【15話 見えない境界】
1000PVありがとうございます!
ゆっくりやる時はやりますよ〜
◇
翌朝。
鳥の鳴き声も、虫の音もない。
まるで森全体がこちらを見ているような、異様な静けさが辺りを覆っていた。
蒼輝の羅針は、変わらず東を指している。
だが針は小刻みに震え、まるで何かを嫌がるように揺れていた。
「やっぱりこっちを指してるよなぁ…」
朝から羅針が指す方向に進み続けているがーー
何故か一向に進んでいる気配がしなかった。
マップ上では“森の中にある都市”と表示されている。
そこそこ大きい都市のはずなのに、建物も、人の気配も、煙すら見えない。
「……おかしいな」
思わずつぶやきながら、俺は《Noa -ノア-》を発動させた。
イメージするのは――
昨日仕留めたスカイウルフの漆黒の翼。
光の粒子が背中に集まり、ぞくりと肌を走る感覚…
次の瞬間、ドンッと背筋から力強いものが広がった。
「うおっ!?!?!マジで生えたっ!」
羽ばたいた瞬間、身体がふわりと浮き上がる。
枝葉を突き破り、森の頭上へと舞い上がった。
(やっべぇ……これ、完全に“飛行アビリティ”じゃん!)
視界が一気に開け、眼下には緑の大海原が広がる。
どこまでも、どこまでも、森、森、森。
ただの木々が、はるか地平線まで大河のように連なっている。
「うおおおおおおおお!!!
先の先まで見えるぞ!すげえええ!!!
…ってそんなことしてる場合じゃない」
すぐに冷静さを取り戻し、周囲を観察した。
……だが、いくら目を凝らしても建物の影はどこにもない。
「……嘘だろ」
マップには確かに“都市”と記されている。
だが空から見ても煙ひとつ上がらず、緑がただ無限に続くだけだった。
羽ばたくたびに体は軽く、まるで空を泳ぐような感覚。
ゲームなら“飛行ゲージ”とか出てる場面だが、《Noa -ノア-》にそんな制限表示はない。
……それでも直感的に、長時間はもたないことが分かった。
俺は地上に戻り、背中から消えていく翼を見送りながら額に手を当てた。
「これ……本当に合ってんのか?」
羅針は変わらず東を指す。
マップ把握能力はゲームで培っていた経験値から自信がある。だからこそなんとなく同じ道を通っている気がするが、確証はなかった。
このまま進んでも、森は終わりが見えない。
「進む方向に目印をつけていくしかないな…」
《Noa -ノア-》で目印となる旗を創り出すことにした。
赤い布を裂き、簡単な旗を作る。
一本目を地面に突き立て、森の奥へと進む。
二本目、三本目……進むたびに旗を立て、通った道を記録していく。
「これで迷うことはねぇな」
そう思った矢先、羅針がまた小さく震えた。
前へ進めと急かすように、針は揺れている。
(まさか……)
胸騒ぎを覚えながら進むと、やがて視界に――見覚えのある旗が立っていた。
赤い布が風に揺れ、地面には自分の足跡も残っている。
「…やっぱりな」
近づいて確認すると、間違いなく――最初に立てた旗だ。
俺のなんとなくの感覚が確信に変わる。
最初に立てた旗、俺自身の足跡。
どう足掻いてもここに戻ってきてしまう。
「本当にループしてんのかよ」
乾いた笑いが漏れる。
冷静に考えろ。
この現象の可能性は二つ。
・進んだ道にループへ繋がる“仕掛け”があり、気づかずに踏んでいる
・森そのものが巨大なループ構造になっている
「進んだ道がループするギミックだったのか、この森全体がループするギミックなのか…後者ならなかなかキツイぞ…」
俺は再び羅針が示す方向へ進み、
今度は旗を建てた方向とは別の方へ進んだ。
一本目、二本目、三本目と同じように旗を立て、通った道を記録していく。
そして再び進み続けていくとーー
見覚えのある旗が立っているのが見えた。
「なるほどな…」
またもや最初の旗の前に立っていた。
地面には見覚えのある自分の足跡。
「この森全体がループのギミックってわけか」
苦笑しつつ呟く。
森は、まるで俺を試すように行く手を無限にねじ曲げていた。
羅針は東を指し続けるが、どんなふうに進んだところで羅針が指す方向を進めば、必ず最初の旗に戻ってしまう。
――森が意図的に俺を迷わせている
そうしか思えなかった。
俺は頭を抱え、森を見上げる。
これはいよいよまずい…
残りの飯はごく僅か、もって2日間だ。
俺は旗を見つめ、深く息を吐いた。
「……このままなら森から抜けられずに力尽きるだけだ。
何か解決策を考えないといけない」
俺は羅針の方向へ進みながらそれらしいギミックがあるのかを調べていった。
◇
その夜。
辺りはすっかり暗くなり、森の深い緑は夜の闇に沈み込んでいた。
羅針の蒼い光だけが、かすかに俺の足元を照らす。
「……うーん、やっぱりもう何も見えねぇな。今日はここまでか。」
俺は観念してその場で野営の準備をする。
森は昼とは違い、さらに静かで、風もほとんどない。
木々の影は長く伸び、足音がやけに響く。
まるで森自体が呼吸をしているような気すらする。
俺は魔族から貰った肉とパンを齧りながら、ループについて考えた。
羅針が指す方向が間違っているとは考えにくい…
普通に考えれば、こんな迷宮みたいな森は存在しないし、俺の経験上、地形に自然にこんなループが発生することはありえない。
となると、これは――誰かの意図的な仕掛けだ。
誰か――は、普通考えればリミュエールの森の人が自然だろう。
だが何故そんな仕掛けをしてるのかが問題だ。
(……まさか、入れる人を制限してるとか?)
頭を巡らせる。
もしこの森が、誰でも入れない仕組みだったら。
誰でも入れるわけじゃないから、都市リミュエールの存在が外からは見えない――そんな可能性もある。
「……隠されてるのかもな」
俺はふと昔やったゲームの内容を思い出した。
あのゲームではなかなか新エリアが見つからず、苦労したが、各エリアの結界を解くことで見えていない新しいエリアが開放された記憶がある。
リミュエールの森も森全体が結界のようなもので覆われ、無理やり入ろうとする者を迷わせる――
そんな構造だと考えれば、納得がいく。
羅針は正しい方向を示しているが、森そのものが“試す”から簡単にはたどり着けない。
「結界か…」
森の夜は寒く、影が長く伸びる。
風がほとんどないせいで、木々のざわめきもない。静寂だけが俺を包み込む。
「……今日はここで寝るしかねぇな」
焚き火の代わりに、《Noa -ノア-》で小さな光の球を創り出し、周囲をほんのり照らす。
森の深い闇の中で、赤い旗が目印となって俺を安心させる。
瞼が重くなり、思考は次第に途切れ途切れになる。
「明日は結界探しだな…」
俺はそう呟やいて、森の無限ループの中で眠りについた。
◇
翌朝。
俺は昨日よりも早く目を覚ました。
森は相変わらず静かで、鳥の声ひとつ聞こえない。
冷たい霧が漂い、まるで結界そのものが俺を包み込んでいるかのようだった。
「さて……やるか」
軽く伸びをして、昨夜の結論を思い出す。
リミュエールの森は、ただの広大な森じゃない。
無限に繰り返す景色と、決して前に進めない奇妙さ。
俺の結論は一つ――森全体が結界に覆われている。
「なら、どっかに“ほころび”があるはずだよな」
俺は旗を手にとり歩き出す。
昨日のように立てながら進むが、今日は細かい観察を重視した。
「音……が不自然だな」
森の中にいるはずなのに、風や葉の揺れる音、小鳥のさえずりが急に途切れる地点がある。
その境目をメモに記す。
さらに、蒼輝の羅針の反応も同時に観察した。
針が東の方向を指して揺れているが、特定の場所に近づくと“ビリッ”と小刻みに揺れる場所があった。
歩を進めながら、俺は仮説を組み立てる。
「つまり――これは迷いの結界だ」
今見えている無限の森は幻影…
外部からの侵入者を惑わせるために投影された景色。
本当のリミュエールは、この奥に隠されている。
「突破の仕方は単純だな。破壊じゃなく、見抜くこと」
結界を無理やり壊すのは現実的じゃない…
それより幻影を暴き、境界を見つけて踏み込むのが正解だ。
そうと決まれば俺は手のひらを開き、《Noa -ノア-》を発動させる。
「幻影を見破る……そうだな、必要なのは“真実を映すレンズ”か」
頭に浮かんだのは、透明なクリスタルの片眼鏡。
光を屈折させ、幻影を見通すイメージを叩き込む。
空中に淡い光の粒が舞い、次の瞬間、冷たい質感を持った片眼鏡が生まれた。
「よし……」
かけてみると、景色は変わらない…
だが視界の端に、微かに揺らめく膜のような“歪み”が映った。
「……やっぱりな、あそこが結界の境界線か」
森は“延々と続いている”のではなく、“同じ映像をループ再生していた”のだ。
片眼鏡を外し、俺はニヤリと笑う。
本当のリミュエールの森はもう目の前。
俺は再びレンズをかけ、境界へと歩みを進める。
「今、その結界を壊してやる」
感謝