第二一話:焦燥
岡村玲奈は少し後悔していた。
その後悔とは一ノ瀬晴輝のイメチェンに加担したことである。加担と言っても首謀者は私なのだけれど。
二学期初日、一ノ瀬が新しい髪型を皆に披露した日だ。ホームルームが終わり、お手洗いに行った時だった。
『ねぇねぇ、一ノ瀬のあの髪型見た?』
お手洗いの入り口に入る前に女子生徒の声が聞こえてきた。人物名を聞いて足が止まる。
口ぶりからおそらく1組の人だとわかった。
『あの小谷君といつも一緒にいる人だよね』
『そうそう。あれ、結構似合ってなかった?私、結構タイプかも』
『あー確かに。あのイメチェンは思い切ったなとは思ってたけど、ダイヤの原石だったね』
会話を聞いて、一歩ずつ後ずさる。
確かにあれは大成功だ。男の子を『かっこいい』と思ったことなんて初めてだった。
今までは皆がかっこいいと言うメンズ達はなんとも思ったことないのに。
(ダイヤの原石とか言うけど、最初に見つけたのは私なのに)
迂闊だった。自分だけではなく、他の子の評価も急激に上がった。
私以外の女子と関わりが増えれば、自分だけが知っている彼では無くなってしまう。彼が遠くに行ってしまう。
そして今日の試作会。佐藤さんが一ノ瀬にベタベタとくっついていた。
それに負けじと自分も近づこうとしたけれど、うまく距離を詰めれなかった。
一ノ瀬も一ノ瀬で満更でもない顔をしているのに腹が立ち、足を踏ん付けた。
だがそれも自分の機嫌が悪くなり、してしまったものだから謝ろうと調理室に戻ってきた。
「岡村か、脅かすなよ」
「人をお化けみたいに言わないで。私もそれ手伝う」
「あ、いいよ。もうすぐ終わるし」
一ノ瀬は再び背中を向け、お皿を数え始めた。
「・・そっか」
やはり、今日はやめとこうかなと思った時。
「5分くらいで終わるから少し待ってて」
「え?」
「ん?一緒に帰らないのか?」
また何も考えていないような顔で言われる。駅までに何人うちの生徒がいると思っているんだ。
それにこっちはそう言われるだけで、心臓が爆発寸前だ。それが逆に切なくてまたじんわりと目頭が熱くなり、俯く。
「・・ごめん、今日はママが買い物ついでに迎えにくるから」
これは嘘ではない。先ほど親から連絡が入った。一ノ瀬に帰ろうなんて言われると思わなかったから今から断ろうにももう遅かった。
「じゃあ、校門までだな」
「うん」
一ノ瀬と私は調理室の鍵を閉め、職員室に鍵を返しに行った。職員室から靴を履き替える昇降口までは少し距離がある。
本来の目的を果たさねば。
「ねぇ、いち・・」
「なぁ、岡村」
(あぁ、もう)
「なに?」
「今日、わざわざネットで調べてくれてありがとうな。助かったよ」
「別に、みんな困ってたし」
「俺も困ってたしな」とフッと笑う一ノ瀬。
その横顔を見ると目の下には微かにクマができている。おそらく、勉強の疲れと模擬店のために色々調べていたせいだろう。
クラスには馴染めていなかった印象があった。だけど、自分が発案したものには責任を持っている。
そういうところも一ノ瀬晴輝という人間なんだと感心する。
昇降口に着き、お互い靴を履き替えた。靴を見て思い出す。
「・・今日、足踏んでごめん」
「あぁ、そんなのあったな。全然大丈夫」
意外にもあっさり許しを得てしまった。
「まぁ、階段から落ちるよりだいぶマシだからな」
「え、いや、それも本当にごめん」
「ウソウソ、済んだことだし。でも、なんで機嫌が悪かったのかは知りたいかな」
核心を突く問いに言葉が出てこない。「嫉妬してたから」なんて死んでも言えない。頭が混乱する。10秒ほど経ち「え、なんで?」と追い討ちをかけられた。
「・・あんたって今好きな人とかいるの」
これもいつか確認したかった。こいつは女子に興味ない感じだから好みもわからない。この話に乗じて好みの女子のタイプを聞き出そうと玲奈は企んでいた。
「え、急になに?」
「いいから答えて」
数秒考えた後、前を向きながら一ノ瀬は答えた。
「今はいないかな」
「今は⁉︎」
一ノ瀬は一度体を震わせた。
「びっくりした。急に大きい声出すなよ」
「あ、ごめん。今はって前はいたの?いつ?だれ?どんな人?」
「待て待て、そんなに一気に答えられないから」
一ノ瀬にそう諭され、一度深呼吸をする。だが、心拍と頭の中の混乱の思考は治らなかった。
「小学校から一緒の子で、中学の時好きになった。てか、この話必要か?」
「え、その子今どこにいるの?」
一ノ瀬の余計な言葉など玲奈には届いていなかった。
「分からない。中学に入って半年くらいで親の都合で転校したから」
一ノ瀬の表情はいつもより寂しげな表情をしていた。こんな顔をしているのは初めて見る。
「今でもその子のこと好き・・なの?」
絞り出した声がいつにも増して小さく弱々しかった。それでも一ノ瀬には聞こえたようで、こう答える。
「さっき言ったろ?今は好きじゃないよ」
そう答えられるが心は穏やかでは無かった。
『もし今その子が一ノ瀬を好きだって言ったらどうするの?』なんて聞く勇気は今の岡村玲奈にはなかった。
手に持っていたスマホからバイブ音が鳴った。
「・・ママ来たみたいだから行くね」
「そっか。なんか元気ないみたいだけど、大丈夫か?」
(こいつは、鈍いのか鋭いのか分からない)
「大丈夫だよ。また来週」
「また来週」
一ノ瀬にそう手を振り、校門から少し離れた駐車場へと歩き出す。
数分歩き、母が迎えに来てくれた車に乗り込む。
「玲奈ちゃんおかえり。学校どうだった?」
「いつも通りかな」
母はいつも家に帰ると今のように『学校どうだった?』と聞いてくる。いつからと聞かれると、確か中学に入ってしばらく経ってからだったと思う。
そんな母に一つ気になったことを聞いてみる。
「ママとパパはどうやって付き合ったの?」
「んー?なになに。好きな男の子でもできた?」
バックミラー越しに母と目が合う。明らかに楽しそうな顔をしている。
「違うよ。聞いたことなかったから」
「そうだね、ママから告白して付き合うようになったんだよ」
「そうなの?」
意外だったというか想定外だった。母は他のどのお母さんよりも美人だった。その遺伝子を継いだねと何回言われたことか。
若い時の写真を見ると私なんかより遥かに可愛くて、娘の私でさえ、惚れてしまいそうになるほどだった。精神年齢は少し子供なところもあるが。
逆に父は寡黙で少し無愛想、ザ・普通といったおじさんである。母とイチャイチャしていることころなんて見たことないし、学生時代の写真でもお世辞でもモテるタイプには見えなかった。
「ママはね、パパの優しさに惹かれたの。でもね、私だけに特別優しいわけじゃなかったからそれに嫉妬して、他の子に取られたくないって思って、玉砕覚悟で告白したの」
「でも、パパってママほど顔が美形ってわけでもないよね」
「ふふ。周りからはそう思われてたみたい」
笑った時に少し細くなった目は元に戻る。視線が合い、その目からは強い意志のようなものを感じた。
「でも、自分が好きって自覚してからはそんなの関係なくて、誰よりもカッコよく見えるんだよ」
自分の心に訴えかけられているような錯覚に陥る。
「まぁ、次第に他の子もパパのこと好きになる子も出てきてたから大変だったよ」
また目が少し細くなり、思い出し笑いをする。
「それがママの初恋?」
「そうだよ。意外と初恋なんていうのはね、運命的なものじゃなくてもいいんだよ。一目惚れとかも一つの恋の形だと思うけど、気がつくと引き下がれないくらいに好きになってる。その気持ちに自分が気がつくかは別としてね」
気づいたら始まっている。この言葉にはどこか共感できる節がある。
この前は他の子が彼をカッコいいと言っているのに対し、どこか寂しい気持ちになった。今日は他の子が彼にベタベタしているのを見て、嫉妬した。
それに彼には初恋相手がいる。悔しい気持ちとその相手が気になった。どんな人なのか、どこに惹かれたのかを知りたい。そんな気持ちに駆られた。
当たり前だが、私に彼の恋愛やら人間関係に口を出す権利はない。だけど、全てを容認するほど自分に余裕がないのは今日分かった。だからその権利を得るには・・。
「なんか束縛してるみたい・・」
「ん?玲奈ちゃん何か言った?」
「ううん、なんでもない。教えてくれてありがとう」




