216 仮面の微笑(ほほえみ)
リルヴァナが連れてきた恋人との出会いが、静かに新たな波乱の幕を開ける――。
リルヴァナからの連絡を受けた時、シルヴァーナはすでに心の中である程度の予測を立ていた。
リルヴァナが「紹介したい」と言った男性――シルヴァン。
アーリエルの警告を思い出しつつ、彼女はわずかな違和感を覚えながらも、表面上は穏やかに返事をした。
「わかったわ、リルヴァナ。連れていらっしゃい。」
数日後、リルヴァナとシルヴァンはシルヴァーナの居城を訪れた。
シルヴァンは従者を伴い、豪華な貢物を携えていた。
シルヴァーナはそれらを眺めながら、心の中では冷笑を浮かべつつも、落ち着いた表情でシルヴァンに挨拶をする。
「初めまして、シルヴァーナです。リルヴァナとは親しい友人なんですよ。」
シルヴァンは微笑みながら丁寧に応えた。
「お初にお目にかかります。シルヴァンと申します。リルヴァナさんとは、お付き合いさせていただいております。」
リルヴァナは顔を赤らめ、少し照れたようにシルヴァンの隣に立つ。
シルヴァーナはその様子に一瞥を送りつつ、柔らかく微笑むが、その視線は確かにシルヴァンを捉えていた。
――何かが引っかかる。彼の言動には、わずかながら作為の気配がある。
アーリエルの言葉が脳裏に蘇る。
「シルヴァンは《異世界連邦サテライト》の者よ。この世界を監視するために送りこまれた可能性が高い。目的は――あなたに近づくこと。」
リルヴァナがシルヴァンを紹介している間も、シルヴァーナは彼の仕草、視線、言葉の端々までを見逃さず、観察し続けた。
やがて、確信に近い直感が胸に落ちる。
シルヴァーナはリルヴァナに向かって静かに言った。
「リルヴァナ、今すぐ隠れて。」
リルヴァナはその声の緊張を敏感に察し、すぐに身を引いた。
シルヴァーナはゆっくりと立ち上がり、シルヴァンの方へと歩み寄る。
「あなたがリルヴァナに近づいた理由――見抜いているわ。」
シルヴァンは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに感情を消し、軽く口元をほころばせた。
「……見破られたか。やはり、ただ者ではないようだ。」
その言葉にシルヴァーナは反応せず、ただじっと彼を見据えていた。
アーリエルの警告と、彼女自身の直感――すべてが一致していた。
シルヴァンは《異世界連邦サテライト》の暗殺者。
リルヴァナを利用し、シルヴァーナを仕留めるために接近してきたのだ。
「罠があることは、最初から覚悟していた。だから、心配していない。」
シルヴァーナの声は冷たく、揺らぎがない。
その言葉に対し、シルヴァンは挑発的な笑みを浮かべた。
「なら――試してみるか。」
その刹那、空間がわずかに歪む。
アーリエルが姿を現し、ゆっくりと歩み出る。
彼女は深く息を吸い、金色の瞳を開いた。
「絶対服従 《デス・イコノグラフィ》。命令に従わなければ、強制的に命を奪う。」
アーリエルのロイヤルスキルが発動すると、空気が一変する。
その意志はの内面に深く食いこみ、逃れることのできない支配が始まった。
命令を拒めば、命が削られる。
従うまで、痛みと死の影がつきまとう。
――それは、相手にとって最も恐るべき呪縛。
シルヴァンとその従者は身体を硬直させ、やがて崩れるように意識を失った。
だが数秒後、ゆっくりと立ち上がり、無言でアーリエルの前に跪く。
アーリエルは冷やかに見下ろし、金色の瞳を細めた。
「すべてを話せ。」
苦悶の表情を浮かべながら、シルヴァンは震える声で語り始めた。
「私はアザロスと『アンノウン』の戦いを、連邦の命で監視していた。
《異世界連邦サテライト》は、どちらが勝っても疲弊した勢力を利用するつもりだった。シルヴァーナたちの勝利を確認した後、リルヴァナに接近し、暗殺計画を練りはじめた。最終的には、連邦の大部隊をこの世界に送りこみ、侵攻を開始する算段だった……。」
リルヴァナはその言葉に唇を噛み、静かに涙を流した。
「……初めて好きになった人だったのに。」
その声に、シルヴァーナは一瞬だけ視線を向けた。
だが、彼女の表情は揺れず、その瞳はまっすぐ未来を見つめていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。