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【12話 エルシオン王国】

ゆっくりやりますからねー


翌日、俺はエルダ書房に向かった


相変わらずルミナスの眩しさに目がやられそうになる。

白銀の石畳は太陽を反射してきらきら光り、露店からはパンの香ばしい匂いと果実酒の甘い香り…思わず足が止まりそうになる。


(…だめだだめだ…エルダとの約束がある)


露天商人たちの声かけを軽く流し、人混みを抜けて通りを進んだ。


エルダ書房に着き、扉を押すとチリンと鈴の音。

ちょうどその時、エルダが出迎えた。


「やっぱり、あなたね。この子が教えてくれたわ」


俺の横を蝶が通り抜け、エルダの手に乗ると、ふわっと消えた。


何が何だかわからない俺に、エルダは微笑み、奥へ案内する。


奥の机の上には、黒い布に包まれた小さな箱が置かれていた。

エルダはゆっくりと布をめくり、中から《穢れ石》を取り出す。


「預かっていた石、調べさせてもらいました」


淡い光の魔法陣が浮かび、石は微かにうねるように脈動している。

俺は思わず息をのんだ。


「結論から言うと――やはり他にも魔法が封じ込められてました。」


エルダの声は低く、真剣そのものだった。


「“呪い”よ」


「呪い…?」


「ええ。魔法使いが魔法使いを殺すための呪い。昨日話した通り、魔族の中には魔族至上主義に反する者もいるの」


「あぁ…エルダを含めて、ここにいる魔族はそうだって言ってたな」


「純血の魔法使いは血が濃いのよ」


そう言ってエルダは自分の指を針で刺し、血を一滴落とす。

赤い滴が机に落ちると、魔法陣がざわめき、穢れ石がビクリと震えた。


「……ほら。魔族の血に強く反応する」


石のひび割れから、黒い靄がじわりと漏れ出す。

まるで生き物が喉を鳴らすような、不気味な音まで聞こえた。


俺は反射的に後ずさる。


「これは……」


エルダは自分の血を拭いながら、かすかに笑みを作った。

けれど、その手はわずかに震えていた。


「この呪いは純血の魔法使いにこそ効くよう作られています。魔族至上主義者が、自分たちと同じ“魔”の血を持つ者すら殺すために」


エルダの声は冷え切っていた。


「……魔法使いが魔法使いを殺す…?」



「ええ。エルシオン王国は多種族共存を理想とする国家。エルシオン王国が統治する、王都ルミナス、フィリア、セレナにいる魔族は魔族至上主義に反する魔族であることを彼らも知っている…そして…彼らにとってそこにいる魔族は裏切りもの。」


「……魔獣を歪めるだけじゃなく、人を殺すための武器を、魔族も同じように作ってるってことか」


自分でも驚くほど、声が低く響いていた。

胸の奥がざらりとする。  


エルダは静かに頷いた。


「ええ。純血であるほど狙われる。

彼らにとって魔法は優れたものですが…同時に魔法は自分たちを苦しめるものでもあるということ――自分たちと意見の合わない魔法使いは脅威でしかないですから。

“優れた力”を持つがゆえに、同族から命を奪われるのよ。……皮肉な話でしょう?」


小さく胸に手を当て、エルダは続ける。


「私は……あの世界で、仲間も家族も失いました。

だから、こうして知識と魔法の力だけを頼りに生きている。

誰も信じられないわけじゃない……でも、傷は消えない」


俺は無意識に拳を握りしめていた。怒りというより――やるせなさだ。


「それにイリスの力も…」


「イリスの力?」


エルダは俺に温かな飲み物の入ったカップを渡した。


(すごい緑色だ…これぞまさに魔女の飲み物ってやつだが……毒とかじゃないよな)


俺が怪しむと、エルダは心を見透かすように微笑む。


「ふふ…毒ではありません。ただのハーブティーです」


ギクッ

(顔に出てたか…)


俺はあわてて誤魔化す


「いや…そんなこと…ありがとう」


椅子に腰を下ろす俺を見て、エルダは笑った。


「エルシオン王国は魔法使いにとって厄介な国なんです。だからこそ、私はここへ逃げてきた」


「厄介な国?」


「ええ。イリスの力は魔法使いにとっては手が出せない力なのです」


「……それは知らなかったな。俺はこの世界のことに疎い。エルシオン王国の歴史も、他種族共存を理想とする理由も」


「そうですか……。イリスは"奇跡の子"なんですよ」


「奇跡の子?」


エルダはゆっくりと語り出した。


「イリスが女王になる前、前国王、エルダ国王とイリア女王は他種族共存の世界にするべく世界各地の交易を行っていました。今でこそこの世界で獣人は普通に生活していますが、ひと昔はノークと呼ばれた奴隷だったのです。エルシオン王国はその奴隷だった獣人が創り上げてきた歴史がある国です。エルダ前国王とイリア前女王も、その歴史ゆえに他種族共存を理想としてきたのでしょう。2人とも素晴らしいお人柄でした。イリスが12歳を迎えたその年に、エルダ国王とイリア女王はとある交易へ向かう途中で魔族に襲われたのです。」


エルダの手は怒りなのかコップを持つ手が震えていた。


「魔族に襲われた時、その場にイリスもいました。イリア女王とエルダ国王はイリスを守るために身を捨て守ったと聞いてます。魔族によってイリスも手がかけられる瞬間、イリスに秘めていた能力が開花されたそうです。

それがーー光の奇跡と言われている"ルミナージュ"」


「イリスに秘められた能力が…」


「エルシオン王国には代々王家に宿ると言われてきた光の能力があります。そしてエルシオン王国を創り上げるきっかけとなったのは光の能力で出来た光の結界があったからです。光の結界は魔族が使う魔法さえも跳ね飛ばす力がある…魔族にとっては手が出せない厄介な能力なんです。そしてその光の能力の中でもごく稀にその中でも奇跡の能力、浄化を発現するものがいます…それが、イリスです」


「……浄化、か」


俺はその言葉を繰り返した。


エルダは頷き、視線を落とす。


「ええ。イリスの“ルミナージュ”は、ただ光を放つだけではありません。呪いも、瘴気も、魔族が生み出す闇の魔法すらも浄化してしまう。

だからこそ――魔族至上主義者にとって、彼女は脅威なのです。」


エルダは窓の外から見える城を見ながらつぶやいた


「エルシオン王国は、彼女がいるからこそ守られている。

でも同時に、イリスは“国そのもの”として見られて今も命を狙われているんです」


言葉の端々に、長く抱えてきた孤独と恐怖が滲む。

俺はただ黙って頷き、言葉を選ぶ。


「……力があるってだけで、狙われる世界がリアルにあるんだな」


その言葉に、エルダは少しだけ肩の力を抜き、微笑んだ。


俺はただ、カップのハーブティーをそっと持ち上げ、

その静かな瞬間を胸に刻んだ。



その日の夕暮れ、城へ戻った俺は夕食を終えると、侍女に呼ばれた。


「ソロ様、女王陛下がお待ちです。“光の間”へどうぞ」


“光の間”

――城の奥にある、女王イリスがくつろぎの時を過ごす居間。

そこへ案内されるのは、これが初めてだった。

温かな灯りに包まれた部屋の中央で、イリスは既に待っていた。


「ソロさん、おかえりなさい」


「あぁ、ただいま。エルダから穢れ石を返してもらったが、この石には魔法使いを殺すための呪いも込まれているらしい」


「……穢れ石を貸していただけますか?」


イリスの声音は静かだったが、その奥に強い決意が宿っていた。

俺は一瞬ためらったが、すぐに懐から黒布に包んだ石を取り出し、彼女へ差し出した。


「……気をつけろよ」


「はい」


イリスは両手で穢れ石を受け取ると、胸の前で目を閉じた。

次の瞬間――彼女の全身から光が溢れ出す。


それは眩しさではなく、温もり。

見ているだけで心が解けていくような、春の陽だまりの光だった。


「――《ルミナージュ》」


穢れ石がきしむ音を立て、黒い靄を吐き出した。

しかし光が触れるたびに、靄は霧のように消えていく。

やがて石は透き通った蒼へと変わり、イリスの掌には《魔獣結晶》だけが残された。


「……やった」


彼女は安堵の笑みを浮かべた。

俺は息をのんだまま、ただ見つめるしかなかった。


「……すげぇ」


口をついて出た言葉は、それだけだった。

だが胸の奥で確かに感じていた――この力は、ただの魔法じゃない。

周りを幸せにする、優しいチカラ。



イリスは結晶を机に置き、ふっと視線を落とした。


「ソロ様……この力を得たのは、皮肉なことなんです」


その声は、どこか震えていた。


「父と母が魔族に襲われたあの日。

わたしはただ守られることしかできなくて……でも、その瞬間にルミナージュが開花しました。

二人を失った、その時に」


淡々と語るその表情に、痛みが隠しきれず滲んでいる。


(…エルダが言っていた通り、イリスは目の前で両親を殺されたんだ。)


「だからこそ、父と母の意思を継ぎたい。

この国を、そして世界を――多種族が共に生きられる世界にするために。

それがわたしに残された使命なんです」


彼女の言葉は真っ直ぐで、強くて、けれど脆さも抱えていた。

俺は何も言えず、ただ頷く。


イリスは少し微笑み、話題を切り替えるように立ち上がった。


「ソロ様。……明日の朝、玉座の間に来てください。

あなたへのお礼の準備が整いました」



その夜。

俺はベッドに横たわり、目を閉じたまま考えていた。


魔法使い――

俺の知るゲームの世界では、いつも憧れの存在だった。

仲間を守る支援魔法、敵を一掃する大魔法。

頼りになって、カッコよくて……だからこそ、多くのプレイヤーが目指す職業だった。


でも、この世界は違う。

魔法を、同族を殺すために使う奴らがいる。

俺の思い描いてきた「魔法使い」の姿と、あまりにもかけ離れてる。


勝手な俺の理想だが、その理想を一部の魔族が真っ向から裏切っているんだ。


……胸の奥がざらつく。嫌悪感だ。


だけど同時に、エルダを見て思う。

“魔族=悪”なんて短絡的な話じゃない。


頭を掻きながら、天井を見上げる。


「はぁ…やっぱり、この目で確かめないとダメだな」


本来なら英雄扱いされているエルシオン王国で、イリスの護衛として志願すれば交易についていくこともできるだろう。

でも――群れるのはどうにも苦手だし、誰かの後ろについて回るのも性に合わない。


(だったら、自分の足で見に行けばいい)


この世界をもっと知るには、結局ひとりで動くのが一番だ。

静かな部屋で、俺は心に決めた。


――次の王国へ行こう。

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イリス女王の力 《ルミナージュ》のメモ

•由来:エルシオン王家に「光の奇跡」として伝わる力。

•伝承:「代々の王家に宿る」と言われてきたが、実際に発現した者はごく稀。

•イリスの特別性:現代において唯一、明確に《浄化の力》として発現しているのがイリス女王。

•効果:

•穢れや呪い、魔族の魔力を祓う

•魔獣結晶の“歪み”を正すことができる(ただし強力なものは命を削るリスクあり)

•光の結界を展開し、王国全土を守護する力の源となる

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