぇな。助け舟を出すか)
俺は鞄を持って立ち上がった。 そして、白雪さんを囲む輪に割って入る。
「……あー、悪い。ちょっと通してくれ」
俺はわざと無愛想に言い放つ。 女子たちが「なんだこいつ」「陰キャが」という顔で道を空ける。 俺は白雪さんの机の横を通り過ぎざまに、小声で囁いた。
「(……『生徒会室に呼び出し』ってことにしろ。逃げ道作ってやる)」
白雪さんがハッとして俺を見る。 俺はそのまま教室のドアに向かい、振り返らずに大声で言った。
「そういえば白雪さん、さっき先生が探してたぞ。生徒会の資料がどうとか」
それは真っ赤な嘘だ。だが、今の彼女には蜘蛛の糸に見えただろう。
「あ……! そ、そうだったわ! 急がないと!」
白雪さんはガタッと立ち上がり、鞄をひっつかんだ。
「ごめんなさいみんな! 生徒会の仕事があるから、また明日ね!」
彼女は女子たちの追及を振り切り、逃げるように教室を飛び出した。 俺もまた、ドサクサに紛れて教室を後にする。
廊下の角を曲がったところで、白雪さんが壁に手をついてゼェゼェと息を切らしていた。 俺が追いつくと、彼女は鋭い目で睨みつけてきた。
「……深町くん。余計なことしないでくれる?」
助けてやったのに、この言い草である。 だが、その耳は真っ赤だ。
「礼には及ばないよ。……で、どうすんだよ『ナイト君』。実在しない彼氏なんて、すぐバレるぞ」 「うっ……! そ、それは……」 「まあ、頑張れよ。俺は帰るけど」
俺は彼女を置いて歩き出した。 ここで恩を売るつもりはない。関わりすぎるとボロが出る。 だが、白雪さんは俺の背中に向かって声を張り上げた。
「待ちなさいよ! ……その、ちょっと付き合いなさいよ!」 「は?」 「屋上! 今すぐ屋上に来なさい! 命令よ!」
(なんでだよ……)
拒否権はないらしい。 俺は渋々、彼女の後について階段を上った。
【第4章:屋上の告解】
放課後の屋上。 フェンス越しに夕日が差し込み、長い影を落としている。 誰もいない。俺たち二人きりだ。
白雪さんはフェンスに背を預け、腕を組んで俺を見下ろした(身長は俺の方が高いが、態度的に)。
「……単刀直入に聞くわ。深町くん、あなた『ナイト』を知ってるわね?」
ドキリとした。 バレたか? いや、まだ確証はないはずだ。
「ナイト? 誰だそれ。騎士か?」 「とぼけないで。さっきの教室での反応、それに『ナイト君』って名前にすぐに反応したわよね。……あなたも、リスナーなんでしょ?」
なるほど。 彼女の推理はこうだ。 『深町ミナトもナイトの配信を見ていて、私のスマホから流れた声で、私がファンだと気づいた』。 正解に近いが、決定的に間違っている。
「……まあ、知ってるけど」 「やっぱり! あの声、最高よね!?」
白雪さんの表情が一変した。 クールな仮面が剥がれ落ち、熱っぽいオタクの顔になる。
「あの気だるげな低音ボイス! 社会を斜めから見てるような毒舌! でもプレイは超一流! ギャップがたまらないわ! 私、昨日はスパチャ読み上げてもらうために5万円投げたのよ!」
自分の推しについて語る時のオタクは早口になる。 彼女は一通り熱弁した後、ハッとして咳払いをした。
「……コホン。とにかく、私がナイト様のファンだということは、絶対に秘密にして」 「なんで?」 「イメージが崩れるからよ! 『氷の女王』がゲーム実況者のガチ恋勢だなんて知られたら、私の威厳に関わるわ!」
彼女は必死だ。 俺はフェンスに寄りかかり、ため息をついた。
「別にいいけどさ。……でも、一つ勘違いしてるぞ」 「何が?」 「ナイトは、お前が思ってるような高貴な人間じゃない。ただの口が悪い、性格のひねくれたゲーマーだ」
「はあ!? 何よそれ! ナイト様の何を知ってるの!?」
白雪さんが激昂して詰め寄ってくる。
「彼はね、孤高なの! 誰にも媚びず、己の道を行くカリスマなの! あんたみたいな陰キャと一緒にしないで!」 「陰キャで悪かったな」 「謝りなさい! ナイト様に謝りなさいよ!」
あまりの剣幕に、俺は少しイラッとした。 そして同時に、面白くなってきた。 ここまで俺を持ち上げて、目の前の俺を罵倒する。 この滑稽な状況を終わらせるには、真実を突きつけるのが一番だ。
「……じゃあ、証明してやるよ」
俺は喉の調子を整えた。 いつも配信で使っている、少し低めの、気だるげなトーンに切り替える。
「え?」
俺は白雪さんの耳元に顔を近づけ、囁いた。
「――おいスノー。晩飯代残してんのか? 5万あったら美味い肉食えるぞ」
昨夜の配信でのセリフ。 一言一句、同じ声色、同じイントネーションで再現する。
白雪さんの動きが止まった。 時が止まったように、彼女は瞬きもせず俺を見つめている。
「……え?」
「あと、『結婚はしねーよ』とも言ったな。金は大事に使えって」
俺は少し距離を取り、いつもの地声に戻して肩をすくめた。
「そういうことだ、白雪さん。……ナイトの正体は、お前の大嫌いな『陰キャの深町くん』でした」
沈黙。 屋上を風が吹き抜ける音だけが響く。 白雪さんの顔色が、青から白へ、そして茹で上がったタコのように真っ赤に変わっていく。
「う……うそ……」
彼女は震える指で俺を指差した。
「こ、声が……一緒……。喋り方も……」 「マイク通してないから少し違うかもな」 「じゃ、じゃあ……昨日、私が投げた5万円は……」 「ありがたく貯金させてもらった」 「『愛してる』ってコメントしたのは……」 「全部読んでた。ドン引きしながらな」
プシュウゥゥ……。 白雪さんの頭から湯気が出た気がした。 彼女は許容量を超えた情報の波に飲まれ、膝から崩れ落ちた。
「う、あ……あわわ……」
最推しの配信者が、クラスで一番見下していた男子だった。 しかも、彼氏だと嘘をついた相手が本人だった。 さらに、自分の限界オタク行動(赤スパ、求婚、愛の告白)が全て本人に筒抜けだった。
これ以上の「死にたい状況」が、この世にあるだろうか。
「……殺して」 「は?」 「私を殺してぇぇぇぇぇ!!!」
白雪さんは顔を覆って絶叫し、その場でのたうち回り始めた。 クールな女王の威厳は、完全に崩壊した。
「お、おい落ち着けって」 「無理! 無理無理無理! 恥ずかしい! 消えたい! もうお嫁に行けない!」
彼女は涙目で俺を見上げた。 その瞳は、羞恥と混乱、そして隠しきれない「推しへの熱量」で潤んでいる。
「ど、どうしてくれるのよ……! 責任取りなさいよ!」 「何の責任だよ」 「私の純情を弄んだ責任よ! ……っていうか、本物なの? 本当にナイト様なの?」
彼女は俺の腕を掴み、すがるように聞いてきた。
「……証拠見せないと信じないか? 今夜の配信で『白雪さんは今日の昼飯にカツサンド食ってた』って暴露してもいいけど」 「信じます!! お願いだからそれはやめて!!」
こうして。 俺と白雪さんの、奇妙な共犯関係が始まった。
【第5章:氷の女王の『推し活』】
屋上のコンクリートに座り込んだまま、白雪さんはしばらくブツブツと何かを呟いていた。 「神が隣にいた」「酸素が美味しい」「でも死にたい」といった、情緒不安定な言葉だ。
ようやく落ち着きを取り戻すと、彼女は制服のスカートを払い、立ち上がった。 顔はまだ少し赤いが、その瞳には強い光が宿っている。
「……深町くん。い、いいえ、ナイト様」 「やめろその呼び方。学校では深町でいい」 「じゃあ、ミナトくん」
彼女は距離を詰めてきた。近い。いい匂いがする。
「約束して。私の正体が『スノー』だということは、墓場まで持っていくと」 「ああ。俺だって、正体がバレるのは御免だ。お互い秘密にする。共犯関係ってことでいいな?」
俺が手を差し出すと、彼女は恐る恐るその手を握り返してきた。 手汗で少し湿っているのが、人間臭くて逆に好感を持てる。
「……条件が一つあるわ」 「なんだ?」 「配信は続けて。絶対に引退しないで。もし引退したら……」
彼女は俺の手をギュッと強く握りしめ、据わった目で言った。
「私が特定して、一生養ってあげるから」 「怖ぇよ! どんな脅しだよ!」
俺は苦笑して手を離した。 一生養うって、それはもうプロポーズなんよ。
「あと、もう一つ」 白雪さんはモジモジと指を合わせた。
「教室でのあの嘘……『彼氏』ってことになってる件だけど……」 「ああ、面倒くさいことになったな」 「訂正するのは無理よ。……だから、その……卒業まででいいから、彼氏のフリをしてくれない?」
上目遣い。 クラスの男子全員が一度は夢見たであろう、氷の女王のお願い。 俺は頭をかいた。
「フリだけでいいんだな?」 「ええ。……フリ『だけ』で不満なら、本物になってもいいけど?」 「はいはい、調子に乗るな」
俺は彼女の額を軽く小突いた(デコピンした)。 「あぅっ」と彼女が可愛らしい声を上げる。
「まあ、推しに認知されたファンサだと思って、付き合ってやるよ」 「! ……ありがとう、ミナトくん!」
彼女は花が咲くように笑った。 それは、教室では一度も見せたことのない、年相応の少女の笑顔だった。
【エピローグ:画面越しの愛】
翌日の教室。 俺と白雪さんの関係は、表向きは変わらなかった。
「……深町くん。教科書、忘れたの?」 「あ、悪い……」 「はぁ。仕方ないわね。……見せてあげるから、机寄せなさいよ」
言葉は相変わらず冷たい。 だが、隣り合った彼女の耳が真っ赤になっているのを、俺は見逃さなかった。 そして、机の下でこっそりと、彼女がメモ用紙を渡してくる。
『今日の配信、楽しみにしてる』
可愛い字だ。 周囲の男子たちは「女王様が深町に冷たい! でも机寄せてる!?」と混乱しているが、この奇妙な距離感の正体を知るのは俺たちだけだ。
その夜。22時。 俺はいつものようにPCの前に座り、配信を開始した。
『うぃーす、ナイトでーす。今日も元気に社会不適合やってるかー?』
コメントが流れる。 その中に、いつもの名前を見つけた。
【¥10,000】 ユーザー名:スノー コメント:『待ってました! 今日、学校で嫌なことがあったけどナイト様の声で浄化されました! 学校に推しがいる生活、最高です!』
匂わせが凄い。 俺は思わず吹き出しそうになるのを堪え、マイクに向かってニヤリと笑った。
「おうスノー、今日もありがとな。……学校で嫌なこと? まあ気にすんな。案外、そいつはお前のこと、嫌いじゃないと思うぜ?」
それは、画面の向こうにいるたった一人のリスナーに向けた、俺なりのファンサービス。
【¥50,000】 ユーザー名:スノー コメント:『!?!?!?!?(言葉にならない悲鳴) 好き!! 結婚して!!』
『スノーさん壊れたwww』 『今日のナイト、なんか優しくね?』 『デレた!?』
コメント欄が祭りになる。 俺はディスプレイの向こうで、顔を真っ赤にしてベッドの上を転げ回っているであろう「彼女」を想像し、小さく笑った。
「結婚はしねーよ。……ま、とりあえず、明日も学校来いよな」
こうして。 俺と、クラスの美少女との、秘密の「両片思い(?)」生活が幕を開けた。 いつかこの関係が「本物の彼氏彼女」になるのか、それとも「配信者とリスナー」のままなのか。 それは神のみぞ……いや、俺のプレイスキルと彼女の課金力のみぞ知る、といったところか。
(完)
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