糸と貴族。
絵も小説も嗜むが、刺繍も好きである。
何かにハマるととことんやってみたくなるのだ。
そもそも父が「極めるなら人より少し上手くなれ」というスタンスで極めていたのを間近で見ていたのも大きい。ちなみに父も前世は止まったら死ぬマグロだ。
かくいう私はきっと前世はマンボウだったと思う。
繊細な性格なのに面白い姿をしているのも好感がもてる。可愛くないですか?あのフォルム。のんびりと弱肉強食の海でたゆたうマインドも好きだ。
そんな風にのんびり生きる私を親からすると、
「何故この生き物は競争社会だというのに勉強もせず、絵を描き、ぼーっと空を見て、試験やテストになんの関心も示さないのだ。そうして毎回一夜漬けで試験勉強をしているのだろう‥」
と、未知の生物を見るような感覚だったかもしれない。
純粋に私はテストが自分の今後の人生に影響があるなんて知らなかったのだ。ただ教えられても「へ〜、そうなんだ〜」で終わっていた可能性は高い。いや、十中八九そうなってた。親世代は成績や学歴社会で揉まれたからさぞかし気を揉んだのだろう。下の妹や弟がそれらの役割を全部担ってくれたので、私はそのうち全て諦められた。私の諦めの早さは親譲りなのであろう(多分違う)
そんなある意味天上天下唯我独尊の私に、ある年、家庭科で夏休みの課題が出た。
『何か一つ服や小物を作ってくること』
「服か、小物‥‥」
今は懐かしい足踏み式ミシンがまだあった家庭科室。
そこで夏休み前に好きな物をあらかじめ作って提出してもいいよ〜と、先生が言ってくれたけど、先生‥、うちはバスは一時間に一本しかないんです。六時できっかり最終便のバスに、超絶不器用な私がそれまでに作品を作って帰れるとは思えない。
服なんて無理だ。
課題の幼児のパジャマを作って一度洗ったら全てのパーツが別れ、またもう一度泣きながら縫い直したんだぞ?そう考えたら、クッションカバー一択かな!と、思ったけれどそんな小洒落たクッションなどある我が家ではなかった。
「じゃあ、刺繍にしたら?」
と、母が刺繍糸と木の輪っかを取り出してくれて、それにすることにした。
針と糸だけで作品作れるし、いっか!と、いう安直な考えだったが、せっかくだし「ピーターラビット」の絵を模写して縫ってみるか〜。と、前世はマンボウのくせに私はちまちまと針と糸で毛の流れを意識し、それは丁寧に縫った。
小さい頃に刺繍をしていたけれど、改めてやってみると自分のペースで縫っていく作業は楽しくて‥、ほどなくして一匹だけ作ればいいのに、すぐにハマる私は何匹も刺繍をした。
「どうやって飾ろう」
縫ってから呆然とした。
作ってからどうするかを考える‥、あるあるですね。
呆れた母がタペストリーのようにしてくれて、私はさも手伝ってもらってませんが?みたいな顔をして提出したところ、
「あの不器用で、服の生地を間違えて裁断して大目玉を食らうあの子が、こんな立派な刺繍を?!」
などと褒められているんだか、貶されているんだか‥の微妙なお言葉を頂き、高校の説明会で使いたい!というのですぐに頷いた。やっぱり嬉しいしね。
そうして当日私の刺繍を後輩達に見せながら、
「皆さんも知っているであろう、先輩ののんさんが作った作品です。あんなに不器用だったのに、高校へ来てこれだけ素敵な作品を作ることが出来るまでに成長したんです」
‥先生、そこは素直に褒めて。
チベットスナギツネのような顔で、説明会に使われた私の作品を紹介する先生を見つめたよ‥。説明会にいらしていた中学校の時の先生は大変喜び、「あんなに不器用だったのにすごいな!」と、褒めて‥、いや?!あれ絶対褒めてないだろ!少しは素直に褒めてくれ!!
大変複雑な気持ちになったものの、刺繍ならイケる。
そう確信した私は、それ以来何かモヤモヤする事があれば刺繍することを楽しんだ。
‥待てよ、そう考えたら私は前世はマンボウでなく、貴族令嬢なのでは?今更ながらに気付いたぞ。今後は前世は貴族令嬢だと思うことにしよう。それなら常に動く父と母に追いつけないのも納得だ。私は貴族だからね(貴族なら頭が良いのでは?と、いう意見は受け付けません)
綺麗な色の刺繍を楽しんでいたけれど、最近は目のかすみ、疲れ、そして迫り来る老眼に段々と集中が続かなくなっている。裸眼がずっと二だった私には驚異の世界‥。こうして年と共に何もできなくなっていくのであろうか‥と、思ったが、最終的にはモネの絵みたいにザクザクの刺繍もいいかもしれない。
そんな訳で刺繍針に細心の注意を払って糸を通しながら、いずれくる老いも楽しんでやろうと、今日ものんびり貴族気分を味わいながら白い布に針を刺していくのであった。
裸眼が2!遠くのものも近くのものもよく見えるだけに、最近加速度的に
視力が落ちていく‥。こ、怖いっ。