第3話 (その4)
「まあ……事の判断は明日の結果次第とするか」
凡そ1時間の会議の末、大村社長がその一言を発した。
会議には社長以下、日本人支局長と英国人顧問が陣取り、弘明は古賀の横に立ったまま。冒頭から弘明への詰問調だった。
なにしろ訪ねた会社や相手が何者かも知らずに営業した弘明の責任は否めない。ただ弘明にも金物の検査や分析については、プロとしての自負があった。
だが詰問する方はズブの素人。事の本質が理解出来ず、A&B社との面談如何とするしかなかったのだった。
会議室から出ると、秘書の女性が出勤していた。別にコーヒーが出る訳でもなく、弘明は脇のテーブルに坐り、神戸から届いている書類やFAXを見た。
その間古賀は電話でアポの確認を済ませたが、予測通り会議は翌火曜日午前10時、A&B本社と決まった。
「おい、なんか先方は会議に十数人が出るらしいぞ……」
懇意な監督から情報を聞き込んだ古賀は、いかにも心配げに言った。
だが弘明も答えようがない。なにしろ相手が何を聞くのか分からず、手の打ちようがなかった。
その後、弘明は古賀との日程調整などで時間を潰した。
昼近く、古賀は会議室を気にすることもなく、外出する旨を秘書に言うと、
「おい昼飯行くぞ」
と、弘明に声を掛けてきた。
古賀は筋違いの路地にある角地のパブへ入った。昼からパブかと弘明は戸惑ったが、店は古風な木造二階建で、派手な店名が踊る様に掛かっていた。
中は天井高さのあるホールにカウンター、だがなぜか店は右左に仕切られていて、古賀は迷わず左の方へ入って行った。
「ここですか?」
と訝る弘明に、
「お前、飲まんのか?」
と古賀が聞く。
いや、と返事するまでもなく、
「one pint, two beers」
と古賀は叫んで、
「郷に入れば郷に従え、これがロンドンの昼飯や」
と言って、メニューを弘明に渡した。
「でも、なんで店が二つに分かれているのですか?」
と、メニューを受け取りながら弘明は率直に聞いた。
「ああ、こっちは白人で、あっちはその他や」
「えっでも僕らは黄色人種……」
と、食い下がる弘明に、
「一応日本人は、白人の方で良いことになってるんや」
と、古賀はこともなげに言う。
弘明は返事に窮していた。
反対側でビアグラスを片手に喋る多様な人種に、複雑な思いだった。
弘明の英国デビューは、こうしてほろ苦い味で始まった。
ただ古賀のお陰で、背負った重荷に耐えられそうだった。
(第3話おわり)