プロローグ
俺の知る限り、古代アストラディアの話なんて歴史の教科書にも載ってない。
でも、今見ている光景は間違いなく実在していた過去だ。
天を埋め尽くす星々が、まるで雨のように降り注いでいる。
空気がキラキラと輝き、息を吸うたびに不思議なエネルギーが体の中を駆け巡る感覚がする。
巨大な大理石の神殿には、「星の民」と呼ばれる人々が集まっていた。
彼らは銀と金の装飾が施された白い衣をまとい、頭上には星座の紋様が描かれた冠をかぶっている。
その表情は厳かで、目には強い決意が宿っていた。
神殿の中央には高さ10メートルはあろうかという巨大な水晶が立っていて、周囲を「星の民」たちが取り囲んでいる。
彼らが一斉に歌い始めると、その声が神殿内に響き渡り、水晶がゆっくりと脈動し始めた。
「星の光よ、我らに降り注げ」
その唱和に応えるように、夜空から一筋の光が神殿を貫き、水晶に直撃する。
眩しすぎて目を細めるしかなかったが、それでも光景を見逃したくなくて、俺は腕で顔を覆いながら必死に見つめた。
水晶が三色の光を放ち始める——青く冴えわたる理性の光、情熱的な赤い感情の光、そして両者を包み込む金色の調和の光。三色の光線が「星の民」たち一人一人に降り注ぎ、彼らの体が一瞬だけ宙に浮かぶ。
次の瞬間、光景が一変した。
時間が150年ほど進んだようだ。
同じ神殿だが、雰囲気が明らかに違う。
かつての調和は消え、神殿は二つの集団に分かれていた。
一方は青い制服に身を包み、冷静な表情で論理的な言葉を交わす集団。
もう一方は赤いローブを着て、感情豊かな仕草で激しく議論している。
中央では銀髪の長老たちが必死に両者を仲裁しようとしていたが、もはや手遅れだった。
両方の集団が互いを非難し、怒号が神殿に響き渡る。
「理性こそが星の光の真髄だ! 感情に流されては、力は制御できない!」
「感情なしに何を理解できるというのだ! 理性だけでは星の光の真の力は引き出せない!」
俺は見ているだけで胸が締め付けられるような気がした。
この争いがどこに向かうのか、なぜか予感できてしまう。
両集団のリーダーが中央の水晶に向かって同時に手を伸ばした瞬間、耐え難いほどの轟音と光が神殿を満たした。
水晶が真っ二つに割れ、青い光は東の空へ、赤い光は西の空へと飛び散る。
金色の光だけは不思議と崩れかけた神殿の上に残り、やがて一本の塔の中に吸い込まれていった。
「星降りの塔……」
俺の口から自然とその言葉が漏れる。
その塔を最後に見た「星の民」たちの表情は、深い悲しみに満ちていた。
そして時間が進むにつれ、彼らの目から金色の光の記憶が薄れていくのが分かった。
【橘ユウマ】
目が覚めると、俺は見知らぬ部屋に寝転がっていた。
外では満天の星空が春の訪れを告げている。
「なんだ今のの夢は……」
額の汗を拭いながら、自分の状況を思い出す。
俺は橘ユウマ。
いろんなな学校を転々としてきた転校のプロだ。
現状、どこの学校に行っても長くは続かない。
俺の持っている「能力」が関係しているんだろうけど、それについて深く考えたくはない。
今回は養父の薦めでアストラディアという特別自治都市に来た。
ここなら「お前の力の真の使い道が見つかるかもしれない」とか何とか言ってたけど、正直なところ半信半疑だ。
「はぁ……なんで俺がこんな遠くまで来なきゃならないんだよ」
ため息をつきながら、窓の外を眺める。
この街は不思議と懐かしい感じがするけど、初めて来たはずだ。
「力の真の使い道」だとか「生まれた場所」だとか、養父の言葉が頭をよぎる。
◇
部屋から出て、公園の近くを歩いていると、隅で泣いている小さな女の子を見つけた。
周りに大人はいない。
一瞬「誰か他の人が助けるだろ」と思ったけど、すれ違いざまに女の子の泣き声が大きくなった。
「……」
5秒ほど葛藤した後、結局立ち止まった。
「どうした?」
できるだけ素っ気なく尋ねる。
女の子は涙で真っ赤になった顔を上げ、「お母さんとはぐれちゃった」と震える声で答えた。
「やれやれ……」
俺は小さくため息をつき、腰をかがめて言った。
「乗れよ」
女の子は最初驚いた顔をしたが、すぐに頷いて俺の背中に乗ってきた。
片手で重い荷物を持ち、もう片方の手で女の子の足を支える。
肩の上に小さな手が乗る感触があった。
「場所だけ教えてくれ。あんまり遠いと俺、降ろすぞ」
強がって言ったけど、結局お母さんが見つかるまでずっと肩車していた。
20分ほど歩き回って、ようやく娘を探し回っていた母親と出会えた。
「ありがとうございます! ほんとうにありがとうございます!」
母親は何度も頭を下げながら娘を抱きしめる。
女の子も嬉しそうな顔で俺を見上げていた。
「別に……俺はたまたま通りかかっただけですよ」
そう言って早々に立ち去ろうとした時、女の子が駆け寄ってきて、小さな花を差し出した。
「おにいちゃん、ありがとう」
その無邪気な笑顔に何も言い返せず、俺は花を受け取って、ポケットに大事にしまった。
背を向けて歩き出しながら、顔が少し熱くなるのを感じた。
◇
数時間後、ようやく下宿先に到着。
荷物を解いて、窓を開け、「これでやっと休める」と思った瞬間、何かに引き寄せられるように外を見た。
街の中心近くに、不思議な形の塔が立っている。
「星降りの塔」——その名前が、どこからともなく頭に浮かんだ。
夢の中で見た塔と同じだ。
俺は何かに導かれるように夜道を塔に向かって歩き出した。
星空の下、街灯に照らされた石畳の道は、不思議と心地良い。
風が頬を撫で、どこかから花の香りが漂ってくる。
塔に近づくと、突如として青・赤・金の三色の光柱が天に向かって伸びる。
思わず目を見開く。
その光景はあまりにも美しく神秘的で、息を呑んだ。
光が消えた後、俺は塔の下に駆け寄った。
そこには金色に輝く小さな石が落ちていた。
「なんだこれ……」
手に取った瞬間、頭の中に映像が流れ込んでくる。
さっきの夢の続きのように、古代アストラディア、「星の光」が三つに分かれる瞬間、そして力が封印される「星降りの塔」の姿が鮮明に浮かび上がる。
俺は、石をポケットに入れた。
この石には大切なものという感覚があったからだ。
【神崎リオ】
超能力科学院の宿舎――。
そこでは一人の少女が悪夢にうなされていた。
「神崎リオ」——長さが肩まで届く真っ直ぐな濃紺の髪、鋭い水色の瞳を持つ彼女は「氷姫」という異名で呼ばれている。
リオは10年前の父の事故の悪夢を見ていたようで、突然体を震わせて目を覚ました。
彼女は、首にかけた「星の結晶」のペンダントが明滅するのを見つめている。
その瞬間、彼女の指先から青い光が漏れ、超能力が一瞬暴走する。
部屋の窓ガラスに細かいヒビが入った。
彼女は感情を抑え込むように深呼吸し、再び冷静な表情に戻った。
【霧島セイラ】
魔導芸術学園の塔の一室――。
そこでは少女が妹の眠る「癒しの泉」と呼ばれる特殊な場所で、夜通し見守っていた。
「霧島セイラ」——長い紫紅色の髪、煌めく琥珀色の瞳を持つ彼女は、赤と金の刺繍が施された上品なローブを着ていた。
優雅さと気品に満ちた彼女は「魔法女王」と呼ばれている。
彼女の腕には星型の痣が浮かび、魔法を使うたびに命を削られる「魔力灼熱」という呪いを抱えている。
彼女が手にした「星の杖」が光に呼応し、枯渇していた魔力が一瞬蘇る。
「残された時間で、必ず妹を……」
セイラは決意を新たにし、眠る妹の額に優しくキスをした。
【橘ユウマ】
「お前はどこにも属さないからこそ、どこにでも属せる。それが、お前の力の意味だ」
数日前、出発の朝に養父・橘カズマが言った言葉を思い出す。
背が高く、肩にかかる長さの黒髪に少し白髪が交じった彼は、穏やかな表情だったけど、目には鋭さがあった。
「……そんなのよくわかんないよ」
そう言い返した俺に、養父は微笑みながらアストラディアのパンフレットを手渡した。
「あの街は、かつて星の光が直接降り注いだ場所。そして、お前が生まれた場所でもある」
その言葉に、なぜか胸が熱くなった。
生まれてこの方、自分の出生について深く考えたことはなかった。
養父母が拾ってくれたことだけは知っていたけど、それ以上は聞かなかった。
でも今、「生まれた場所」という言葉に激しく心が揺さぶられる。
頬を伝う一筋の涙に、養父が優しく微笑んだ。
「泣いてるのか?」
「馬鹿言うな、目にゴミが入っただけだ」
慌てて涙をぬぐい、顔を背ける。
けど養父は俺の肩に温かい手を置いた。
「行ってきます」
素っ気なく言って玄関を出たけど、その瞬間だけは俺の顔に決意の表情が浮かんでいたのが分かった。
振り返ると、養父は静かに頷いていた。
今、あの石を握りしめながら、「力の真の使い道」という言葉の意味が少しだけ分かりかけている気がする。
明日から始まる新生活。
俺の知らなかった力の使い道が、この街で見つかるのかもしれない。