第4話 (その4)
翌朝弘明は古賀とロンドン・ユーストン駅から始発に乗り、リバプールへ着いたのは午前10時前。
初めて英国の列車に乗った弘明は、車内に響くレール音を聞いて郷愁にかられた。目を閉じれば、日本のどこかのローカル線にでも乗っている様な気楽さを感じたのだった。
ライムストリート駅には、えらくラテン系の社長が迎えに来ていて、彼が運転する車で倉庫へ向かった。
道すがら英国随一の港だと思っていたが、車が進むにつれその認識を改めるしかなかった。
日露戦争の戦艦三笠は英国建造だが、それも今は昔。ポートアイランドの造成で拡張する神戸と比べれば、目の前の街は衰退していた。
「古賀さん、リバプールってえらく寂れていますね」
「ああ昔の面影は消えたが、気位だけは天下一品やで」
古賀は車を運転しながら大仰に話す社長に、愛想よく応じながらも片方ではシニカルなことを囁いていた。
(確かにこの社長、どっか危なっかしいな)
と思わせる社長の倉庫は、港から少し離れた丘の上にあった。
在庫はここだと案内された弘明は、おもむろに在庫をチェックした。
物はTwistlockというLoose金物(Flange構造で上下Coneが作動)で、日本のダクタイル(鼠鋳鋼)製は円安で競争力があった。競合はドイツ製だけにリバプールの在庫は欧州の橋頭保でもあった。
「おい山岡、社長が日本製のコンピューターを入れたと言うから、ちょっと事務所の方へ見に行こうか」
社長と雑談する古賀がそう言うので、弘明は検査の手を止めて後に続いた。
納屋の様な事務所へ行くと、机の上にそれらしきものがあった。
見れば9インチのディスプレイ。古賀に言われて社長が電源を入れると、しばらくして画面が浮かぶ。
これで在庫は完璧――と、社長が入力する。
だがその様子に、弘明と古賀は顔を見合わせた。
「なんやこれは――」
と、二人は言うしかなかった。
芙蓉貿易は昭和40年代にオフコンを導入し、社内のオペレーションをコンピューター化していた。社長の使う代物は中古の日本製ワープロでしかなく、入力は数字の記禄でしかない。
在庫管理の不備を正すつもりの古賀は、社長から食事に誘われたが断り、車で駅へ送ってもらうと別れた。
そこで古賀は、
「まだ最終まで時間があるな……パブへ行くぞ」
と言うと、そそくさとタクシーに乗り込むのだった。
(第4話おわり)
なんとかイギリスの予定を終えた弘明は、次の地へ。
明日へ続きます。