第十二話:夏の準備
「で、玲奈。今日はどうして私を呼び出したの?」
岡島千尋は先ほど注文したアイスコーヒーを一口飲んでからそう問いかけてきた。
「千尋も週末のプール行くんでしょ?だから、その・・水着を一緒に選ぼうかなって」
「んー?一緒にって、私は水着買わなくても去年のあるよ。『明日、買い物付き合ってほしい』としかライン来てないよ?」
「それは・・」
千尋は俯いている玲奈の顔を覗き込む。
「可愛い水着、選んで欲しいんでしょ?」
千尋はニヤニヤしながらそう続けた。
この子はいつも人の心を見透かしているように思える。恥ずかしいことも悩んでいることなど、全部千尋に見抜かれている気がする。その都度、今みたいに笑いながらこちらを伺ってくる。
「・・去年の水着が入らなくなったし、せっかくみんなで行くから可愛いのがいいなと思って」
「みんなでねー。気になる男の子でもいたりする?」
「そんなんじゃないから。コーヒー飲んで早く行こ」
集合場所にしていた喫茶店を出て、駅前にあるセンター街へと向かった。
平日とはいえ、学生は夏休みだ。センター街は若者でいっぱいだった。
センター街を100メートル程歩いた所に目当ての店に着いた。
千尋と共にビキニを物色していた。
「玲奈、こんなのどう?」
「それ、ほとんど隠せてないじゃん。ダメ」
「ダメかー。これだと男の子はイチコロだと思うけどなー」
またさっきのことかと呆れる。
「だから、そんなんじゃないってば」
「ごめんごめん。でも今回のメンバー、謎メンだよね」
「そう?」
「謎だよ。私とか話したことない男子ばっかりだし」
玲奈は「あー」と相槌を打つ
「確かにね。私もあんまりないかな」
「女子のグループと男子のグループで遊ぶって、なんか合コンみたいだね」
千尋はそう言い、いつも見たくニコニコ笑う。
「でも玲奈は一ノ瀬君と仲良いんじゃないの?」
その男子の名前を聞いて一瞬、胸の鼓動が早くなった。
「え、何でそうなるの」
自分の焦燥を隠すのに必死だった。
(予備校の帰りのことがバレた⁉︎)
いや、そんなはずはない。千尋なら見つけ次第、声をかけてくるはずだ。
「いや、玲奈は男子を自分から遠ざけてる感じが前からあったのに、最近は無くなった感じがするんだよねー。一ノ瀬君を筆頭に」
千尋は口に手を当て探偵の如く思考を巡らせていた。「合ってる?」とこちらに解を求めてくる。
最悪の予想は外れていたようで、少し安心した。
だが、千尋には敵わない気がする。観察眼というか勘が鋭敏すぎる。
「最近、ちょっと話すようになっただけだよ。本当にそれだけ。ラインも知らないし」
どこか腑に落ちなそうな千尋をよそに本来の目的のものを探す。
「千尋、こんなのどう?可愛いと思うんだけど」
自分が選んだ物を千尋に見せる。
千尋は意外にも即答で返事を返してきた。
「確かに可愛いけど、シンプルすぎて味気ないなー」
ふーんと自分が手に取ったビキニと再度目を合わせる。
値段は予算を少し超えるが、シンプルなものが好みの玲奈にとっては惹かれるものがあった。判断基準はもうひとつあった。
(あいつはこういうの好きかな)
午後3時を回ったところで帰宅した玲奈は誰もいないリビングのソファーに体を預けるように横になった。
結局、今日の買い物は自分が手に取ったものをすぐに購入した。千尋には「何のために私を連れてきたのだ」と言われたが、一人でビキニを選ぶ勇気もなかったし、客観的な意見が欲しかったのが1番の理由だった。
今日、名前の上がった男子のことをクッションを抱いて玲奈は思い返していた。
彼(一ノ瀬)は恩人に等しいクラスメイト。陰キャかと思ってたら、男らしいところもあって、意外な一面を見れた勉強合宿だった。
期末テストが終わったあの日、自分の愚行で彼を危ない目に遭わせてしまった。大事に至らなくて良かったと本当に思う。
彼は私が誰にも話せなかった悩みに対して、『岡村は優しい』『自分を褒めてやれ』と予想外の返答をされた。
百歩譲って『恋愛は付き合わないと分からない』とかアドバイスをするのならまだ理解できるが、自分の悩み自体を肯定されるとは思わなかった。
だけど、否定されたことが一つだけあった。
『好きにならない人』が好きなんじゃない。『好きになった人』が好きなんだよ。
そう言われた後、彼のことが直視できなかった。
『恋は盲目』という言葉がある。
その言葉の意味は「恋に落ちてしまえば理性や常識を失ってしまうということ」と、ググったら出てきた。
決して自分が理性を失い、彼のことしか考えられなくなった訳ではない。おそらく自分に対して見返りなどを求めず、優しくしてくれる彼の人間性を尊敬しただけだと思う。
そんな彼と学校以外で話す機会を作ることができた。
あそこなら誰にも邪魔されないし、騒がれない。
『デート』とまでは言えないにしろ、自分の悩み事を唯一知っている彼といるとどこか落ち着くことができる。
そう、自分は彼に癒しを求めているのだと思う。気を遣わずに隣にいられる存在なのだろう。
けれど、一ノ瀬といると平常心でいられない時がある。
合宿の時に言われた、「岡村みたいなやつはナンパされるから」と保健室の時と駅で言われた「かわいい」という言葉。
本当に思っているんだろうかと突っ込みたくなるくらい、平然とした顔で言ってくる。
一ノ瀬にとって「かわいい」の部類に自分は入っているみたいだが、その割には距離を縮める気配すらない。
こちらだけ、ドキッとさせられるのは負けた感じがして悔しい。
玲奈はクッションに顔を埋める。彼に言われた言葉を何度も思い出し、顔から耳にかけて熱くなる感覚に襲われていた。
男女6人でプールに行く日の朝。伊織と共に最寄駅から電車で行くことを前日にラインが来ていた。
「眠たい」
晴輝はそうため息をついた。
昨晩は中々眠れなかった。
楽しみだったとかそんな理由ではない。逆に不安の方が大きいことが寝不足の原因だと確信していた。
男女6人、1組はカップルとしても異性と同じ人数で遊びに行った経験なんか一度もない。
どう立ち回ればいいかも皆目分からない。
嬉しくないわけではないが、ヘマをしでかさないようにだけ気をつけようと夜中の3時に決意し、眠りについた。
準備が一通り済み、今日の天気予報をテレビで確認していた。どうやら今日は猛暑日を記録するようで、まさにプール日和だ。
そう思っていたら、右ポケットの中からバイブ音がなっているのに気がついた。
嫌な予感がする。
駅前集合の時間から逆算し、部屋の掛時計を見上げる。
スマホを取り出し、液晶を確認する。予想通りの相手の名前が表示されており、一つため息を吐いてから液晶の青色のボタンを押した。
「そろそろガソリン切れるから、ガソリン代を伊織と割り勘ならいいぞ」
『それで手を打ちましょう』
「よし!全員いるな。じゃあ、今から更衣室で着替えてエントランスで集合ということで、解散!」
久保は人一倍テンションが高かった。
そのテンションのまま点呼を行い、仕切り役にかって出た。
そのテンションに当てられながら、晴輝たちは男子更衣室へと向かった。
今日来たこのプールは県内にあるトイ王国。トイは『おもちゃ』という意味を持つため、子供向けのプールがある。
その一方で水深5メートルのプールに、高さ7メートルから飛び込む『勇者の滝』や螺旋状のコースを滑るウォータースライダーがあったり、子供だけでなく、大人やカップルなどにも人気である。
晴輝たち男子一行は更衣室で水着に着替えていた。
「お前らには本当に感謝してるよ。ずっと勉強だったけど、こんなご褒美があったから俺はこの1週間頑張ってこれた」
相変わらずテンションの高い久保に対して伊織が答える。
「やっぱり夏はパッーと遊ばないとな。しかもあの女子メンツ。君たち、頑張ってくれたまえ」
「頑張るって何をだよ」
「そんなの決まってんだろ一ノ瀬。俺は今日、岡村さんと仲良くなるんだよ。一ノ瀬は元々仲良いし、小谷は彼女がいるし、お前らはエンジョイしてるんだから俺も高校最後の夏くらい、女子と遊びたいよ」
久保は声高らかに今日の目標を晴輝たちに告げた。
「俺、そんなに仲良くないんだけど」
「挨拶されてるじゃん。あ、一ノ瀬。ここで一つ、はっきりしたいんだけどいいか?」
「なに?」
久保は少し真剣な面持ちで問いかけた。
「一ノ瀬は岡村さんのこと、異性として好きか?」
(えっ・・)
「・・いや、普通のクラスメイトだと思ってる」
「よかったー。俺、岡村さんのことワンチャンって思ってるからさ、一ノ瀬がもしそうだったらどうしようかと思ったよ」
久保はそう言い、「先行ってるぞー」と颯爽とプールの入り口に一足早く行ってしまった。
晴輝は久保からの問いに否定をしてしまったが、少しモヤモヤとする感情が心の中に芽生えていた。
——久保と岡村がもしかしたら付き合うのかもしれないのか。
岡村の恋愛事情を知っている晴輝からすると、久保が付き合えるかはほぼ岡村次第と言ったところだ。
だが、久保は人望もあり、みんなから頼られるお兄さん的存在だ。少しチャラいところもあるが、それがまた良いと女子からも好評だ。少なくとも俺よりは可能性がある。
(あれ、なんで俺と久保を比べてるんだろ)
「晴、どうした?早くみんなの水着見に行こうぜ」
伊織がこちらに手振って着替えを急かされた。
「うん、すぐ行く」
いかがだったでしょうか。テスト明けの久々の投稿でしたが、これからもよろしくお願いします。




