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第5話

 春の桜が散り、若葉が芽吹く季節になった。

 アストラディアの街は緑に包まれ、空気も少しずつ暖かさを増していく。

 俺は相変わらず二つの学園を行き来する毎日を送っていたが、最近、街全体がなんとなくおかしい。


 超能力科学院の実習室では、量子波動計測器が突如として誤作動を起こし、データがめちゃくちゃになる現象が頻発していた。

 いつもは冷静なハヤカワ学院長も眉をひそめ、「近年にない異常だ」と言っていた。


「橘くん、今日の実習は中止だ。機器の調整が必要なようだ」


 ミズノ教授が不機嫌そうに言った。

 彼の背後では、高感度センサーが突然爆発し、青い煙を上げている。


「これも西区の魔法使いどもの仕業に違いない……」


 彼はそう呟いた。

 確かに最近は機器の故障だけでなく、超能力の使用時にも微妙な変調が見られることがあった。

 リオも、能力の制御に苦労している様子だった。


 一方、魔導芸術学園も状況は似たようなものだった。

 授業中、生徒たちの詠唱が予想外の効果を生み出すトラブルが相次いだ。

 自然霊を呼ぶ魔法が突然雷を呼び、金属変換の魔法が対象物を溶かして床に穴を開けたり。


「最近の魔法の流れが乱れているみたいね」


 エリザベス学長は古い羊皮紙を広げながら言った。


「150年周期の『星の試練』が近づいている証拠かもしれないわ」


 異変は学校だけにとどまらず、街全体にも影響を及ぼし始めていた。

 電車が突然停止したり、街灯が明滅したり、公園の噴水が逆流したり……。


 俺が街を歩いていたときも、突然空中に魚の群れが現れ、みんな呆然と見上げるといった出来事があった。

 魚は10秒ほどで消えたが、人々の間には不安が広がっていた。


 体調を崩す市民も増えていた。

 医師たちは「星の風邪」と呼び始めていたが、症状は発熱や咳といった通常の風邪とは違った。

 患者は「体の中で星が瞬いている」「頭の中で言葉が歌っている」などと、奇妙な訴えをしていた。


 ◇

 

 俺自身の力にも変化が現れ始めていた。

 超能力科学院での実習中、「量子共鳴波」を発動させると、そこに赤い魔法の光が混ざり始め、教官が驚きの表情を見せた。

 逆に魔導芸術学園では、感情結晶化の魔法を使うと、その周りに青白い理論式が浮かび上がった。


 「君の魔法……科学的すぎる」と教官に言われたが、俺にはコントロールできなかった。

 むしろ、二つの力が自然と融合しようとしているような感覚があった。


 ある晩、部屋の窓から見える「星降りの塔」が、いつもより強く輝いているのに気づいた。

 その頂上から、微かな金色の光が漏れ出している。


「あの塔……何か起きてるのか?」


 俺がそう思っていたとき、部屋のドアをノックする音がした。

 開けてみると、そこにはナギサが立っていた。

 彼女はいつもの明るさとは違い、少し緊張した表情をしていた。


「ユウマくん! 明日の春祭り、一緒に行かない? リオも誘ってみるつもりなんだ」


 春祭り? そんな余裕ないと思ったが、リオという言葉に引っかかった。

 彼女のことをもっと知りたいという気持ちもあったし……。


「いいよ、行くよ」


 そう答えると、ナギサの顔が明るくなった。


「やった! 明日、中央公園の入口で正午に会おう!」


 彼女が去った後、窓の外を見ると、星降りの塔の光が強く脈動しているように見えた。

 何かが始まろうとしているのかもしれない。


 ◇

 

 翌日の正午、俺は約束通りアストラディア中央公園に向かった。

 街全体が祭りの雰囲気に包まれ、カラフルな装飾や提灯が並ぶ中、屋台からは美味しそうな匂いが漂ってくる。


「ユウマくーん! こっちこっち!」


 入口でナギサが手を振っていた。

 彼女はいつもの制服ではなく、明るい黄色のワンピースを着ていた。

 

 そして彼女の隣に、少し離れて立っているのはリオだった。

 彼女は薄いブルーのシンプルなワンピースを着ていて、普段より柔らかい印象だった。

 それでも、その姿勢は緊張感があり、周囲と距離を置いている雰囲気は変わらない。


 俺はさりげなく挨拶すると、リオは軽く会釈するだけだった。

 彼女の表情からは、この祭りに来るのを渋ったようだが、ナギサに強引に連れ出されたような感じが伝わってきた。


(渋々参加したのは俺だけじゃないんだな……)


 内心で思いながらも、「行くか」と二人を促した。


 祭りの雰囲気は思った以上に楽しかった。

 屋台には科学院と魔法学園の両方の特色を活かした出し物があり、超能力で制御された回転寿司や、魔法で色が変わるわたあめなど、面白いものばかりだった。


「これうまそうだな」


 俺は目の前に現れた「星の光らめん」という屋台に思わず足を止めた。

 なんでも三色(青・赤・金)のスープが層になって、食べる人の気分によって味が変わるらしい。


「ユウマくん、食いしん坊だったんだね!」


 ナギサがクスクス笑う。

 

 「うるさいな……」と言いつつも、三人分注文した。

 リオは最初は遠慮がちだったが、美味しそうな香りに誘われたのか、意外と素直に受け取った。

 彼女の前に出された麺は青いスープが多めだったけど、ほんの少し赤いスープも混ざっていた。


「美味しい……」


 リオが小さく呟いた瞬間、彼女の表情が一瞬だけ柔らかくなった。

 ナギサが嬉しそうに微笑む。


「リオったら、笑うと本当に可愛いね!」


 その言葉にリオはすぐに表情を引き締め、「余計なお世話よ」と言ったけど、さっきほどの冷たさはなかった。

 

 俺たちが屋台を回っている最中、人混みの向こうから歓声が上がった。

 視線を向けると、人々が道を開け、敬意を表している様子だ。


 そこを歩いてきたのは、セイラだった。

 

 彼女は華やかな赤と金の祭り用の着物姿で、髪には星型の簪が輝いている。

 その美しさに周囲の人々から自然と視線が集まっていた。

 彼女の後ろには常に彼女に寄り添うシュヴァルツの姿があった。

 彼もいつもより格式高い黒い着物を身にまとっていた。


 セイラがこちらに気づき、足を止めた。

 彼女の琥珀色の瞳が、まずは俺に、そしてリオに向けられる。


 俺の隣でリオの体が緊張するのを感じた。

 二人のオーラがぶつかり合うようだった。


「魔導芸術学園の女王ね」


 リオは冷ややかな声で言った。

 その目は警戒心に満ちていた。

 

 しかし、その底に別の感情——好奇心? 懐かしさ?——が垣間見えた気がした。


「超能力科学院の氷姫」


 セイラは優雅に微笑みながら返した。

 彼女も表面上は冷静だったが、リオを見る目には何か特別なものがあった。

 まるで長い間探していた何かを見つけたような……。


「こりゃ修羅場になりそうだな……」


 俺は内心でつぶやいた。

 周囲の人々も、二つの学園のスターが対面する緊張感を感じ取ったのか、静かになっていた。

 

 シュヴァルツが俺を睨みつけている。

 どうやら俺とリオが知り合いだということに、あまり良い顔をしていないようだ。


 そのとき、突然空が暗くなった。人々が不安そうに上を見上げる。


「あれは……?」


 遠くにそびえる「星降りの塔」から、突如として強い光が放たれた。

 青・赤・金の三色の光線が天に向かって伸び、その光がアストラディア全体を包み込んでいく。


 その瞬間、リオの体から青い光が、セイラの体から赤い光が漏れ始めた。

 二人とも驚いた表情を浮かべ、自分の力を抑えようとするが、コントロールを失っているようだった。


「何が……起きているの……」


 リオの周りの空気が歪み、近くの屋台が浮き始める。

 セイラの指先からは赤い火花が飛び散り、祭りの装飾に火が付きそうになる。

 周囲の人たちは混乱し、パニックになり始めていた。


「ったく……面倒なことになったな……」


 俺は咄嗟に両手を広げ、右手でリオの超能力の流れを、左手でセイラの魔法の流れを感じ取る。

 そして、二つの力の間に「調和の力」を流し込んでいく。


 金色の光が俺の体から広がり、周囲に放射状に広がっていく。

 青と赤の暴走した力が、金色の光によって徐々に落ち着いていく。

 浮き上がった物は静かに地面に戻り、飛び散っていた火花も消えていった。


 しばらくして状況が落ち着くと、リオとセイラは呆然と俺を見つめていた。

 その瞳には驚きと、何か別の感情が浮かんでいる。


「「あなたは本当に何者なの?」」


 二人が同時に尋ねた。

 周囲の人々も不思議そうに俺を見ている。


「俺にも完全には分からない。だが、二人と出会って少しずつ見えてきた気がする」


 そう答えると、二人の表情が変わった。

 何かを悟ったような、そして新たな不安を抱いたような複雑な表情だった。


「俺たち三人……何か繋がっているんだと思う」


 その言葉に、リオもセイラも言葉を失った。

 そして奇妙なことに、二人は互いを見つめ、微かに頷き合った。

 まるで心の奥で同じことを感じていたかのように。


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