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第6話

 春祭りの翌日、超能力科学院の校内は妙な緊張感に包まれていた。

 昨日の事件の噂が広まり、教室でもそれを話題にする声がいたるところで聞こえてきた。


 俺のほうにも妙な目で見られている気がする。

 昨日の事件で目立ってしまったから仕方ないが……。


 だがそれより気になったのは、リオの姿が見えないことだった。

 彼女の席は空席のままで、授業に現れなかった。


 ◇

 

 昼休み、カフェテリアで一人で食事をしていると、ナギサが急いで近づいてきた。

 彼女の短めの茶色の髪が揺れ、明るい緑色の瞳には心配の色が浮かんでいる。

 いつもの元気さが少し影を潜めているようだ。


「ユウマくん、大変なの!」


 彼女はテーブルに両手をつき、息を切らしながら言った。

 周囲の視線が集まったので、俺は手で制して小声で話すよう促した。


「どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「リオのことだけど、昨日の事件のことで、結構ショックを受けているみたい」


 ナギサは椅子に座り、声を落として話し始めた。


「昨日、祭りから戻った後、リオの部屋に行ってみたんだ。でも彼女、扉を開けてくれなかった。今日も学院に来ていないし……」


 彼女の真剣な表情を見て、俺は食事の手を止めた。

 確かに、昨日の事件でリオの力が暴走したこと、そしてセイラとの出会いが彼女に大きな影響を与えただろうことは想像に難くない。


「それで? 俺に何ができるっていうんだ?」

「お願い、ユウマくん。彼女を助けて」


 ナギサはテーブル越しに俺の手を取った。

 温かい彼女の手から、心からの懇願の気持ちが伝わってくる。


「リオは本当はいい子なの。ただ、感情を表に出すのが苦手なだけ。私にはもう何も言ってくれないけど、ユウマくんなら……」


 彼女の言葉は途切れたが、その意図は明らかだった。

 何故か俺とリオの間には、特別な繋がりがあるという直感を彼女も感じ取っているようだ。


「わかったよ」


 軽いため息とともに椅子から立ち上がる。


「どこにいるか、見当はつく?」


 ナギサの顔が明るくなった。


「たぶんいつも夜に行ってる、西棟の奥の使われなくなった古い実験施設だと思う」

「わかった、行ってみる」


 俺は昨日の春祭りのことを思い出した。

 あの瞬間、リオとセイラの力が共鳴し、そして俺の力がそれを調和させた。

 あれは偶然ではなく、何か大きな意味があるはずだ。


「ありがとう、ユウマくん!」


 ナギサの笑顔を背に、俺は西棟へと向かった。


 ◇


 西棟の奥に進むにつれ、人気はなくなり、廊下に流れる空気も冷たくなっていく。

 最新鋭の装置が揃う東棟とは対照的に、ここは古い実験施設が並び、かつての研究の痕跡が残る場所だった。


 角を曲がったとき、前方に一人の姿を見つけた。

 紺色の長い髪が暗がりの中でさえ鮮やかに浮かび上がる――リオだ。

 

 彼女は神経質な仕草で周囲を確認した後、古い扉の前に立ち、指先を扉のセキュリティパネルにかざした。

 青い光が一瞬漏れ、「ピッ」という音とともに施錠が解除された。


 リオが中に入ったことを確認してから、俺もその後を追った。

 扉は再び閉まりかけていたが、間に合うように滑り込む。


 廊下の先には薄暗い実験室があった。

 かつては最先端だったであろう機械や計測器が並ぶ中、一つだけ光源があった。

 それはリオの手から漏れる青白い光だ。


 彼女は実験台の上に古いノートを広げ、一心不乱に読み込んでいた。

 時折、低い声で何事かを呟き、うなずいたり首を振ったりしている。

 「神崎教授研究記録」と背表紙に書かれたそのノートは、間違いなく彼女の父のものだろう。


「父さん……あの時なぜ……」


 彼女の声が静寂に響く。

 その声には悲しみと苛立ち、そして深い孤独が混ざっていた。


 俺はしばらく見守っていたが、このまま隠れているのは間違っているような気がした。

 意図的に足音を立てることにする。

 床に足を踏み出した途端、金属製の床が「カン」と音を立てた。


 リオは驚いて振り返り、その鋭い水色の瞳に恐怖と怒りの色が浮かんだ。


「なぜついてきたの!」


 震える声で彼女は叫んだ。

 指先からは青い光が漏れ、周囲の器具が揺れ始める。

 しかし、その表情はすぐに崩れ、彼女が必死で涙をこらえようとしている様子がありありと見てとれた。


「俺は……」


 何と言えばいいのか迷ったが、正直に答えることにした。


「ナギサが心配していた。俺も……心配だったから」

「私のことは放っておいて!」


 彼女は声を上げたが、その直後に表情が一瞬弱気になり、それを隠すように手でノートを抱え込んだ。


「誰にも見せるつもりはなかったのに……」


 俺は少しずつ彼女に近づいた。

 威圧感を与えないよう、手のひらを見せながら。


「一人で抱えこむな。俺にできることがあれば……まあ余計なお世話かもしれないけど」


 リオは最初、俺を拒絶するように体を固くした。

 しかし、その目には何かを訴えるような、助けを求めるような色も浮かんでいた。


「何もできないわ。あなたには分からない……私の中で何が起きているか」


 彼女の声は次第に小さくなっていった。


「試してみないとわからないだろ?」


 俺はそう言って、彼女の隣に立った。

 実験台に並べられたノートのページには、「感情波動理論」「量子共鳴と感情の相関性」など、専門的な言葉が並んでいた。


 リオはしばらく俺を観察していたが、やがて小さなため息をついた。


「私の力が暴走するのは……感情を抑えようとするほど、内側からの反発が強くなるからみたい」


 彼女は小さな声で打ち明けた。

 その告白に勇気がいったことは、彼女の震える指先からも伝わってきた。


 俺は思わず彼女の肩に手を置いた。

 彼女は少し体を強張らせたが、拒絶はしなかった。


「もう少し詳しく教えてくれないか?」


 彼女はためらいながらも、ノートを開き始めた。

 その中には複雑な図表や計算式、そして時々「R.H.」というイニシャルへの言及があった。


「R.H.って?」

「霧島レイカ……セイラの母親よ。父と彼女は『共鳴プロジェクト』を共同で研究していた。『星の光』の本来の姿を取り戻すための……」

 

 彼女が説明する中で、超能力と感情の関係、そして「星の光」の本質に関する手がかりがどんどん明らかになっていった。

 霧島レイカと神崎教授は、分裂した「星の光」を再び一つにすることで、アストラディアに真の調和をもたらそうとしていたのだ。

 

「『感情』を排除した超能力も、『理性』を排除した魔法も、本来の形ではない。本当の力は両者が調和した時に初めて現れる...」


 リオが父のノートから読み上げる言葉に、俺は深くうなずいた。そして、ふと気づいたことを口にした。

 

「これが俺たち三人の関係の鍵みたいだな」

「三人って?」


 その質問に、俺は一瞬考えた。

 ここでセイラのことを話すべきか、まだ時期尚早か。

 でも、もう隠す必要はないだろう。


「魔法学園のほうも調べる必要がありそうだ。特に、霧島セイラのことを」

「セイラ……」


 リオはその名前を繰り返した後、複雑な表情を浮かべた。

 昨日の祭りでの出会いが、彼女の中で様々な感情を呼び起こしているようだ。


 彼女は別のページをめくり、そこに書かれた内容に目を走らせた。


「ちょっと待って……これは……」


 彼女の顔色が変わった。


「あなたも『星の光』と何か関係があるの?」

「それが……俺にもよくわからないんだ」


 正直に答えながら、ポケットの石に手を触れる。

 その温かさが妙に心地よい。


「でも、俺たち三人が出会ったのは偶然じゃない。きっと何か大きな意味があるはずだ」


 リオは長い間黙って考えていたが、やがて決意を固めたように顔を上げた。


「もっと調べる必要があるわ。私だけじゃなく……私たちで」


 その言葉に、俺は思わず笑みがこぼれた。


「本当にそう思う?」


 彼女は少し照れたような、でも真剣な表情でうなずいた。

 窓から差し込む西日が彼女の横顔を照らし、いつもより柔らかな輪郭を浮かび上がらせていた。

 彼女が感情を少しずつ取り戻していくのを、そばで見守りたいという気持ちが俺の中で強くなっていた。


「よし、じゃあこれからは一緒に調べよう」


 俺が言うと、リオは少しためらったが、小さくうなずいた。


 二人で実験室を出る時、リオはノートを大事そうに抱えていた。

 その表情は昨日までと違って、少しだけ柔らかくなっていた気がする。

 

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