第十三話:カミングアウト
「伊織、未来の水着どう?かわいい?」
伊織の彼女の伊藤未来がこれ見よがしに自分の水着を彼氏に見せつけていた。
「未来可愛いよ!新調してよかったね!」
その彼氏はテンションが上がりきっているのか、他の客なんかそっちのけで写真を何枚もとっていた。
あのカップルの空間だけ、異界と化していた。
「ふむふむ。一ノ瀬は女子連中の水着いや、ボディーはどう思う?」
なんだそのキモい質問はと思ったが、やはり男としては異性の水着という物には本能的に目が行ってしまうものだ。
スクールカーストの上位に位置する女子3人なだけあって、プロポーションはこのプール広場では群を抜いていた。
「みんなビキニはやっぱり大人の体って感じだよな」
「お前今日の目的、ほとんどそれだろ」
「これも含まれてるだけだ。目的はさっき言った通りだ。んじゃあな!」
久保は意気揚々に「岡村さん、ウォータースライダー行こー」と誘いに行った。
その時、岡村と目があった気がしたが、あれよあれよとコミュ力王の久保に連れて行かれた。
「一ノ瀬君、ちょっといい?」
そう言ってきたのは岡島千尋。彼女もまた美人の一人で、この3人の中じゃ大人しいイメージがあり、どこか見守ってくれるお姉さんのような人だ。
そんな彼女と初めて話した。
「あぁ、いいよ」
「ここ座ろ」
そう岡島は横においでとプールサイドをとんと叩いた。
よいしょとその横に晴輝も腰を下ろす。
「私、泳げないんだ」
「そうなの?」
急なカミングアウトに驚いた。
「うん、小さい頃から水が怖いんだ」
「そうなんだ」
じゃあなんで今日きたの?と言いかけたが、どうしても角が立つ問いになると思い、やめておいた。
「あ、今『なんで今日来たんだこいつ』って思ったでしょ。分かりやすいね」
「うっ・・」
どうやら岡島にはお見通しのようだ。
「でも、来たかったんだ」
「どうして?」
一息おいて岡島が続ける。
「私、久保君のことが好きなの」
「えっ⁉︎」
「良い反応するね。まあ、誰にも言ってなかったしね。君は口が硬そうだから言ってみた」
岡島に謎の信頼を置かれていたらしい。
それより久保が好きって。急にそんなことを言われても困る。驚きを隠せない。だけどあいつは・・。
「でもね、久保君は玲奈が好きなの」
「・・なんでそう思うの?」
「人から聞いたわけじゃないけど、久保君を見ていれば分かる。好きだったから無意識にその人を目で追っちゃって、ずっと見ちゃうから大体久保君が何を思っているか分かるんだ」
少し悲しい表情をする岡島に、胸が苦しくなった。
確かに久保は岡村を狙っている。『好き』という言葉は出てこなかったけど、俺にあんなことを確認するくらいだ。あいつなりに本気なのだろう。
「そうなんだ・・」
「で、一ノ瀬君は好きな人が他の男子に取られてるけどいいの?」
「え、どういうこと」
急に話題が切り替わったことにまた驚く。
「玲奈。一ノ瀬君は玲奈が好きなんだと思ってたけど?」
「え、ないよ。確かに可愛いとは思うけど・・」
「それだけ?私、見る目はあると思うんだけどな。てか、玲奈が学校で話してる男子って君だけじゃん。あの子にしては珍しいんだよね」
「ただ挨拶されてるだけだよ」
「じゃあ、玲奈が何で挨拶するかわかる?」
明らかに岡島は楽しんでる。ついさっきまで暗い話をしていたやつとは思えない。
理由は保健室の時の一件だろうとは思っていた。でも、あのことは誰にも話してないって言ってたし・・。
「さぁ、何でだろな」
「まだまだ玲奈のこと分かってないなー。あ、噂をすれば来たよ」
そう言われ、岡島がいる反対の方に目を向けると、岡村がなぜか不服そうな顔をして話しかけてきた。
「ねぇ、そこで何イチャイチャしてんの?」
「別に何も。岡島さんが泳げないらしいからここで話してただけだ。何ヤキモチ焼いてんだよ」
「バッッ!そんなんじゃ・・」
岡村が急に声を荒らげかけた。どうやら図星だったようだ。
「はい、岡島さんは岡村に返しますよ」
「玲奈、私が取られて嫉妬してたのー?可愛いなー」
「・・もう、泳げなくても流れるプールなら大丈夫でしょ。行こ」
悔しそうな顔をしてから岡島を浅い流れるプールへと連行していった。
「全然岡村さんと仲良くなれねーよ」
久保はお疲れの様子で昼ごはんの焼きそばを啜っていた。
「岡村さんさ、ウォータースライダーに並んでる時とかずっと『みんなどこだろう』って。俺は眼中にないっていうか、ショックだなー。で、終わったらすぐに岡島さんのところ行くし。はぁ・・」
コミュ力王の久保がここまでダメージを食らうとは晴輝も意外だった。
ウォータースライダーの後も何度か「岡村さーん」と呼んでいた久保だが、その都度「みんなと泳ごうよ」と言われたらしい。
「岡村さんを諦めるつもりはないけど、今日はプールを楽しもっかな。男同士の思い出も大切だよな」
「そうだぞ。俺を何回も一人にしやがって。でも、俺らには裏切り者がいるけどな」
「あぁ」
晴輝たちの後ろで伊織カップルが唐揚げを食べて・・いや、食べさせ合っていた」
「未来、アーン」
「んー!美味しい!」
朝からずっと2人の世界に入りっぱなしだ。
無数の視線がこのカップルに集まっているのを晴輝と久保は勘づいた。
「うわ、こわ。みんな思ってることは一緒みたいだな一ノ瀬」
「あぁ、そして俺らも思ってることだ」
リア充なんか爆発してしまえと言う目線をよそに「伊織、お返し」とまたアーンを始め出した。
「そうだ、俺もご飯買いに行かないと」
「まだだったのか。今昼時で、どこも結構並ぶぞ?」
晴輝たちがいる屋内の飲食スペースを囲むようにたくさんの出店が並んでいる。
夏祭りのように出店は繁盛していた。夏休み最後の日曜日、やはり親子連れが多いように思える。
「マジで多いじゃん。自販機で飲み物だけにしようかな」
久保の焼きそばもほとんど残ってないため、最後の一口を頂戴とは言えなかった。
「ちょっと俺、飲み物でも買ってくるわ」
人があまり並んでいなかった自動販売機でお茶を買った晴輝は人混みを避けながら久保たちがいる飲食スペースに戻ろうとしていた。
「あれ、一ノ瀬君ご飯食べたの?」
横から名前を呼ばれ、そちらに目を向ける。お手洗いに行っていた岡村と岡島に遭遇した。
「あ、いや。並ぶのも時間かかるし、もういいかなって」
「そんなんじゃ体力持たないでしょ」と岡村に突っ込まれた。
当の女子二人は、プールに来る前に寄ったコンビニのおにぎりをお昼ご飯としたらしい。
「今から一緒に並んであげるから買いに行こ」
岡村はそう言い、晴輝に手招きをする。
えっと晴輝は戸惑った。気を遣ってくれるのはありがたいが今行ったらなんかまずい気がする。
「いいね、それ。私は久保君のところに戻っとくからさ、2人で行ってきなよ」
岡島はにたにたしながら言ってくる。さっき否定した話を信じていない様子だ。
午前中は久保と2人でいるか、たまに1人になるのを繰り返していた。実質、岡村と話すのは今日はこれが初めてだ。
列に並ぶのを誘ってくれている本人は、「なに行かないの?」と大きい瞳で訴えてくる。
「・・じゃあ、お願いします」




