第十八話:後悔の過去
ここから第三章となります。
よろしくお願いします。
まだまだ厳しい残暑の中夏休みは終わり、晴輝は久々に制服に袖を通し学校の門をくぐった。
(なんかやけに見られる気がする)
久々の登校だったが、やけに人からの目線を感じる。なぜだろうか。
教室に入り、まだ出席番号順のままの席に着く。カバンを机に置き、夏休み中に苦しんだ5教科の課題を取り出す。こいつのせいで眼下のくまが何度できたことか。
(やっぱり)
教室に入ってから一段と視線を感じる。それも四方八方から。
「おい、そこは一ノ瀬晴輝っていう俺の親友の席だぞ。学年を間違えたのか?ここは3年1組だぞ」
「そうだぞ、そこのセンター分け。そこに座ることが許されるのはな・・」
(なるほどな)
「お前ら人を識別する機能死んでるのか」
それが二学期が始まって発した最初の言葉だった。
伊織と久保は同時に「え?」と瞳孔を最大限に開いて俺を見る。
「お前らの大好きな一ノ瀬晴輝だ」
このバカ2人は瞳孔だけじゃなく、最大限に口腔内も見せてくる。
「えぇーー‼︎」
何年振りかの自己紹介をした後、驚愕の声がクラス中から聞こえてくる。どうやら俺を下級生と思っていたのはこの2人だけではなかったようだ。
「え、ちょ、マジで一ノ瀬か?あのもっさり一瀬じゃなくなってる」
「俺の・・、俺の晴が・・。俺の晴が変わってしまったぁ!」
「うるさいなお前ら・・」
そんなに似合ってないのだろうか。あいつには似合っていると言われ、半ば強制的だが髪を切ってよかったと思っている。
「ねぇねぇ、一ノ瀬君!イメチェン?すごく似合ってるよ!」
伊織たちに呆れていると右側から女子の声が聞こえてきた。首を45度回転させる。
(え、だれ?)
ボブカットと言うのだろうか、サラサラの髪が肩につかない程の長さで奥二重の澄んだ瞳をしている。俺の知っている、ロングヘアの女子3人衆の誰とも違う。
「誰?って顔しないでよ。私は佐藤絢音。2年の時から同じクラスなのにひどいよー」
佐藤は両頬を膨らませて、不満げな表情をしている。
「あぁ、ごめん」
「でも、本当にその髪型似合ってるね。かっこいい!」
5秒前とは打って変わって、太陽のような笑顔で褒められる。今まで生きてきてかっこいいなんて言われたことがない。
「なに鼻の下伸ばしてんのよ」
次は後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(なんだろう、この背後から感じる殺気は)
「お、おはよう岡村」
「おはよう一ノ瀬。その髪、割と似合ってるじゃん」
この白状者。だが、久保や他の人の前で二人でどこかに行ってたなんて知られたら、さっきより大騒ぎになりかねない。
「あぁ、ありがとう」
「一ノ瀬君、そっちの方がいいよ。じゃあ、私も課題の準備しなきゃだから席に戻るね」
佐藤は手を振り、自分の席へと戻っていった。
それに続いて伊織たちも「じゃあ俺もー」と自分達の席へと戻った。
それから15分ほど立ち、約1ヶ月ぶりに3年1組のメンバー全員が揃った。
担任教師のホームルームが行われ、夏休みの課題が回収される。
「みんな早速だが、二学期は文化祭がある。ちょうど今から1ヶ月半後だな。そこでクラスの出し物をみんなで決めて欲しいんだ。3年生は模擬店が多いな」
担任がそう言い、クラスが少し騒つく。「楽しみ!」とワクワクを募らせる者、「面倒だな」と愚痴をこぼす者、「部活があるから参加できない」と悲観する者と様々だ。
北神高校の文化祭、通称『北高祭』。この文化祭は利益や学習を主に目的としておらず、クラスが一丸となり生徒主体で文化祭を作り上げることがコンセプトとなっている。
そのため、教師陣は展示物の制作段階や模擬店の調理段階にはほとんど口を挟まない。
だが、それでも生徒たちは黒字を目指し利益を挙げたいと思っている人が大半を占める。予算を教師から言い渡され、その中で自分達のベストを尽くし、北高祭が作り上げられる。
「俺はやっぱり、模擬店で億万長者になりたい!」
久保が起立をし、まだ決まってもいない模擬店での目標を上げた。
「生徒には給料は出ないぞー」と担任にたしなめられる。
「でも、高校最後はやっぱり模擬店じゃね?」と発言力のある伊織がそう言う。
「私も賛成―」と当然ではあるが、その彼女の伊藤未来が言う。
「みんなは模擬店でいいか?」
担任教師はクラスを見渡し、確認をする。
「異論がないみたいなので3年1組の出し物は模擬店とします。なんの料理を作るかは今週中に決めといてください。では、解散」
意外にもあっさりと決まった。
高校最後だからと揉めると思っていたが、伊織と久保のリーダー性のおかげかもしれない。
「じゃあ、木曜くらいには何を作りたいか各々考えてきてくださーい」
伊織の最後の一言で、その日のホームルームは終了した。
皆がお手洗いや雑談を始める中、伊織が近づいてくる。
「晴、ちょっといいか。話したいことがある」
「え、おう」
このパターンは経験済みだが、前回とはどこか違う気がする。
学校が始まったばかりのため、生徒たちがそこら中にいる。そのため俺と伊織は屋上へと向かった。
階段を登っている時、伊織は一言も話さなかった。
屋上へと繋がるドアを開け、朝の日差しを浴びる。
日差しの力は健在ではあるが学校の最上階にまで行くと体感的には涼しく感じる。
転落防止の策に手を置き、伊織は俺の顔を見ずにこう言った。
「晴はさ、岡村さんと付き合ってるの?」
「は?どういう思考をすればそうなるんだよ」
別に驚きはしなかった。どうせ、夏休み明けでも挨拶をされたからという理由だろう。
「いや、プールが終わった後、岡村さんをバイクに乗っけてたじゃん」
さっきとは立場が逆転し、目を見開いて驚いた。
「え、は?なんでお前それ・・」
「やっぱりあれは岡村さんだよな。未来を送った後、帰ってきたら聞いたことあるエンジン音が聞こえたから見にいったら華奢な女子を乗せてたから」
まずい、かなりまずい。岡村に迷惑がかかるからと伊織にも黙っていた。
だが、見られていたらもう言い逃れはできない。
「・・それは認めるよ。だけど、付き合ってない」
「そっか。久保の好きなやつ、知ってるよな」
「うっ・・」
そう言われ、一気に罪悪感が押し寄せる。久保は岡村に少なからず好意を寄せている。
「あいつ、晴たちの関係には嫉妬してたよ。晴にはもう相談できないかもって。でも、『だからと言って一ノ瀬との関係は変わらない』って言ってたけど」
久保は優しすぎる。俺は久保の好きな人を知っていた上で、岡村と別れ際に約束を交わした。
自分の意地汚さに嫌気が差す。自分の醜さが憎くなる。伊織もそのことで俺を呼び出したんだろう。失望されたかもしれない。
「正直、岡村さんが晴に関わりにいってる感じなのは分かる。晴は岡村さんのこと好きなのか」
「え・・」
『一ノ瀬君は玲奈が好きなんだと思ってたけど?』
プールで岡島に言われたことを思い出す。
俺が岡村を好き・・?確かに可愛いとは思う。笑顔も可愛い。たまには優しいところもある。機嫌が悪いとすぐに顔に出すし、泣き虫だし、ほっとけない気持ちが強い。そうだ、きっとそうだ。
「・・好きじゃない」
そう言った後、初めて伊織の表情が曇った。
「晴、今嘘ついたろ」
「え、うそ?ついてないけど」
「いや、ついたな。根拠はないけど。晴は俺にほとんど嘘はつかない。言いたくないことはそもそも話に持ち出さないからだ」
普段はおちゃらけている伊織がいつにも増して真剣な面持ちだ。
「根拠はないってどういうことだよ」
「根拠はないけど、たまに『あ、こいつ嘘ついたな』って分かる時がある。中1の10月だ。晴はあの時も同じだった」
「中1の10月・・」
反射的に記憶を遡る。遡り、あるひとつの出来事を思い出した。いや、そのひとつしかなかった。
「そうだ。あの時、自分に嘘をついて後悔したこと忘れたのか?」
「・・・」
「久保のことはあまり考えるな。晴は優しいから土壇場で判断に迷う。久保も気を遣われるのは癪だろうから考えるな」
伊織は晴輝の肩に手を置き、こう続ける。
「晴が後悔しない選択をするなら構わない。けど、変なプライドを持って好きじゃないとか久保を理由に言い訳するなら俺は怒るぞ。あの時、散々泣いたのを思いだせ」
力強い伊織の眼光が眩しい。目線を逸らす。
「・・わかった。ちゃんと考える」
「おう。じゃあ先戻ってる」
伊織はそう言い、この場を後にした。一人の時間を与えてくれたのだろう。
「俺が岡村をか」
なぜあの時、彼女を送り届けた時、これからも一緒に帰ろうと言ったかは正直わからない。でも、この関係が終わってしまうのを拒みたかった。
でも、あいつは俺を友達としか見ていない。しかも、あの岡村だ。初恋はまだでも、理想は高いに決まっている。俺の手が届く相手じゃない。
『あの時、自分に嘘をついて後悔したこと忘れたのか?』
ある出来事を思い出し、胸が締め付けられる。
皆の初恋は何歳の時だろうか。俺は小学校の時だったらしい。だけど、それに気づくのに何年も時間を要し、俺はその大切なものを失った。自分の気持ちに気づいた時には何もかもが遅すぎた。
「ちなつ・・」
晴輝は無意識に初恋の相手の名を呟いていた。




