第2話 (その2)
高層ビルの広い1階ロビーから外へ出ると、弘明は冷や汗の浮かんだ額に風を感じた。ふと振り返ると摩天楼の狭間の向こうに、セントラルパークの森が見えた。
(ああ、ここはニューヨークなのか)
と、まるで自分が場違いの所にいる様な気がして、どっと疲れを覚えた。
そんな弘明にトミーが声を掛けてきた。
「君は良く闘った、この事は私からロンドンへ報告する」
そう言われても弘明には意味が分からない。
「この会社は、なんの会社ですか?」
と聞くのが、その時の弘明には精一杯だった。
「コンテナを落とした船の荷主だ。君が会ったセングプタは、彼らのコンサルタントだと思うよ」
そこまで聞いても、弘明には理解出来なかった。
「それで……トミー、君は?」
「私はA&Bから指示を受けて、君が荷主側と会ってどんな話をするのか、同席するように言われてね」
「A&Bって……ロンドンの船主ですよね」
「ああ来週君はロンドンだろ、Good luck!」
そう言うとトミーは弘明に握手を求めて、いかにもインテリ風の風貌に笑みを浮かべた。まだ色々聞きたいことがある弘明だったが言葉にならず、踵を返したトミーは歩道を行く多様な人の群れの中へ消えて行った。
一人取り残された弘明は己の愚かさに苛まれた。激しく往来する群れの中で、ポカンとしたまま心の拠り所を失っていた。
なぜセングプタに写真を見せてしまったのか、なぜ彼は言ってくれなかったのか、恩人への複雑な気持ちさえ、どこか別世界のことの様だった。
人込みに紛れて弘明は下町の芙蓉の事務所まで歩いた。
呆然自失だったのだろう、電話中だった支店長に頭だけ下げて出張者用の机に座った。元々支店長と前野、そして現地秘書だけの小所帯、幸い支店長しかいなかった。
もらった名刺を机の上に広げて見つめていた弘明は、背後のパントリーから出て来た前野に気付かなかった。
「なんだ、君は弁護士と会っていたのか」
突然背後で素っ頓狂な声がして、弘明は震えあがった。
たが前野の発した一言で、弘明のモヤモヤは消えた。
(弁護士……ああCounselって弁護士のことか)
だがその瞬間、弘明は改めて自分の失態に愕然とした。
(俺はなんということをしてしまったのか)
弘明の思いをよそに、支店長に言い募る前野がいた。
(つづく)