第1話 (その4)
他の客と共にイミグレへ走り、上着からパスポートを出すのがもどかしく、なんとかカウンターへ置くと、目にも止まらぬ速さでポンポンと税関はスタンプを押した。思わず厳めしい白人職員の顔を見たが、何も言わない。
(案ずるよりも産むが易し)と、変なことを思い起こしながら、弘明は荷を担ぎ直し待合室を駆け抜けた。
そのままボーディングブリッジへ向かったが、いかにも両手の荷が重く、一度止まって担ぎ直した。もう弘明の上着の中は蒸し風呂で、背中といわず鳩尾といわず汗が流れ出していた。
気がつけば最後の客になったらしく、外に開いたドアの前でスチワーデスがカムカムと手を振る。そしてスレンダーな体でドアハンドルを抑えながら、閉めるよと言わんばかりに股を開いて踏ん張った。
思わぬ姿態に、(良い女やなあ)と思いながら、サンクスと伝法な物言いをした弘明は、どっと機内に飛び込んだ。
息を切らして中へ入ると、ドーンと後ろでドアが閉まる。
出迎えたスチワーデスが、無言で客室を指差した。
ふっと奥を見ると、薄暗い中で蠢く乗客の目・目・目、居並ぶその数に圧倒されて、弘明は思わず目を逸らした。
(なんや、俺のせいやないで)
と叫びたい思いを込めて、ゼイゼイと肩で息を継ぐしかなかった。
意気消沈したままバックを下ろし狭い通路を行くと、3人掛けの中の席が一つ空いていた。ここか?とばかりに後ろを振り向くと、さっきドアを閉めたスチワーデスの笑顔があった。
仕方なく顔を歪めて笑顔を返すと、一度両手の荷を床に降ろした。背を伸ばして頭上のロッカーを開けようとしたが、パチッとロックを外した途端、ドッと中の荷物が崩れ出し、慌ててそのまま締め直す始末。
後ろのロッカーも当たってみたが、以下同様。気がつけば機体が動き出していて、乗務員用の椅子に座ったスチワーデスが腰を上げて、弘明に向かって無言の圧力を掛けていた。
もう最後の手段、先にバックを一つ、自分の席の足元に放り込むと、片方を両手で抱いて通路側に座る男にエクスキューズミーと断って、なんとか席に座り込んだ。
汗を拭く暇もなくシートベルトを締めた瞬間、ドドドド――と機体が動き出すと、冷たい背にGが掛かった。
一度上がった息は治まらず、額の汗が目に入り、それでも体を動かすことは出来なかった。グワーと機体が飛び上がった途端、やっとほっと一息つく弘明だった。
(第2話へつづく)
第2話へ、明日につづきます。
よろしくお願いします。船木