【第2章 誕生!楽しい日々】
あれから五日が経った夜だった。
チャーリの部屋の空気が、ほんの少しだけ違っていた。
灯りを落とし、寝床に入ったあとも、彼は木箱にそっと手を伸ばす。
青白く光る卵の殻は、毎日わずかに色を変え、まるでゆっくりと息をしているようだった。
そのとき──
「……クゥ」
小さく、濡れたような声が聞こえた。
チャーリは驚いて跳ね起き、木箱を覗き込む。
卵の表面に、細いヒビが走っていた。
パキッ、という音とともに、殻がゆっくりと開いていく。
中から現れたのは、濡れた青い体の、小さな生き物だった。
魚のような鱗、竜のような角、宝石のように光る瞳。
その姿は、どの図鑑にも載っていない“何か”だった。
チャーリはそっと両手で抱き上げた。
「……君、生まれたんだね」
* * *
翌朝。ベッキーはチャーリの部屋に飛び込むなり、叫んだ。
「チャーリ! 産まれたってホント!?」
「うん……夜に孵ったんだ。ほら、これ」
クゥは洗面器の中で水をちゃぷちゃぷ跳ねさせていた。
ベッキーは思わず息を飲んだ。
「きれい……」
小さな指先が水に触れると、クゥはくるくると泳ぎ、くちばしのような口を鳴らした。
「……クゥ」
「いま、鳴いたよね!? “クゥ”って!」
「うん、昨日もそう鳴いたから……そのまま名前にしようと思ってた」
「決まりだね、クゥ!」
* * *
それからの日々は、まるで宝箱の中に閉じ込められた季節のようだった。
朝はベッキーがうちに寄って、クゥに“おはよう”を言う。
登校前にクゥの水を替えて、餌代わりの魚肉ソーセージを半分こ。
放課後は交代でクゥの世話当番。時にはおばさんにばれそうになって、慌ててベッドの下に隠したこともあった。
「もう……クゥ、洗面器から飛び出すんだけど!」
「それ、喜んでるんだよ!」
「じゃあ、その水、もうお風呂にしたら?」
そう言いながらベッキーは、洗面器を両手で持ち上げて、ちゃぷちゃぷと揺らす。
クゥは波に乗るように嬉しそうに跳ねた。
「……もしかしてさ、クゥって、海の生き物なのかな」
チャーリのそのひと言に、ふたりは顔を見合わせた。
けれど、不安はなかった。ただただ、今の時間が、毎日が、愛おしくてたまらなかった。
* * *
ベッキーはクゥを世話するとき、時々“お母さんごっこ”みたいな口ぶりになる。
「ちゃんとごはん食べたの? だめでしょ~残しちゃ~」
「それ、誰の真似?」
「ママだよ。クゥがうちの弟だったら、こうなるって想像したら、なんか笑えてきた」
ベッキーのそういうところが、チャーリは好きだった。
――でも、ふたりはまだ知らない。
この秘密の宝箱に、ほんの少しずつ“終わりの気配”が忍び寄っていることを。