午年ですね!
めっちゃひっさしぶりの投稿です。
午年ですね!
勢いのある午年を迎えた直後、去年から助走気味だった引っ越しの話が一気に加速し、三が日を終えたらあっという間に引っ越しの準備!
馬のように駆け抜け、馬のように重い荷物を運び、ようやくひと段落ついた頃には一月が終わりを告げました。早い!!なんだって一月はこんなに早いのよ!もっと長くたっていいのよ!?と、思うけれど、二月は逃げ、三月は去る。昔の人はよう言ったもんですわ。
二月も初旬が駆け抜け、また「あれ?二月はどこへ?」になるのであろう‥。
さてさて、そんな午年の始まりを迎えた私。
実は馬に結構縁がありまして、アメリカのキャンプ場に一時住んでいた時期がありました。で、キャンプ場にポニーがいたんです。キャンプ場に?って思うでしょう。いるんですよ、アメリカだから(多分)
ともかく車社会だけど、あのだだっ広い大地。
馬くらいキャンプ場にいてもおかしくない。ついでに豚もいて、そいつは秋になったら丸焼きにされててびっくりした。(まさか串刺しにされて、直火で炙られたのを食べたら美味しいなんてねぇ‥)
幼き頃の私はキャンプ場の牧場ゾーンに父と母に連れていってもらうと、スタッフの人に突然、
「のん、馬に乗る?」
「え‥?」
と、少し戸惑いながら返事をした覚えがある。
なにせ私はキャンディ・キャンディという母が昔読んでいた漫画に出てくるアンソニーガチ推しだったのだ。そのガチ推しのアンソニーの死因がなんと落馬である。
漫画で落馬して儚くなったその時、泣きに泣いた。
私の推しが!爽やかな風と一緒に私の心を奪っていったあの素敵な彼が落馬で!!!
‥しかし、父が指差すポニーはそんな悲壮な思い出よりも、牧歌的な背景しか見えない。可愛いお花と一緒に「僕と一緒にお散歩しよ〜」みたいな瞳で見つめてくるポニー‥。アンソニーの死因はサラブレット(多分)この子は大丈夫だろ。そう思ってあっさり乗りましたよ。
いつもと違う目線の高さが子供心に新鮮で、「背が高いとこんな感じで見えるんだ」と、いう発見。そして馬の背中に揺られて歩くのはなかなか楽しい!と、感動した私はすっかりポニー大好きになった。
人参を持って日参し、口元に持っていくとポニーも喜んでムシャムシャ食べてくれて、すんごく楽しかったのだが、いかんせん子供一人で牧場へ行くのはキャンプ場内でもだめだった。だってアメリカだからね。うっかり攫われちゃうなんて普通だったから‥(今考えるとすんごいとこに住んでいたな)
そんな訳でアメリカから日本へ帰国し、しばらく馬とは無縁の生活になったが、またも小さな田舎の村へ移り住むと、そこにもなんと馬が!
なんでも土地だけはあるから‥と、飼っていたおじさんがいたのだ。餌はその辺の草!と、笑っていたが、その馬達をちゃんと訓練し、観光客を乗せて村の周囲を乗せて案内していたので、なかなかの手腕だと思う。時々その馬達を遠くから眺め、餌やりはさせてもらって満足していた。
が、そんなある日。
「馬、飼わない?」
と、突然そのおじさんから連絡が入ったのだ。
なにせうちもそれなりに広いど田舎の土地があった。
馬を一頭くらいなら飼える!兼ねてより飼ってみたいと思っていた私と父はその言葉に手を上げようとしたが、
「誰が馬の世話をするの!!!」
…こういう時、絶対反対するのは母である。
「もちろん僕がお世話するよ。それに餌はそこら中にあるし‥」
「馬の糞は大きいのよ!その世話は?それに馬の家はどうするの!」
「それはすぐ作る!木材はある」
「あと死んだ時どうやって処理するの?大きいと大変だし、第一病気になった時に診てくれるお医者さんがいないんじゃ可哀想でしょう!!!」
超至極真っ当なことを言われて黙る私と父。
何も言い返せない私と父は「はい…」と、頷いてから渋々断りの電話を入れ、二人で「飼いたかったね」と、ベランダで呟いたけれど、あの時の母の判断は正しかったと言わざるを得ない。お馬さんはちゃんと整った環境で育てるべきだ。あと馬に蹴られると本当に死ぬ。可愛いけど。
そんな訳で、その後は馬に餌をあげたり時々乗せてもらうことがあったが、また都会に移り住んだ為に馬に触れ合う機会はとんとなくなってしまった。それでもあの目線が高くなって、ドキドキしながらあちこち歩く感覚が大好きで、懐かしい。昔の人は、馬と一緒に生きて、馬と一緒にあちこち出かけたんだなぁと思うと、悠久の流れの一部になった感覚になる。
ついつい小説で馬のお話が出てくるのは、そんな馬に対する思い入れかもしれない。
今年は午年だけど落馬することなく、できれば穏やかに、時には勢いをつけて駆け抜けられたらいいなと思っております。あと何処かで一度乗馬に行きたいな〜!




