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【第5章 クゥの鳴き声】
気がつくと、彼は岩陰に身を横たえていた。
潮の音がすぐそばで揺れている。
左手に冷たい感触──掌を見つめると、そこには小さな青い鱗が、ひとつだけ貼りついていた。
それは、何かの証のように微かに光っていた。
「……ありがとう」
胸の奥から、自然にその言葉がこぼれた。
何に対してか、誰に対してか、明確にはわからない。
でも、それは確かに、自分のすべてを包むような感情だった。
波の音の中に、かすかに──あの声が混じる。
「……クゥ」
彼は目を閉じる。
遠い夏の日々、洗面器の中でクルクル泳いだ命、
夜の海に溶けていった光、
ベッキーの笑い声、追いかける足音、こっそり分け合ったチューイングガムの味──
すべてが、今も胸の中に生きていた。
──人は、別れの中でしか得られない宝物がある。
静かに目を開くと、朝の光が砂浜を照らし始めていた。
海は、すべてを知っていたかのように、穏やかだった。
波間のどこかで、もう一度だけ、青い光が瞬いた気がした。