【第1章 卵を見つけた日】
放課後のチャーリは、いつもと違って足早だった。ベッキーの「また明日ね!」の声も聞こえないふりをして、防波堤の向こうへと駆けていく。
潮の香りが濃くなる。
誰も来ない入り江の奥、小さな洞窟──そこが、チャーリの誰にも教えていない秘密基地だった。
その日は潮が大きく引いていて、いつもより深く洞窟の中へと進むことができた。
ぬれた岩肌を手で探りながら奥へ──
そのとき、仄暗い空間の中に、何かがぼんやり光っていた。
チャーリは息をのんだ。
大人の頭ほどの大きさの、青白く光る卵。
表面はガラスのように滑らかで、雫のような光沢があった。手を当てると、ほんのりと温かい。
「……なんだろ、これ」
不思議と怖くなかった。むしろ、大切なもののような気がして、チャーリはバスタオルでそれを包み、そっと抱えて洞窟を出た。
それが、すべての始まりだった。
* * *
その日から、チャーリは毎日、放課後になると家に直帰した。
もちろん、ベッキーは見逃さない。
「ちょっと、最近のチャーリおかしくない?」
教室の前で腕を組み、じっと睨む。
「え? な、なんでさ」
チャーリは目を逸らしながら鞄を閉じる。
「毎日まっすぐ帰ってるし、なんかコソコソしてるし。おばさん、病気なの?」
「そ、そんなことないよ! 元気だし!」
「じゃあ何?」
「……いや、ホントに何でもないってば!」
ベッキーは一歩詰め寄る。
チャーリは観念した。幼なじみの追及には、かなわない。
「わかった。見せるから、うち来てよ」
* * *
「おばさーん、お邪魔しまーす!」
ベッキーはずかずかと家に上がりこみ、いつものように勝手知ったる様子でチャーリの部屋へ向かう。
「で? 何があるのよ?」
チャーリのベッドに座り、わくわく顔で待ち構える。
「ベッキー、ちょっとどいてよ」
「えー、なんで?」
「……そこ、開けたいんだ」
渋々どいたベッキーをよそに、チャーリはベッドの下から木箱を引き出した。箱の中から、そっとタオルをめくる。
「なにこれ……卵?」
「……拾ったんだ。海の洞窟で」
「ひとりで行ったの? 危ないじゃん!」
「大丈夫だったよ。でも、これ──なんだろうなって思って……」
ベッキーは、信じられないというような顔で卵を覗き込む。
青白く光るその殻は、まるで生きているかのように微かに脈打っていた。
「触っていい?」
「うん……温かいよ」
ベッキーはそっと手のひらを添える。
「……ほんとだ。これ、生きてるんだね」
その瞬間、ふたりの間に、言葉にならない“秘密の感情”が芽生えた。
「これ、どうするの?」
「育てる。僕たちで」
ベッキーは少し目を見開いたあと、にっこり笑ってうなずいた。
「じゃあ、私も手伝う!」
その日から、チャーリとベッキーの部屋には、新しい命の気配が宿ることになる。