第2話「ロンドン」(その1)
ニューヨークからロンドンまでは7時間ほど掛かる。JFKを飛び立ったあと揺れが酷く、それでなくとも狭い3人掛けの中央の席で弘明は、汗に濡れたシャツが渇く間もなく、低すぎる機内の空調に震えていた。
両側の肘掛はそれぞれ隣の客に占拠され、仕方なく重いバックを胸に抱いたまま、目を閉じて耐えていた。だがいくら眠ろうとしても、セングプタに乞われて訪ねた会社の面談が忘れられず、熱に魘される様に心が騒いだ。
弘明が訪ねた会社は、セントラルパーク近くの高層ビルに入っていた。
なにしろセングプタの紹介であっただけに、粋がる弘明は一人で訪ねた。NY支店の前野は初手から冷たく、支店長も別件があって同道しなかった。
地図を頼りに指定のビルへ入ると、ロビーにいた一人の男から、
「Are you Mr. Yamaoka?」
と声を掛けられた。
もちろん名乗り合って名刺交換して、相手は「トミーと呼んでくれ」と言うので、互いにファーストネームで呼び合おうと、それは親しげな会話で始まったのだった。
トミーに先導されるまま弘明はエレベーターで14階へ上がり、広い廊下を通って無機質な会議室へ通された。
そこへ男が二人、トミーとは真逆の表情で現れた。
そこでも名刺交換をしたのだが、弘明は良く見もせずに営業トークを始めた。会社紹介から始まって一通りプレゼンを済ませると、後から来た二人の内の一人からセングプタに見せた写真を出す様に言われた。
「これはコンテナを落とした船の……」
と、弘明が言い掛けると、それを打ち消す様に言った。
「君が担当したのか?」
そう言う相手の表情が強張っていて、その時弘明は、俺の営業トークが通じない……と、正直焦ったのだった。
即座に否定した弘明に、相手は質問を変えた。
「前の担当者は誰だ」
と聞くので、
「会社を辞めた」
と答えると、
「なぜ辞めた?」
と、まるで詰問調になった。
二人は交互に退職した社員のことをしつこく聞く。
それを皮切りに、情実ともいえる質問を繰り返すのだった。
面談は二時間に及び、その間決して笑みを見せず、冗談もなく、何も得るもののない会話が延々と続いた。
(何かおかしい、いったいこの会社は何なんや)
と弘明が思う頃、トミーが会議を打ち切った。
なぜかそれまで彼は一言も口を挟まなかったにもかかわらず。
(つづく)