第1話
鬱陶しい目覚ましの音に、俺は不機嫌そうに手を伸ばした。
ベッドから身を起こし、ぼんやりと部屋の窓から差し込む春の朝日を眺める。
窓を開けると、春霞がかった空気が肌に触れ、どこからか桜の香りが漂ってくる。
部屋の隅に掛けられていた制服——青と銀のカラーリングが特徴的な、どう見ても超能力科学院のユニフォームだ。
「超能力科学院に特別推薦……か」
俺は今日から、養父のはからいで超能力科学院に特待生として転入することになっていた。
重い腰を上げて、制服に袖を通す。
鏡に映った自分は、どこか場違いな感じがした。銀色のラインが入った紺色のブレザー、同じく紺色のズボン、白いシャツに青いネクタイ。スタイリッシュだけど、どこか無機質な印象だ。
ネクタイを緩め、第一ボタンを外す。
少なくとも窮屈な思いはしたくない。
朝食を適当に済ませ、ポケットには例の金色の石を忍ばせた。
なぜか今日はこれを持っていくべきだという感覚があった。
下宿先から学院まではそれほど遠くない。
アストラディアの東地区は朝から活気に満ちていて、通りには青いビジネススーツを着た大人たちが急ぎ足で行き交っている。
校門に到着して、思わず足が止まった。
これが超能力科学院か——鏡面ガラスと銀色の金属で構築された近未来的な建築物が、朝日を反射して眩しいほどに輝いている。
高さ50メートルほどの主塔からは青い光が漏れ、その周囲には幾何学的に配置された複数の建物が広がっていた。
「うわ、派手な学校だな……」
うめきながらも、正直言って少し興味が湧いた。
校門の上には大きく学院のモットーが刻まれている。
『理性は星より明るく、論理は宇宙を超える』
なんとも大袈裟な標語だな、と思いつつ校内に足を踏み入れた。
◇
内部は想像以上に整然としていた。
廊下の床は光沢のある白い大理石で、壁には「精神波動干渉計」や「量子認識拡張器」といった聞いたこともない装置が埋め込まれている。
学生たちは皆、俺と同じ青と銀のユニフォームを着ているが、俺とは違って完璧に着こなしている。
彼らの動きには無駄がなく、まるでプログラムされたかのように規律正しい。
廊下の壁には「魔法は非科学的で非効率」「我々は理性の力で世界を前進させる」といった標語が掲げられていて、なんだか学校というより軍事施設か研究所みたいな雰囲気だ。
「なんか窮屈そうだな……」
俺は試しに、さらに制服のボタンをもう一つ外し、わざとだらしなく着こなしてみた。
すると案の定、通りかかった生徒たちから白い目で見られる。
いや、彼らの瞳は本当に白く光っていた。
超能力を使って俺を分析しているのかもしれない。
受付で手続きを済ませた後、案内役の女子生徒が現れた。
短めの明るい茶色の髪に、活発な印象のショートボブ。
緑色の目が印象的で、制服をアレンジして着こなしている珍しいタイプだ。
「橘ユウマくん? 私、風見ナギサ! 案内役を務めるよ。よろしくね!」
彼女の明るい声が廊下に響き、何人かの生徒が振り返って不思議そうな顔をした。
どうやらこの学校では、そんな風に感情を表に出すことも珍しいらしい。
「あー、よろしく」と適当に返しながら、彼女についていく。
ナギサは学校案内をしながら、途切れることなく喋り続けた。
「ここが量子演算室で、ここが精神調律センターで……あ、そっちはSランク専用エリアだから入れないんだ。ごめんね」
Sランク? 何かのゲームみたいな言い方だな。
「あのさ、Sランクって何?」
素朴な疑問を口にした。
ナギサは驚いたような顔をして立ち止まる。
「知らないの? 超能力者のランク分けだよ。SからEまであって、Sが最高ランクなんだ。私はCランク」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
「でもユウマくんは特別推薦だから、きっとすごい能力者なんでしょ?」
「いや、俺は……」
何と言えばいいのか迷った。俺の能力は「超能力」と「魔法」の両方の性質を持つ特殊なものだと、養父から聞いていた。
でも今はそれを説明する気にもなれない。
「……普通の奴だよ」
◇
全校朝礼の時間になり、俺たちは講堂に向かった。
広大な講堂には、全校生徒が整然と集まっている。
壇上には一人の男性が立っていた。
ハヤカワ学院長だ。
白髪の短髪で、細身ながら背筋が伸びた姿勢が印象的な老人。
完璧な青と銀の正装に身を包み、鋭い眼光で学生たちを見渡している。
その存在感は圧倒的で、講堂全体が緊張感に包まれた。
「諸君、今朝も清々しい理性の光に照らされた一日の始まりだ」
低く響く声だが、不思議と講堂の隅々まで届く。
超能力で音を増幅しているのかもしれない。
「しかし近年、超能力の波形が不安定化している。我々の測定によれば、西側の魔法使いたちの無秩序な力の使用が原因と見られる」
学院長は壇上でホログラムを展開し、複雑なデータと波形のグラフを表示させた。
青い線が安定した状態から次第に乱れていく様子が見える。
「我々は科学的手法と理性的思考によって、この混乱を制御せねばならない。超能力の科学的優位性は明らかだ」
そこで一旦言葉を切り、学院長は少し表情を和らげた。
「ただし、我々の学院内にも課題がある。保守派は伝統的な超能力理論を固守し、革新派は新たな応用を模索している。両者の対立は時に研究の妨げとなることもある。しかし、多様な視点があることこそ、科学の進歩の源泉である」
その言葉には、意外な柔軟性を感じた。
ナギサが小声で「学院長は意外と懐が深いのよ」と教えてくれる。
「面倒くさそうな話だな……」
大きな欠伸をしながら呟いたが、実は俺の耳はしっかりと学院長の話に傾けられていた。
政治的対立があるということは、この学院も一枚岩ではないということだ。
そして「西側」という言葉が気になる。
おそらく魔法使いたちの学校があるのだろう。
朝礼が終わり、教室に向かおうしたとき、ナギサが俺の耳元で囁いた。
「私あなたと同じクラスになの。一緒に頑張ろうね。あ、クラスの中に『氷姫』がいるけど、あまり近づかない方がいいかも」
「氷姫?」
「神崎リオっていうの。彼女は特別なのよ……」
その瞬間、講堂の別の出口から一人の少女が静かに立ち去るのが目に入った。
濃紺の長い髪、鋭い水色の瞳、完璧に着こなされた制服。
周囲の学生たちが無意識に距離を取る姿が印象的だった。