第5話 「走る稲妻」(その1)
9月28日金曜日、弘明はイギリスからオランダのロッテルダムへ飛んだ。オランダといえば首都アムステルダムが有名だが、船を生業とする芙蓉貿易に取っては、世界最大の貿易港であるロッテルダムが重要だった。
ロンドンを飛び立って弘明は、朝ホテルから自宅へ掛けた電話で久しぶりに話をした妻を思っていた。
日本を出てもう3週間近く、一度アメリカへ着いた時に電話を入れたが、いつも話すことは代わり映えしない。
「元気か、変わりないか」
と聞く弘明に、
「元気よ、ちゃんと食事している」
と心配げな妻。
後は子供の様子を聞いて、それで会話は途切れる。
造船所が倒産した後も、妻は友働きの仕事を続けていた。だが弘明が単身神戸へ転職して半年が経った頃、突然仕事を辞めて神戸へ来た。
「私も神戸に住みたい」
と言うだけで、勤めていた県庁の仕事を辞めてしまった。
だが妻が神戸へ来ても、弘明は仕事に追われ碌に話も出来ない。週末でさえ仕事で徹夜が続き、ウイークデイは接待と出張が続いた。
そして今度は一ヶ月に渡る海外出張だった。
(課長に昇進すれば給料も上がる)と、深残と外泊を続けながら、倒産会社で二十代を過ごした焦りが弘明を急き立てていた。
きっと出世してやると念じながら、何かがおかしいと感じていた。
だがどうすれば良いのか分からなかった。
弘明の乗った機は乗客70人程の小型ジェットだったが、水平飛行になっても酷く揺れていた。
ロッテルダムまで1時間程のフライトの筈が、随分長く感じられた。
機内は通路を挟んで両側に2座席、だが半分も埋まっていない。いつまでも続く激しい揺れで、機内サービスもないままだった。
と、ザーンと波にぶつかる様な激しい衝撃。
あっと思った瞬間、目の前が真っ白になった。
ガガガと小刻みな揺れに視界がブレる。体が右に左に揺れる。
そうかと思えば、横へスライドしながら頭の芯にGが掛かる。
ああ、と機体の頭が下がり、落ちると思う間もなく天井から白い物が一斉に降ってきた。思わず頭を下げて、避けようとした弘明の鼻先で揺れる物が。
見ればそれは酸素マスク。全座席の上でユラユラ……。
「Hold the cushion and bend your head forward」
割れる様な機内放送、スチワーデスの声が怯えている。
(このまま落ちるのか、この飛行機……)
と思いながら、弘明はクッションを抱いて頭から前屈みになった。
(つづく)