第3話 「モノトーンの街」(その1)
昭和59年9月23日日曜日、弘明は芙蓉貿易ロンドン支店の古賀に出迎えられ、言われるまま車に乗った。
古賀は弘明よりニ三歳年長で、2年前まで神戸にいたらしい。なにしろ二百名を超える支社だけに初対面だったが、他人行儀な男ではなく何事もざっくばらんだった。
「前野からなんか言ってきたが、いったい何やったんや」
日本の中古車を運転しながら、そう言う古賀は朗らかで、どこか兄貴の様な接し方に弘明はほっとしていた。
「どうも……すみません」
「あほか、俺に謝ってどうする。お前が悪いんか?」
古賀の関西弁に、弘明は絆される思いだった。
「まあ今日は日曜や、今夜はうちでゆっくりせえ――」
そう言うと古賀は黙った。それ以上何も聞かなかった。
古賀の自宅は郊外の丘の中腹にあり、日本と左程変わらない住宅街で、モノトーンの近代的な家だった。
駐車場から荷物を手に階段を上がると、玄関から物静かな夫人が現れた。
その後ろから、「私は人見知り」と言わんばかりの女の子が覗いていた。
どう接して良いのか分からないまま、弘明は挨拶もそこそこに中へ入った。
古賀に言われるまま2階の部屋に上がり、そこで荷を解いていると、再び階下から声が掛かり応接へ通された。
部屋は思ったより広い作りで、余裕のあるソファースペースから対面のダイニングスペースへ繋がり、奥のガラス戸を通して庭が見えた。どこか鰻の寝床式だったが、狭く感じることはない。ただどこか薄ら寒かった。
「これから買物に行くんで、お前、留守番頼むわ」
古賀はそう言うと、奥さんと子供を伴って慌ただしく出ていった。
やはりお邪魔ではないのかと、一応弘明も気が引けたが、何か言える様な立場ではなかった。
ソファーに座って手持ち無沙汰に待つ弘明は、ふと庭が気になって奥へ行った。まわりはどこまでも白黒の世界なのだが、なぜか近眼の目に紅一点が映っていた。
なんやあれは……と、ガラス戸に近づいてみると、真っ白な背景の中に暗い緑の芝生、その中に一本、ぽつんと木が立っていた。
一枚の葉もない木は枯れているのかとも思ったが、それは違った。
折れ曲がった小枝の先に赤く丸い物がついていた。
いやそれはぶら下がっていた。
(えっ……まさかリンゴか)
と一瞬疑ったが、それはまごうことのない林檎が1個、生っていた。