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消えた近所のガキ


 前日、上履きを見つけた月曜日。自宅に帰った後、怒涛の一日を整理した上で、鎌取の相談について冷静になって考えてみた。

 中学生から高校生にグレードアップしてから早一年。相談用紙に書かれていた内容だけを参考にするのなら、いじめを受けていることが彼女の悩みのように考えられるが、実際に本人と話してみると、第一の悩みはいじめよりも友人を作ることであるようなニュアンスであった。

 それならば楽だ、というわけではない。楽と言ってしまえば、彼女の苦悩も過ごした一年間も否定するような気がする。けれど、楽ではないが簡単な部類ではあるというのが、自分の素直な感想であった。分かりやすく言うと、一歩を踏み出すことは鎌取にとって難しいことなのだろうが、対策することは特にないと思ったのが、正直な感想であった。

 鎌取、初対面の俺と、普通に会話ができていたし。

 飛んで、再び放課後。火曜日の放課後。

 目の前の姫野部長はクルクルとペンを回しながら、正面に座る自分の前に紙を差し出した。

 「これは、活動日報。学校にとって都合の良い組織とは言っても、一応は部活動であって、部費も降りるからね。実態がないとは言い過ぎにしても、活動内容が不明確なのは良くないのよ。だから、部活動の日は毎回この活動日報を書いてほしいの」

 姫野はサラリーマン顔負けの速度でキーボードを叩きながら、差し出した紙について説明をしてくれた。本当に同じ高校生か?

 「どうだった? 初仕事は」

 「いや、別に仕事って感覚はなかったよ。あくまで同級生と会話してきただけだし。確かに初対面だったけれど、俺だってそこまでコミュ力不足ってわけじゃないからな」

 強がりではなく、それは事実だと思う。公正で客観的な評価として。

 「やっぱり適任だったね。私の目に狂いはなかった」

 姫野はこちらに視線を送ると、存在しない眼鏡を直すような仕草を見せた。スチャっと。俺は彼女のしたり顔を無視し、受け取った紙に昨日の日付を入れる。

 「鎌取さんの相談、大丈夫そう?」

 それは、要する時間における心配なのか、それとも解決できる内容であるのかという心配なのか。まぁ、どちらにせよ返答は肯定だ。

 「大丈夫だ。問題ない」

 「フラグ?」

 「いや、本当に……」

 姫野もそういうの知っているのか。意外だ。親近感が湧くな。

 そう言えば、無意識に相談事には守秘義務がくっついているものだと判断していたけれど、相談部に用紙が届いた時点で姫野には話しても良いということだよな。話すか。

 「鎌取は友人を作りたいとのことだったんだけど、何をすれば良いかな?」

 すると、姫野は驚いたように動きを止める。

 「え、友達作るのに準備とかいるの?」

 純粋無垢な目。悪気は一切ないのだろうが、この反応を鎌取が目撃したら泣き出すんじゃないだろうか。ただ、正直俺も同意見だ。

 「んー、準備というか、予備知識というか。あっ、自信をつける方法とかあれば、教えて欲しいかな。何かある?」

 いや、自信って。非の打ちどころのない姫野にその質問はおかしいか。そんなもの、姫野からしたら生まれた瞬間から持っている可能性だってあるわけだし、ない人の気持ちは分からないよな。貶すつもりではないが、聞くべき相手が違ったかも。

 しかし予想に反し、姫野は数秒考えた後、すぐさま必要な答えを提案してくれた。

 「それなら、『良い奴・嫌な奴展』に行ってみたら?」

 「あぁ、今日からだっけ」

 俺は姫野の意見に賛同し、完全に忘れていた校内イベントについて思い出した。そういえば今日、保健室の隣の空き部屋で『良い奴・悪い奴展』が開催されていたんだった。

 新学期が始まってすぐ、まだ普通の授業を始めるには生徒の気分的に早すぎる、あの最初の数日。授業というか暇つぶしの一環として全校生徒は『良い奴または嫌な奴の例え』を紙に書かされたわけだが、書いた作品が本日から飾られるそうだ。友人に声を掛けるための僅かな自信をつけるにはピッタリだ。

 俺は姫野に対し感服の意を示す。

 「さすが、姫野。よく思い出したな。他の皆は忘れているだろうに」

 「大袈裟だよ。先生が今日言ってただけだし」

 姫野はまるで本当に大したことないといった様子で、自分を下に見せる。天才で奢りがないとは、ますます非の打ちどころがないな。

 「参加型らしいね、良い奴・嫌な奴展。先生から聞いた話によると、自分が良いと思った作品にはシールを貼っていくんだって。意外と面白そうだよね」

 姫野も行くかと誘ってみたが、キーボードを打ちながら、この通りと断られる。

 「けど、展示されることが後出しの情報はせこいよな。書くのは強制なんだから、その情報は伏せちゃダメだろ。俺だって展示されるって分かってたら、もっとマシな文章を書いたのに。まぁ、作者名が匿名での展示なのが不幸中の幸だけど」

 不幸中の幸と言いつつ、不幸という前提ありきの幸せなんて、俺は幸せとしてカウントするつもりがないのが、己の考えだった。

 「何、春元君。恥ずかしいことでも書いちゃったの?」

 「いや、恥ずかしいというよりは、痛い文章かな。担任一人しか見ないと括っていたからこそ書けた文章って感じ」

 「痛い文章ですか。どんな文章を書いたの?」

 言えるわけがない。恥ずかしすぎて、知られたら一週間不登校になってしまうレベルだから。

 ほんと直さないとな。そういう自分の悪癖は。病的なまでの。

 「まさか、個人名を書いちゃったとか? そんでもって嫌な奴として提出したとか?」

 「……姫野は俺の事を良い人って評価してくれたんじゃないのか? するわけないでしょ、そんなこと」

 「良い人ではあるけど、しそうだなって。……ごめんなさい」

 えぇ……。しそうって、酷いな。

 姫野は手を止め頭を下げる。その行為がむしろ俺の心に刺さっていることに気が付いていないようだった。

 「あ。鎌取から連絡だ。委員会が終わったっぽい」

 「美化委員でしたっけ、彼女」

 らしい。そう言えば、図書委員ではないが、美化委員でもしっくりくる。鎌取は良くも悪くも親しみやすい雰囲気だから。

 しかし、俺はまだ鎌取について大した情報を伝えていないわけで、そんなマイナーな彼女のステータスをなぜ姫野は知っているのだろうか。

 「ん? そりゃ知ってるよ。相談部である前に生徒会長だもん私」

 俺が姫野に無言の問いを向けると、彼女はそう返答した。生徒会長であるからと。まるで役職に就くにあたっての前提、最低条件であるかのように。

 まぁ、姫野にとって全くの苦にならない作業であるのなら別に気にしないけれど、その記憶力はちょっと恐ろしいレベルの能力に思える。軽く引く。

 「もしかして、友人も知らないような情報とかも知ってたりする? 例えば俺のとか」

 「いやいや、足が速いとか数学の成績が良いとか、身近な人間なら知っていそうな情報だけだよ。あくまで生徒会長であるために知っていた情報だけなんだもん。まったく春元君ったら、私のことを何だと思ってるの?」

 まぁ、そりゃそうか。生徒会長なら生徒の委員会情報を目にする機会くらいあるか。

 「んー……、そうだねぇ。春元君の情報か」

 「別にないならないで良いんだよ。そもそも初めて会話をしたのは、つい昨日なんだから」

 が、しかし。姫野は少し考える素振りを見せると、頭の上で電球を光らせた。

 「そうだ! 春元君、中学三年生の時、クラスの女の子に告白して玉砕してるよね!」

 人の不幸に対し、悪気一切ないといった表情で俺の情報を暴露した。一緒に昼飯を食っている友人ですら知らないような情報を。

 さすがは姫野だ。なんでそんな情報まで…………って、は?

 「な……なんで、その事を……知って……」

 不意のことで、俺は干からびた声を漏らす。

 「あ、えーと……、実は春元君が告白した女の子、中学の時塾が一緒でして……。ごめんなさい、春元君にとっては良い思い出じゃないよね。配慮足らずでした」

 姫野はハッとすると、失言であったと何回も頭を下げる。赤べこのように。

 俺は呆然としたまま、走馬灯のように、忘れようとしていた記憶を掘り起こしてしまう。目の前が白くなり、そこに当時の情景が映像として流れる。

 髪はサラサラ。明るく活発で、皆に平等。その距離感の近さが彼女の魅力だった。彼女は吹奏楽部で、たまに寝坊をして遅刻をするというお茶目さも兼ね備えており、男女共に人望があった。

 そしてまんまと、若かりし自分は無謀なる行為に及んでしまう。

 中学三年の冬。他に生徒のいない放課後の教室。オレンジ色の夕日。困り顔の彼女。

 「あの……春元君?」

 「……っは!」

 言われて再び視界が切り替わる。殺風景な相談部の部室。視線を落とすと、姫野は申し訳なさそうにこちらを見つめていた。

 俺は瞬間、耐え難い恥辱の感情を感じた。けれど、今年こそはクールキャラを貫くという固い意思の元、感情を喉の奥に戻すと、ゆっくりと酸素を補給する。

 「姫野」

 「はい、なんでしょう」

 「今、俺は君を見ていると手が震えるんだけど」

 「きょ、今日は少し肌寒いよね……」

 その時、俺は薄着の姫野を眺めながら、心に油性ペンで書き込んだ。

 この人とは仲間になれたとしても、友人にはなれないのかもしれない、と。



 校内を歩きながら外を眺める。校庭では相変わらず運動部が汗水垂らし青春を謳歌し、学校に従事する用務員は、年季の入った部室のドアの修繕にあたっている。

 変わらない光景、平和な日常。静かな放課後の校舎を歩いていると、平時以上にそんな感想が登ってくる。そしてどうしてか、それが心地悪いと感じている。なぜだろう?

 「あっ、相談箱」

 南校舎と北校舎の渡り。図書館前を歩いていると、昨日聞いていた相談箱を見つけた。

 飾り気のない黒い箱に、白文字で相談箱と書いてあるだけ。正方形のそれは、まるでくじ引きで使われる箱に似ていて、思ったより安っぽいものだった。

 目安箱と異なり、中身に入るのはプライバシーに関わる相談事であるはずだが、こんな箱で大丈夫なのだろうか。最早、この箱を表に設置している時点で相談部の信用問題になる気がするけど。

 「……っ」

 突然、目の前が黒一色に切り替わった。何も見ることができない。

 当たり前だがこの状況というものは、現代人にとっては恐ろしいものだ。平凡な人生において、背後を取られ、視界が奪われるなんてことは経験することがない。

 しかし、俺は驚きはしたものの、怯えることも焦ることもなかった。それは、目を覆った何かの温かさと、昨日起きた経験によって予測ができたからだ。

 昨日もあった、こんなことが。俺は思い当たる人物の名を呼んだ。

 「……えーっと、委員会お疲れ、鎌取」

 俺は目の前に伸びてきた手を取り、答え合わせをする。

 赤縁の眼鏡に、二つに結ったおさげ。少し不安そうな人相に、覇気のない目元は、彼女の纏う頼りない雰囲気を形作っている。

 相談部に入部して、初めてのクライアントであり、昨日出会ったばかりの同級生。

 振り返ると、二年C組の鎌取が、そこにはいた。

 「昨日は少しホラー色強めで引かれてしまったと思いましたので、今回はシンプルにしてみました」

 冷静な分析と見せかけて、近すぎる距離感という根本問題に気が付いていない鎌取。さすがは天然属性だ。

 今回の場合、ホラー要素はない上、一度経験をした出来事であったため、純粋に鎌取、女の子の接近を意識してしまったわけだけれど、一方の彼女は頬の色どころか表情一つ変えておらず、微塵も同級生男子という存在を意識していないようだった。

 さすがに惚れた腫れたは早すぎるにしても、この反応は凹むなぁ。

 「それで、今日から始めるんですよね。友達作りプログラム」

 「友達作りプログラム……」

 鎌取から出された単語に、一瞬戸惑ってしまう。

 プログラム。そんな言い方は、一からプロセスを踏んでいくような場面で使う単語だ。根拠と価値のある計画、手順。間違っても自分が今使える単語ではない。

 「とりあえず今日は、ここ図書室でシュミレーションかな。まずは俺をクラスメイトと仮定して話しかけ、会話をしてみるところから始めよう」

 とりあえず、と言っておきながら、俺は友人作りのための対策をこれ以上に考えていなかった。一応、昨日帰った後に考えはしたが、俺自身友人作りに長けているわけではないため、偉そうなことを言えないと気が付いたのだ。

 だが、恋人の作り方ならまだしも、友人の作り方なんて聞かれることはなく。仕方がないと言えば仕方がない。良好な友人関係の作り方ならばそれっぽいアドバイスができるかもしれないが、そもそもの作り方なんて聞かれても、話しかけてみるくらいしか思い浮かばなかった。

 「図書室? 今日は定休日じゃないんですか?」

 図書室の扉の前。鎌取がそう言った。

 言う通り。我が校の図書室は火曜日が定休日になっている。それは俺がこの学校に入学した時点で決まっていたことで、いつからそうであったのかは定かではない。もしかしたら創立時から決められていたことかもしれないし、ここ数年前の話かもしれない。ただ、この学校において図書室は火曜日が定休日であることには変わりない。

 「鎌取はさ、クローズの札が掛けられているお店に入ろうと思う? 中を覗いても人は確認できず、電気は消されていて。そんな状態の店に入ろうと思うか?」

 「……?」

 「普通は入らないよな。いや、入る入らないの前に入ろうと考えないだろうな。そりゃそうだ、定休日なんだから。でも、だからといってイコール閉まっているとは限らない」

 そう言って俺は、定休日と書かれた札が掛かり、カーテンが引かれた図書室のドアに手を掛けた。そのまま左に手を引く。

 「鍵が掛かっていなかったんですね」

 「掛かっていないというよりは、元から掛けられてないんじゃないかな。俺がこのことを知ってから半年くらい経つけど、鍵が掛かっていたことなんてないからな。もしかしたら初めから鍵穴が壊れていて掛からないのかもしれないな」

 一応、図書室全体を点灯させるスイッチは押さなかった。書籍を日光から守るためのカーテンも開けなかった。さすがに定休日なのだから堂々と利用するのは違うし、ましてや今日は一人の暇つぶしで利用するわけではなく、鎌取との会話トレーニングのために来ているのだ。誰かがドアを開けてすぐ目の前というのは危険だろう。

 俺は暗闇の中、うっすら差し込む外の光を頼りに足を進めた。そして、貸出カウンターの中へ進み、さらに奥、一般家庭のキッチンルーム程の広さの小部屋、その入口脇の電気を点ける。

 「資料室……ですか?」

 「そんな感じだな。この学校の資料の……史料の保管庫かもな」

 初めて入ったその部屋は、見たところそんな場所であった。

 何の情報も書かれていない背表紙が並んだ本棚に、パイプ椅子が三つ重ねて立て掛けてある。それだけ。ただ、この狭い空間においては、その本棚が妙に圧力を持ち、実際の空間以上に窮屈さを感じさせる。

 今地震でも起こったら潰されてしまいそうだな。

 「密室の暗がりに連れ込んで、ここで一体何をすると言うんですか」

 「……誤解を生む良いかはやめろ。そもそも密室じゃないし、電気つけたし、これからすることは伝えたよな。……なんか鎌取、俺のこと揶揄って楽しんでない?」

 「ふふ……。春元さんは話しやすいのかもしれませんね。さすがは相談部」

 まるで人心掌握術を使っているかのような発言だが、俺は何もしていないし、何も意識していない。今まで生きてきて、話しやすいなんて言われたことがない。

 もしや、俺、舐められてる?

 「……まぁ良いか」

 とりあえず、立て掛けられたパイプ椅子を広げ腰掛ける。経験はないが、バイトの面接とかこんな感じなのだろうかと想像しながら、俺たち向かい合った。

 「会話トレーニングなんて仰々しいものじゃなくて、ただの会話練習。話してる感じコミュニケーション能力に問題はなさそうだし、あとは勇気だけかな。話し掛ける勇気。それさえあれば友人は作れるよ、鎌取なら」

 「話し掛ける勇気だけ……ですか」

 「あぁ。相談してくれたのに申し訳ないけれど、たったそれだけだよ。必要な要素は」

 まぁ、人によってはその勇気が最難関なこともあるけれど、昨日、初対面の自分に落ち着いて話せていた鎌取なら大丈夫だろうし、むしろ彼女に友人がいない方が違和感を感じるくらいだ。いくら帰宅部と言えども。

 「ただ、強いて言うなら話が暗いかもな。昨日話してくれたエピソードトーク? ちょっと返す言葉に困ったし」

 ネガティブはある意味キャラクターになるのかもしれないけれど、過度なネガティブ発言は鬱陶しがられる可能性がある。もし仮に自分が落ち込んでいる時に暗い話をされても余計に気分が下がってしまうし、フォローをしたくない場面だってある。ましてや「それな、それな」と共感を呼べるようなマイナス話題ならまだしも、返答を困らせてしまうトークはなしだ。そこだけは直す必要がある。

 「……暗いですか。例えば、どういったエピソードトークをすれば良いですか?」

 鎌取は困ったようにく首を傾げた。

 「んー、そうだなぁ。理想はそこから会話が広がるトークが良いかな。広がるというか、一緒に考えるような話題というか」

 会話において間を空けることは気まずさを生み出してしまう。無言で見つめ合うことに価値を見出せるのは、出来立てホヤホヤのカップルくらいだ。かと言って目を逸らしてしまえば相手に悪い印象を与えてしまうため難しい。

 ただ、考え中の無言というものは別だ。確かに声は出ていなければ動いてもいないが、考えると言うアクションの最中であり、それを気まずく思う人間はいないのだ。

 「例えば最近あった話があるんだけど……」

 俺は見本として、自分のエピソードトークを話始めた。



 最近、と言っても二年に進級する前の春休みの出来事で、一ヶ月は遡る話になるのだけれど。俺が近所のガキと知略ゲームに興じていた際、起こった出来事の話だ。

 「ほれほれ、時間が経てば経つほど盤面は完成していくぞ……」

 「……くそっ」

 対戦相手の近所のガキは、自分が繰り出す緻密な戦略に苦悶の表情を作る。まるで、宿題がまるまる残っていることを思い出した、夏休み最終日のあの瞬間のようだ。

 しかし、いくら歯を食いしばって思考を練ったところで出せる手も足もなく、近所のガキはターン終了の意を示す。

 「攻めて来ないのか……、ならばこちらから行かせてもらう! 俺は手札から『アルギニン剣士』を召喚! 効果により相手の場の『残業系』モンスターの守備力を500ダウン」

 「アルギニン剣士っ⁉︎ 何故そんなマイナーなカードをデッキに⁉︎ ……ま、まさか、戦う前から僕の新デッキのメイン種族を予測していたというのか……⁉︎」

 苦境に立たされる近所のガキに、さらに追い討ちをかける一手。並の小学生の精神性ならば泣き出してしまいそうなものだ。しかし、目の前のガキはむしろ喜んでいるようにも見え、勝利を確信した立場ではあるが、ここまで自分との戦いにしがみついてこれた実力に納得する。

 俺はその憧憬の眼差しに満足し、勇敢なるチャレンジャーに終焉を送る。

 「覚えておけ。勝負とは、自分の勝ち筋よりも、相手の勝ち筋を潰すことを常に考えている奴が勝利を掴むのだ。……これで、とどめ! 『お天気キャスター』で直接攻撃!」

 「ぐわぁぁぁあああ」

 カードに描かれたキャラクターが飛び出し剣を振るう……わけではないが、敗北という重さを持った宣告は、近所のガキの心に見えない痛みを与える。

 ガキの叫びと共に、その時点で知略ゲームは幕を閉じた。そして、俺はこの日も平穏無事に勝利を手に入れることとなり、春の風に安堵の息を乗せた。


 カードを片付けながら、日に日に成長を見せる近所のガキが口を開く。

 「マスター、春休みなのに小学生とカードゲームって、友達いないんですか?」

 負けた腹いせに精神攻撃とは笑止千万。さすがは小学生だ。負け惜しみなんてものは自分を余計惨めにするというのに、この歳では客観的に己の姿を見れないのだろうか。

……ただ、まぁ。今の発言が有効打であったことは潔く認めよう。君は小学生、俺は高校生だからな。しかし、今年からは中学生になるそうで、四月以降にもそんな発言をしたならば、俺はこいつを東京湾で水泳させるとここに宣言しよう。

 俺は近所のガキにわざわざ説明を施す。

「高校になると、勉強のために部活に所属しない奴も結構いるんだよ。大学受験ってのは浪人する人がいるくらい難しいもんだからな。そして、俺もその中の一人ってだけで、別に異端じゃない。勉強に集中したいだけだ。ただ、うちの高校は特殊で、自分以外クラスに帰宅部がいないから、こうして暇を持て余してるってわけだ。友人はちゃんといるよ」

 「へぇ。マスターは頭が良いんですね」

 こいつ。分かってて煽ってるわけじゃないんだよな? 俺が直近の期末テストでクラス順位が下から三番目だったという情報をどこからか入手したわけではないんだよな?

 「お前こそ友人はいないのかよ。小学生なんて目的もなく毎日校庭に集まって遊ぶもんだろ、普通。大人数での警泥ができる時なんて今後の人生にはないんだぞ」

 「小学生って……、次に会うときは中学ですよ。中学になれば部活の人と連むようになるんですから、同じ部活に入りそうな人とだけ遊んでおけば十分です」

 やれやれと、息を漏らす近所のガキ。……腹立つなぁ。

 「現にこうして目の前にいる帰宅部のマスターは、遊び相手がいなさそうですし」

 確かに訂正する必要がありそうだ。こんな奴は小学生ではない。

 こんな人の痛いところを平気で殴るわ、人付き合いを俯瞰的に見ている小学生なんて間違っているし、思いたくもない。道徳の授業で内職でもしてたんか、こいつ。

 「むしろマスターを見ていると、広く浅くより、狭く深い人間関係を築いておく方が重要な気がしますしね」

 「……カードやめてボクシングでもするか」

 ちなみに「マスター」というあだ名は自分で呼ばせているわけではなく、カードショップにて圧倒的な実力を見せつけた俺のことを、見ていた周りの小学生が賞賛と畏敬の念を持ってカードマスターと呼び始めたのが理由だ。しかし、この捻くれたガキの場合、下手したら蔑称として呼んでいる可能性が無きにしも非ず。今の会話で、小学生に煽てられている高校生という意味を含んで呼んでいる可能性が浮上してきた。

 「冗談です。マスターが良い人なのは周知の事実ですから」

 「……いや、その一言で撤回できないからな?」

 まったく、なんてガキだこいつは。

 「本当ですよ。こんな歳の離れた僕と目線を合わせてくれる高校生なんて中々いません。事実、こうして年上であるマスターをいじっているわけで、それは信頼の証なんですから」

 どう考えてもこのガキの目線が年齢らしからぬだけなのだが、これ以上小学生に反論しても虚しくなるだけなので止めておいた。

 「お前、中学生になったらいじめられるんじゃないか?」

 「大丈夫ですよ。僕は世渡り上手というか、立ち回りに長けていますので。これまでも、これからも、いじめの被害者になることも加害者になることもありません。ずーっと僕は傍観者です」

 「……一番クズじゃないか。怖いよ、君の将来が」

 俺は最低な立ち回りを公言する自称小学生に対し露骨に引いてみせるが、近所のガキは年相応の純粋な笑みでこちらに顔を向けていた。

 君の将来はきっと詐欺師だ。俺が保証する。

 「マスターは目指している将来とかってあるんですか?」

 「将来……? んー、特に具体的なビジョンを描いているわけではないけれど、漠然と変わったことをしたいとは考えているよ」

 社会の歯車にはなりたくない。自分の史実を箇条書きにした時、面白くあってほしい。足元に安全な道が敷いてある人生なんて嫌だ。奇想天外であってほしい。

 そんな厨二病みたいなことを考えているのが現時点での自分だ。まじめに将来に直結した大学選びをしている学友がいても、自分は目を逸らしまくって、目玉を一周させ、直感頼りに学部選びをしてしまうのが自分だ。

 けれど、まだ高校生の分際で夢のない設計をしている方が間違っていて、むしろ阿呆であるという己の意見は、高校を卒業するまでは否定したくはない。

 「変わったことですか……。謝罪代行サービス、マスコットキャラクターデザイナー、スポーツ芸術家……。どれもピンとこないなぁ」

 ……なんか馴染みのない単語が聞こえてきたけれど、気のせいだろうか。それとも、今の若者(小学生)では認知されている職業で俺が知らないだけ?

 「あっ、マスターは将来もカードマスターですよね」

 「勝手に俺の将来を決めつけるな。お前は未来人か」

 「いいえ、神様です」

 なんだこいつ。今後会うの止めようかな。

 それにカードマスターって、肩にネズミを乗っけたどこぞのジャリボーイか。そんなもん職業でも何でもないだろ。良い歳こいてただの無職じゃないか。

 「てか、散々言ってるけど、今日誘って来たのお前だよな? あまりにも感謝がなくないか。高校生にもなって、公園のベンチでカードゲームをしている俺に対して」

 今日は春休みではあるが休日ということもあって、現在俺たち以外に人は見られない。真ん中に芝生エリア、端には遊具エリアも設けられている優良公園ではあるけれど、今は閑散としていて、むしろ寂しさを感じる雰囲気が漂っている。けれど、公共の場にて小学生と向かい合ってカードゲームをしている高校生という絵面は結構グレーなものであり、子供を連れたママさん集団でも来られたもんなら緊張が走る状況だ。

 「真の強者を目指すにはメンタルも重要なんです。僕、いや僕たちではマスターの成長の助けになるには不十分な実力しかありませんからね。せめて環境だけでも提供してあげようかなと思いまして」

 「え、じゃあ自分の小学生という立場を理解した上で、こうして公共の場所でカードを広げてるの? タチ悪すぎない?」

 俺が信じられない事実に目を丸くすると、近所のガキはあどけなさマックスな表情で悪戯っぽく笑う。この時の表情は今までとは異なり年相応のものであって、計算されたものには思えなかった。

 ……いや、全然和まないけどな。こいつ男だし。

 「……おーい」

 そんな時だった。閑散としていた公園に俺たち以外の声が響き渡った。

 誰かが少し離れた場所から走ってくるのが見える。

 「あれ? こんなところでカードゲームしてるんですか、マスター」

 マスターという別称にして蔑称。けれども、小学生が賛辞を込めて命名してくれたあだ名に苛立つほど子供ではなく、それが自分の耳に届こうと何とも思わない。むしろ先ほど近所のガキが言っていた通り『高校生なのに年下にも優しい自分』を実感することができるため、悪くないと思えるほどであった。

 しかし、聞こえてきた声は野太く、未成熟さの欠片もなく、顔を確認するまでもなく声の主は後者の意味を込めてマスター呼びをしていることが分かる。俺は眉間に皺を寄せ、眉毛を吊り上げ、不機嫌を表すようにドスの効かせた声で返事をする。

 「良い度胸だなぁ、小林くんよぉ……」

 俺はノールックでそう名前を呼ぶと、現れた男は静かに隣に座った。

 「雲一つない晴天。若干の肌寒さは残しつつ、春の訪れを感じさせる心地の良い微風。受験や進路についてあまり悩まなくても良い高校一年の春休みというこの期間。そんな人生の中でも稀であろう至福の一日に、君はこんなところで何をしているのかな?」

 俺は渋々そちらに顔を向ける。

 「ポケットにスマホと財布のみ。手ぶらなところから察するに、お前も暇を持て余していたんだろ。それで遊びのメッセージを送ってみたけど、あいにく部屋にスマホを忘れた俺は連絡を確認することができなかった。けれど、家の固定電話に掛けてみたところ妹あたりが俺の居場所を教えてくれたって感じか」

 「御明察。さすがはハルだな」

 自分と変わらぬ百七十ちょいの身長。挑発的な人相。

 人をおちょくることを生き甲斐とし、俺と同じくこれといった特技は無いのだが、己は大器晩成型だと豪語し、自身の将来には一切の不安を持たないという腹立たしい人間。

 こいつは悪友にして幼馴染であり、高校までも同じという切っても切れない縁を継続している小林という男であった。

 「で、ハルは何してたんだ? こんなところで」

 ちなみに『ハル』という呼び名はこいつが付けたものなのだが、悲しいことに他の人間でその呼び名を使うものはいない。

 俺は小林の馬鹿げた質問に呆れたように言葉を返す。

 「見て分かるだろ。マスターと俺を慕ってくれている可愛い小学生に稽古をつけてやってるんだよ。こんな陽気な春の平日に、人気のない公園でな」

 「カードゲームか、久しぶりに俺もやりたくなってきたな。それなら一度家に戻って、俺の部屋でやろうぜ」

 「はぁ? さすがに横暴がすぎるだろ。急に来て何言ってんだよ」

 突然の自己中発言。俺は小林の目を見て叱る。

 しかし、小林は自分の間違いに一切気が付いていない様子で首を傾げた。

 「別に俺の部屋でも良いだろ。お菓子だってジュースだってあるんだから」

 「いや、だから後から来て何言ってんだ? 今はこいつと…………って、あれ?」

 俺はそこでようやく気が付く。間違いを認識しない小林に近所のガキを紹介しようと首を反対側に向けてみると、いつの間にか、そこにいたはずのガキの姿が無くなっていた。



 「というわけで、振り返るとそれまでいた少年がいなくなっていたんだよ」

 再び図書室に戻る。俺は簡潔にその日のことを鎌取に話した。

 何故突然近所のガキはいなくなったのか。それが「考える話題」振り。

 その何故を作ることが会話においては重要で、内容の面白さ、ためになる知識、明確な解答なんてものは必要ない。言った後、その場の人間が何故について話し合えば任務完了で、そこからは勝手に会話が弾んでいくという寸法。これが俺の思いついた話術だった。

 「小林さんって、私のクラスにいる小林さん?」

 「あぁ、そっか。同じCなのか二人は」

 失礼なことに全くその共通点に気が付かなかった。昨日なんて鎌取をクラスまで迎えに行ったにも関わらず、引っ掛かりもしなかった。

 ただ、許してほしい。鎌取がC組なのは分かっていたことで、忘れていたのは奴のクラスの方だ。奴は一応、信頼のおける友人ではあるが、信用のおける友人ではないため、奴の情報が抜けているのは仕方がないことなのだ。

 まぁでも、自論として、友人というものは性格が曲がってるくらいがちょうど良いと思っている。何でもかんでも友人第一なんて奴、実際いても気色が悪いってもんだ。雨の日に勝手に人の傘を使って帰ったり、小学生の時にパクったカードを平気でデッキに入れてくるくらいの屑の方が、気を使わなくて済む。面倒くさがりの俺にとっては特に。

 「小林さん、少し変わった人ですよね」

 君が言うのか。

 「まぁ、変人ではあるな」

 「授業中、紙飛行機作っていて廊下に立たされたり。昼休み、賭け麻雀をしていて職員室に連れて行かれたり。変な人ですよね」

 ごめん、鎌取。そして訂正。そんな恥ずかしい奴、友人じゃなかったわ。

 「けど、それでも先生からは可愛がられているし、男女共に友人も多いし。変わっているけど、私とは正反対なんですよね」

 「まぁ、あいつ行動力と積極性はあるからな。案外人望は厚いんだよな。ムカつくことに」

 そう。もう一度言うが、ムカつくことに。あいつは人から好かれる人間だ。

 俺と小林は幼馴染とは言っても出会いは中学からになるのだが、俺は出会う前から小林を知っていた。噂というか、小林と同じ小学校に通っていた習い事の友人からの情報で、うちの小学校にはそんな奴がいるんだ、という話だけは聞いていた。それほど、つまりは他校にまで知られているほど、小林は有名であった。

 人から好かれ、気に入られ。そして、必要とされる人間だった。あいつは。

 「で、少年は小林さんが来たらいなくなったのでしたか。不思議ですね」

 「そうだな。小林は高圧的とは対照なオーラを纏ってる人間だからな。駆け寄って来るあいつを見て逃げ出すとは思えないんだよな」

 ましてや近所のガキは、年齢らしからぬ肝の座った精神を持っている。年上の俺には舐めた態度を取り、同級生には慕われるような立ち回りをする。ただ、不快なまま終わるまとめ方をしないところが世渡り上手というか、小林と似たものを持っている。あいつが天然なら、養殖というか。

 そんな近所のガキが、話す前から逃げ出すとは考えずらいのは確かだ。

 「気を遣ったのでしょか?」

 気を遣う? 誰に対して?

 「春元さんが小学生と遊んでいたことを揶揄われないように気を遣ったのかなって。それだったら、筋は通ってる気もしますし」

 そう言った。しかし、それはない。と、俺は心の中で断言した。

 鎌取には尺の問題もあって細かい会話内容は省いているため、ガキの腐った小根については知らない。それに、俺と近所のガキの付き合いは今に始まったものじゃなく、気色の悪い言い方をするのなら、信頼関係が芽生えており、だからこそ言えるが、小林同様あのガキも、本当に大事な場面以外では気なんて遣わない。むしろ、俺が辱められるのを意図的に引き起こす部類の人間で、人の不幸で飯が進むタイプだ。

 それに残念なことに、女子の場合では人を揶揄う事が非情とか性格悪いだとか評されるかもしれないが、男の場合ではそういう人は「面白い奴」「ノリの良い奴」と扱われるのだ。逆に揶揄われてムキになったり、面白い返しができなかったりすると、つまらない人間認定をされてしまうため、何とも生きづらい世界だろうといつも思っている。

 「それはあるかもね」

 ただ、否定はしない。

 仮に一年以上友情が続いた関係ならば問題はないが、日の浅い友人関係やそれ未満となると相手を肯定する事が大切だ。特に女の子の世界では他者の意見なんて求めていないという話も聞いたことがあるし、鎌取のこれからのために、俺はそういう姿勢を示しておく。

 「それか、喧嘩をしてしまったとか」

 「喧嘩?」

 鎌取は静かに頷く。

 「その少年は暇を持て余していたんですよね? 同級生ともあまり遊ばずに」

 「……いや、まぁ。そうかもな」

 それは自分にも刺さる言葉であったため、俺は煮え切らない返事をした。

 「今後の事を考えて少年は同じ部活動の子とだけ連んでおけば良いと話していたそうですが、それっておかしいですよね。だって、小学生って塾以外の習い事をしている子は少ないでしょうし、入学後のオリエンテーションや体験入部をする前に所属する部を決めている子なんてあまりいませんよ」

 それは一理ある。小学生男子の習い事の大半はサッカーか野球か水泳だし、地元の中学に進学するのなら確か水泳部はなかったはず。それに、中学に行ったら他の競技に進む選択をする人もいるだろうし、実際俺の周りもそうであった。

 他人の部活動を決めつけ、自分と同じ部に入部する人間だけと連むのは、あまりにもギャンブルすぎる。小学生にして人間関係が煩わしく感じる境地に達したのであれば別だが、いくらあのガキでもそれはないだろう。

 「ですから友達と喧嘩をしちゃったのかなって。喧嘩して、顔を合わせづらくなって。それで、遠くから聞こえてきた小林さんの声を友達と勘違いしちゃって、反射的に逃げてしまったのかもしれません」

 「まぁ、小林は小学生を真似てマスターと呼びながら走ってきたからな。それに勘違いした可能性はあるな」

 俺はナイスアイディアと、頷いて見せる。

 すると、

 「……ふふ」

 鎌取が溢したように笑った。

 「……ん?」

 「ごめんなさい。面白くて、つい」

 「……あぁ、小学生からマスター呼びされてること? 確かに恥ずかしい話だよな」

 「いえ、そこではなく。春元さんのあだ名の『ハル』が面白くて……」

 「そこ?」

 ハルって割と使用率の高そうなあだ名の気がするけれど。女の子っぽいって所がウケたのかな?

 「ハル……ハルちゃん……、なんか犬っぽい……」

 「えぇ……」

 どうやら、人間らしくない呼び名に笑っていたらしい。嘲笑? ツボに入ったのか、暫く口を押さえている。凄い失礼な子だ。

 まぁでも、良い顔で笑うな、鎌取は。

 「ちなみに春元さんは、どう考えてますか? 少年が消えた理由」

 そして、驚きの切り替えの速さ。プロサッカー選手もびっくりだ。

 「そうだな。今の鎌取の意見を参考にさせてもらうなら」

 俺は近所のガキを思い浮かべながら考える。

 「あいつは賢くて計算高いからな。誰かと対立をする立ち回りも、敵を作るような発言も、きっとしない。となればおそらく、喧嘩があったのは他の人間で、ギスギスした雰囲気が面倒臭いから、収まるまで距離を取りたかったんじゃないかな」

 脳内で再生してみる。……うん、しっくりくるな。我ながら、素晴らしい意見だ。

 それを聞いた鎌取が感想を述べる。

 「えっと……、小学生なんですよね? その『少年』って子は」

 腑に落ちていないのか。鎌取は首を傾げる。

 おそらく俺と鎌取でガキのイメージに乖離があるのだろう。彼女はもっと一般的な小学生をイメージしているのかもしれない。文章のみの想像では仕方がないことだ。

 そのため俺は、彼女とイメージを共有すべく、少年の核となる要素を静かに述べた。

 「あいつは屑なんだ」

 俺は公園でおちょくられたことへの仕返しとして、関係のない高校で悪評を流してやった。ざまぁみろ。

 「……と、まぁこんな会話をすれば良いんじゃないかな。この方法なら自分から話し続けなくても会話は弾むだろうし、沈黙に怯える必要もない。気にすることといえば、相手の言葉を簡単に否定しないことかな」

 俺は話を切るように軽く手を叩いた。

 何となくダラダラ会話をしても相談っぽくないので、強引に話を止め、指導者風の台詞を吐いてみる。自分で意図して言っておきながら、それっぽくなった気がする。

 「鎌取はモヤモヤの残っているネタとかある?」

 「モヤモヤ……?」

 「カッコつけたくてエピソードトークとか言っちゃったけど、モヤモヤが残ってれば何でも良いんだよ」

 「そうですね……、なぜ野球だけ『草野球』なのか、とか?」

 草野球? 確かに理由は知らないけど……。

 「他のスポーツは単語の前にアマチュアが付くじゃないですか。アマチュアサッカーとか、アマチュアバスケとか。それなのになぜ野球だけ、アマチュア野球ではなく草野球なのかなって。不思議じゃありません?」

 まぁ不思議だけど、地味な不思議だな。そういう地味な話題って、熟年の友人同士のみが扱えるものなんだけど。出会ったばかりでする話なのかな。

 でも、否定は良くないって言ったばかりだからな。続けるか。

 「草の上でやるスポーツだから……いやでも、甲子園は土のグラウンドだし。もしかして、アマチュアは長袖長ズボンでプレイしないから……」

 何やらブツブツと呟き始めた鎌取。聞く感じ、様々な案が出されは消えているようだ。すごい集中力。……しかし、そんなガチ考察するような話題なのか、これ?

 「あ、もしかして。野球人は皆坊主だから、坊主頭を芝生に見立てて……」

 「…………絶対違うし、なんでそんな閃いたみたい顔できるんだよ」

 前もそうだが、鎌取の野球部への偏見がひどい。野球部員、もしくはマネージャーなんかに因縁でもあるのか。私怨を感じるよ。

 「えっと……、他に考える余白のあるネタはある?」

 「他ですか。んー、何故寒いギャグのことを『おやじギャグ』と表現するのか、とかですかね? おばさんギャグとかでも良いわけじゃないですか」

 「知らないし、地味だな話題が」

 「私としては、おやじの禿げというイメージが、寒そうに繋がって語源となったのかなって考えているんですけど」

 「そして、なんでいつも人畜無害そうな顔で敵を作りそうな発言をするんだ、君は」

 悪気のない純粋とはタチの悪い。やっぱり鎌取は天然さんだ。

 すると、鎌取が納得したように頷いた。

 「うん……、なんか話せる気がしてきました」

 鎌取は不意にそんなことを言った。クラスメイトと、ということか?

 「春元さんが話しやすいっていうこともありますけれど、先週の自分よりも自信がついてる気がします」

 「そ、そうかな。話しやすいのか、俺」

 「何だか女の子と話してる感じさえしますし」

 それは……喜んで良いのか? つまりは男らしくない、男として見れないと異性から突きつけられているような気もするんだけど。これって、大丈夫?

 まぁ、しかし、話せる気がしてきた……か。随分と過小評価しているんだな、自分のことを。俺は出会った昨日の時点から、会話において不自然さは感じなかったし、普通に話をしていて楽しかった。よく友人を作れない原因としてコミュ力不足が挙げられるけれど、鎌取にそんなことはないと断言できるし、ネガティブな部分も捉え方によっては個性とか性格とかに変換できる。

 正直、彼女に必要なのは話しかける勇気くらいに思えたけど。

 「よく、命の重さは平等って言いますけど、蟻を意図的に踏む潰す子供のことを、大人は強く咎めませんよね」

 「え、どうした? 急に切っていく系の話?」

 鎌取は、冗談です、と笑って答えた。



 図書室で一時間以上会話をした俺たちは、日の沈み加減を見て、暗くなる前に帰宅をすることにした。

 鎌取は外履を取り出し地面に置き、上履きを脱ぐと下駄箱に仕舞った。

 「あ」

 「どうしました?」

 「図書室に交通系IC忘れた」

 俺は何のこだわりか、今だにスマホではなくカードとして定期券を所持している人間だ。他にも、部屋に置き場所がないのにも関わらず、電子書籍を拒み紙の書籍を買い、スケジュールアプリを使わず、物として手帳も持っている。十代にして、価値観がおじさんだ。

 鎌取と下校中。俺はいつも交通系ICを入れている鞄のポケットに、現在何も物が入っていないことに気が付き、声を漏らした。まだ昇降口で良かった。

 「悪い、取りに戻るから先に帰っていてくれ」

 「分かりました。それではまた明日」

 「あぁ、それじゃ」

 鎌取はヒラヒラと手を振る。俺は片手を挙げ挨拶を済ませ、再び校舎に戻った。

 歩きながら、意外にも自分が相談部の仕事をこなせている事実を反芻する。まだ二日目が終わったばかりで何とも言えないけれど、もしかすると自分の知らなかった適正であったのかと考える。

 冒頭の通り、自分の性格を無理やりにでも言葉にするのなら、それは面倒臭がりだ。親にはよく三日坊主常習犯だと言われ、その面倒臭がりという事実は、十五年以上自分を見つめ、他者と比べ続けてきたのだから断言できるものだ。必ず核には存在している。

 ただ、残念なことに結局自分は一般人の量産型で、個性的とか魅力的とか、そんな人間ではないことも知っている。いつもは「やれやれ面倒くさいな……」とか言っておきながら、大事な場面では本気を出しちゃったり、本気を出してみれば何かと無双してみたりと忙しない奴もこの世にはいそうだが、俺は違う。面倒臭いとは思っていても、普通に文化祭の準備で放課後は残るし、母親に醤油を買ってこいと頼まれれば文句を垂れながらも買いには行く。だから、あくまで「強いていうのなら」という枕詞込みでの性格で、強烈な個性であるわけではない。

 けれど、一応は面倒臭がりな自分なので、こうして相談に乗ることを自然にこなせていることが思いの外であったことは間違いない。将来、保育士とか教師とか、それこそ心理カウンセラーになることはないと思うけれど、相談部としてこれからも続けていけそうな自信くらいは得たと思う。

 階段を登り終え二階に到着。誰かに見られても面倒なので、俺はそそくさと図書室に入る。そして先程と同じく、蛍光灯の電気が切れた状態のまま感覚を頼りに中へ進み、カウンター奥の小部屋のドアを開けた。

 「あれ?」

 数分前の記憶だ。さすがの自分でも部屋の電気を消して出てきたことは覚えている。だが、入ってみるとなぜか部屋の中は電気が灯っていた。

 すると、

 「……おかしいね。今日は定休日のはずなんだけど」

 「あっ」

 声が聞こえ、視線を向ける。一瞬、先生かと思い背筋を凍らせる。

 しかし、向けた先、パイプ椅子に座っていたのは先生ではなく。そこにいたのは、我が校の制服を着た女の子だった。

 ただ、制服を着ていたからと生徒と判断することはできない。なぜなら、その女の子は紛れもなく昨日、そして少し前に出会した、あのドラゴンだったからだ。

 しかし、三度目の正直ではないが、もう慣れた。俺は心を乱すこともなく、その女の子の名前を呼んだ。教えられた通りに。

 「愛菜……だっけか。君も定休日にここを使っていたのか?」

 「なんだ、知らずに使っていたんだね。不良生徒だね」

 知らずに使っていた? 素直に言葉の意味を取るのなら、火曜日のこの時間は何か予定が入っている、または利用権限を持つ者が場を借りているように考えられるが、聞いたことがない。一般性には公にされていない情報だろうか。

 「ここら辺に交通系IC落ちてなかった? さっきまでこっそりこの部屋使っていたんだけど」

 上履きは学校指定の物ではなく、その上ノーネクタイ。身に付けているものでは学年を判断することができない。そして、髪の毛は茶色金色ならまだしも、水色に染まり、派手な耳飾りはキラキラと蛍光灯の光を反射させていた。

 明らかに異質な雰囲気を醸している。そりゃそうだ、俺にしか見えないのだから。

 しかし、異質な存在だからこそ、相手の空気に飲まれてはならない。飲まれたら見ている世界が変わってしまう気がする。俺はそう思った、のだが……

 「そんな警戒しなくても、想像以上に想像以下だよ。僕という存在はね」

 どうやら、自分が思っているより平静を保ててはいなかったようだ。

 「部屋の隅に落ちてたよ。ほら」

 「……ありがとう」

 愛菜はスカートのポケットからカードを取り出し、投げ渡した。得体はしれないが、俺は常識として感謝を述べる。

 「今は電子の時代だよね。カードじゃなくて、スマホを使う人が多くなってきたけれど、どうしてカードを? 状態を見たところ、ここ数年で作ったんでしょ」

 「あれもこれもスマホにしてしまうと、物事を把握できなくなるからな。アナログが良いものだってある」

 本当は理由なんてない。何となくで、ただ物として持っておきたいだけなのだが。芯のある人間に見せるべく、それっぽい理由を述べた。

 「そう……」

 素っ気ない返事。言われて俺は、むすっと眉根を寄せる。

 「…………君は嘘を吐いているね」

 「嘘?」

 突然、愛菜はそう言った。

 「どういうこと?」

 大した嘘ではなかったため、別にバレてしまっても問題はなかった。けれど、思ったよりも隙のない理由と平然とした己の態度で、なぜ気が付かれたのか気になり、俺はそう返した。

 「本当は、当たり前にあったものが失われることに、抵抗の気持ちがあったんじゃないの?」

 「え」

 その瞬間、俺はゾクっとした。

 「不変的なものはない。永久的なものもない。そう思いたくはなかったから……とか」

 図星、というわけではない。物として持っておきたい理由は自分ですら分かっていないのだから。

 しかし、心臓を剣で刺されたような痛み……というよりは恐怖? そんなものが、言葉を聞いた瞬間に自分を襲った。

 「あれれ、当たってた?」

 俺は平凡な人間だからこそ、自分よりどれだけ離れているかで変人度合いをある程度察することができるという、一種の能力があった。ただ、自分の常識が通じない、その人の思考は読みづらい、カリスマ性を感じる。こういった言語化しやすい基準もあるけれど、大体は何となくで判断しているのだが、統計上割と正確な自信はあった。

 そして、その感覚を頼りにするのなら、人生で出会った人の中で上位の変人な予感がしていた。この生徒に対して。

 「愛菜、君は……」

 「おっと、もうこんな時間か。僕もそろそろ帰らないと!」

 愛菜は、これからバイトなんだよね、と下手くそな演技で誤魔化した。ドラゴンが仕事なんて、そんなはずがない。

 俺は横を過ぎていく彼女を止めようと、肩に手を伸ばす。

 「ちょっと待……」

 「あ、そうだ」

 すると、その時。愛菜は俺を一瞥すると、ニヤリと笑って

 「君が相談に乗っている鎌取ちゃん。厨二病を患っているよ」

 そう、呟いた。

 「……え」

 ……今何て?

 「厨二病……?」

 突然のことで呆然とする俺。しかし、愛菜はお構いなしに歩いていく。真っ暗な図書室の中を。

 「幻っていうのはね。願望だったり夢だったり、叶えたいという思いから生まれるものなんだよ。本来はね」

 図書室の扉が開き、外の光が再び彼女の姿を照らした。

 「それでもって、幻は、前向きなもので、理想的なものを見るの。君の好きなサッカーの試合でもあるでしょ。ゴールではないと判断された後にゴールが認められたとしても『幻のゴール取り消し』とは言わないけれど、点数がオフサイド判定で取り消されてしまった時には『幻のゴール』と表現する」

 たらればの未来。別の世界線。そういう話か?

 「それじゃあね。君の考えの通り、またすぐ会うよ。どうせね」

 愛菜はそんな意味深なことを言って、図書室から退出した。丁寧に扉を閉めて。

 俺はハッとして、急いで彼女を追いかける。が、しかし

 「……いない」

 廊下を飛び出してみたけれど、すでに愛菜の姿は見当たらなかった。

 入り口すぐ右手には掲示板がある。そこには、おそらくは無許可であろう西園寺先生の抗議文章が掲載されていた。内容は服装の自由を妨げる校則、もしくは常識に対する反発で、手書きの文字が綺麗なだけに、妙に威圧感が醸し出していた。

 そして、その前に設置されている学習机には、目安場ならぬ相談箱が設置されていた。

 「だから何者なんだよ……。俺、モヤモヤを伸ばされるのが一番嫌いなんだけど」

 再び彼女に撒かれ、俺は誰もいない廊下で静かに不満を漏らした。


活動日報 四月○日 火曜日


 本日は会話トレーニングと銘打って活動してみたが、終わってみると、ただ雑談をしていただけだと気が付いた。しかし、これに関して悪いのは自分ではなく、悪いのは鎌取の方だと言いたい。

 いや、所謂お客さんである彼女を悪者みたいに扱うことにツッコミを入れたい気持ちも分かる。俺だって本当は悪く言いたいわけではないし、初めてのクライアントを大切にしたい思いもあるのだ。

 しかし、友人がほしいという願望を胸に相談部を頼っておきながら、鎌取は普通にコミュニケーションが取れ、友人作りにおいて、後は話し掛ける意外にすべきプロセスが残っていない状態であるのは、彼女に非があるのではないだろうか。

 出会った最初こそ変人かなと勘繰ったが、話して見れば普通の女の子だし、話だって面白い。むしろ、自分の方がつまらない人間のような気がして、偉そうなことを言っても恥をかくだけではないのかと踏み止まってしまう。

 まぁ、だから結局この短い日報で何を伝えたいのかと言うと、姫野がパソコンを忙しく叩いている間、一方自分は同級生の異性と楽しくおしゃべりをしているだけのようで罪悪感が湧いてくるので、こう文字に起こして、そんなことないと言い聞かせているわけだ。

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