第1話 (その3)
不安を抱いたまま空港に着いた弘明だったが、チェックインは遅々として進まなかった。壁の時計が1時間近く経っても前は詰まったまま。行列の中から罵声が上がり、前の黒人女性が指差しながらまた振り返って言った。
「ほら見てみなさい、あのF●×▽◇な連中――」
彼女の指す方を見ると、カウンターの奥で椅子に座ったまま話し込む男女、完全に客を無視していた。これがアメリカの自由なのかと、抑えきれない感情の中で弘明は、富双造船時代の組合を思い出していた。
春になれば職場放棄して事務所の廊下を占拠すると、設計など非組合員を目の仇に、会社に団交を迫った。
会社倒産後、確かに会社を守ったのは組合だった。以後弘明も執行部へ入り、赤い鉢巻きをして市町村へ陳情に出向いたりした。
だが5年後、会社は破産した。
確かに組合のお陰で給与は上がった。
だが肝心の競争力と生産性が失われたのは否めない。もし組合がなかったら、全員で船を造ることに集中したらと考えると、今更ながら悔やまれる。
ただ一社員でしかなかった弘明に、いったい何が出来たのかと思うと虚しいばかりだった。
複雑な感情に苛まれる弘明は、ふと壁の電光掲示盤に目が行くと、否が応でも現実に引き戻された。
自分の乗るべきフライトのランプが赤く点滅していた。
もう時間がない。
だが前に5組、後ろに2組、まだ行列は消えていない。一人の客が文句を言うと、数人が詰めかけ怒鳴り始める。だが中の二人はどこまでも無視。
と、そんな時だった。
バックを運ぶコンベアベルトの奥からスーツ姿の男が現れた。
何か言いながら荷物を捌き始める。椅子に座る二人に何か言うと、すぐ客に向かってチケットらしきものを配り始めた。待ちくたびれた客は奪うように札を取り、半券を荷物に貼り奥へ進む。
「自分で荷物を持てる人は、すぐに走れ!」
男が叫ぶ。
一瞬出遅れた弘明はその声に、胴長短足の長身を伸ばして群がる客に混じり、自分の名を叫んだ。
「ヒロアキ、ヤマオカ――」
母音の多い名が奏功したのか、男は一枚のチケットを摘まみ出し、奥から背伸びして弘明に渡してくれた。
「GO、GO、GO――」
やけに鼻の高い男は、突撃命令よろしく声を張り上げると目で威嚇した。
言われるまでもなく弘明はスーツケースを左手に、バックを担いで駆け出したのだった。
(つづく)