表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『海辺のしるし』  作者: ふぁーぷる
【プロローグ(今)】
3/7

【第2章 誕生!楽しい日々】

 あれから五日が経った夜だった。

 チャーリの部屋の空気が、ほんの少しだけ違っていた。


 灯りを落とし、寝床に入ったあとも、彼は木箱にそっと手を伸ばす。

 青白く光る卵の殻は、毎日わずかに色を変え、まるでゆっくりと息をしているようだった。


 そのとき──


「……クゥ」


 小さく、濡れたような声が聞こえた。


 チャーリは驚いて跳ね起き、木箱を覗き込む。


 卵の表面に、細いヒビが走っていた。

 パキッ、という音とともに、殻がゆっくりと開いていく。


 中から現れたのは、濡れた青い体の、小さな生き物だった。


 魚のような鱗、竜のような角、宝石のように光る瞳。

 その姿は、どの図鑑にも載っていない“何か”だった。


 チャーリはそっと両手で抱き上げた。


「……君、生まれたんだね」


 * * *


 翌朝。ベッキーはチャーリの部屋に飛び込むなり、叫んだ。


「チャーリ! 産まれたってホント!?」


「うん……夜に孵ったんだ。ほら、これ」


 クゥは洗面器の中で水をちゃぷちゃぷ跳ねさせていた。

 ベッキーは思わず息を飲んだ。


「きれい……」


 小さな指先が水に触れると、クゥはくるくると泳ぎ、くちばしのような口を鳴らした。


「……クゥ」


「いま、鳴いたよね!? “クゥ”って!」


「うん、昨日もそう鳴いたから……そのまま名前にしようと思ってた」


「決まりだね、クゥ!」


 * * *


 それからの日々は、まるで宝箱の中に閉じ込められた季節のようだった。


 朝はベッキーがうちに寄って、クゥに“おはよう”を言う。

 登校前にクゥの水を替えて、餌代わりの魚肉ソーセージを半分こ。

 放課後は交代でクゥの世話当番。時にはおばさんにばれそうになって、慌ててベッドの下に隠したこともあった。


「もう……クゥ、洗面器から飛び出すんだけど!」

「それ、喜んでるんだよ!」

「じゃあ、その水、もうお風呂にしたら?」


 そう言いながらベッキーは、洗面器を両手で持ち上げて、ちゃぷちゃぷと揺らす。

 クゥは波に乗るように嬉しそうに跳ねた。


「……もしかしてさ、クゥって、海の生き物なのかな」


 チャーリのそのひと言に、ふたりは顔を見合わせた。

 けれど、不安はなかった。ただただ、今の時間が、毎日が、愛おしくてたまらなかった。


 * * *


 ベッキーはクゥを世話するとき、時々“お母さんごっこ”みたいな口ぶりになる。


「ちゃんとごはん食べたの? だめでしょ~残しちゃ~」


「それ、誰の真似?」

「ママだよ。クゥがうちの弟だったら、こうなるって想像したら、なんか笑えてきた」


 ベッキーのそういうところが、チャーリは好きだった。


 ――でも、ふたりはまだ知らない。


 この秘密の宝箱に、ほんの少しずつ“終わりの気配”が忍び寄っていることを。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ