不調
気を失っていたのだろう。
煎餅布団の様なわずかな柔らかさを感じる。きっとどこかに寝かされているんだろうが、布団が小さすぎて足がはみ出ている。
意識が覚醒しだすと共に、またさっきの気持ち悪さが襲い掛かってくる。肺が何かに侵されているかのような異質感。
だが、異質感のみで息苦しさはない。だからと言って、じゃあ大丈夫かと言われればそんなことは全くなく。体が全身全霊で肺を侵す何かを拒絶している。
意思や気持ちでどうこうなるものではなく。頭痛や眩暈に襲われる。
何とか気合で目を開け、周りを見渡すがうっすらとぼやけてよくは見えない。
ここはどうやら、小さな小屋にいるらしい。小さな小屋とは頭痛が痛いが、本当に小さい。おそらくこのまま立つと頭を打つのではないだろうか。
「うぅ……うぐぐ」
しばらく収まっていた吐き気が再発してきた。
しかし、すでにすべてを吐き出した後。なにも出てくる訳もなく、ただただ苦しい。
俺が喘いで悶えていると、小屋の外から慌ただしい足音が聞こえる。勢いよく開いた扉から一人の女の子が入ってきた。
寝た姿勢からなのではっきりとはわからないが、俺の胸辺りまでの背丈だ。服装は言ってはあれだが、ぼろ布を纏っただけの貧相な格好をしている。
少女は俺を見て一瞬安堵した表情を見せたが、今にも吐きそうなことのに気が付くと駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫? って、あ……」
少女は心配そうにこちらを気遣った後に、すぐさま離れてしまう。
「はぁはぁ……水を……水……」
そんな少女を様子に気付かず水を頼む。いったいどれほどの間気を失っていたのはわからないが、如何ともし難い空腹と喉の渇きを覚えた。
少女はすぐさま木のコップに水を入れて持って、口元に差し出してくれた。
俺は奪い取るようにコップを受け取り飲み込んでいく。水は冷えておらず常温だったが、今の体調を鑑みるとかえって助かったかもしれない。
しかしそんなことより、水の中にさっきから異物感を感じていた何かと同じ物を感じた。
思わず水を吹き出しそうになったが、グッとこらえる。胃にその何かが流れ込むのは違和感はあるが、肺に入るほどの異物感はない。
ただし、ただ水を飲むよりも液体の動きをはっきりと知覚することができる。胃を通り、小腸をグネグネと蛇行し、拡散する。恐らく吸収されたのだろう。
水は大腸で吸収されるとばかり思っていたが、その大半が小腸で吸収された。中学高校では生物を専攻したわけではないので、内臓器官の正確な働きなんて知らなかった。
水を飲んだためか、それとも水に含まれていた何かにさほど拒絶感がなかったからか、少し呼吸が落ち着く。
いつの間にか少女が、ご飯を作って持ってきていた。状態がましになった俺を見て、安心したような不思議そうな顔をする。
持ってきた料理は肉と野菜が崩れる限界まで煮込んだ、ドロドロのスープだった。
少女は、スプーンでゆっくり食べさせてくれる。非常に申し訳ない気持ちになるが、少なくとも体調がある程度まで回復するまで甘えさせてもらおう。
お腹も膨れそのまま気絶すように眠る。
#NULL!
目が覚める。小屋の天井が目に入る。小屋は四方に窓があり、窓から入る光がアカシアの木の様な、オレンジがかった壁や床を照らす。いくつかの家具が目に入るが、電化製品の類は見当たらず、少女の恰好も含めよほどの田舎なのかもしれない。
俺の家は大都会とまではいかないが、付近数キロにこんな場所は知らない。それに、椅子から倒れた後、最初に手に当たったのは葉っぱだったような……。
……うぅ。頭痛がし、強制的に思考が止まる。
肺の中に何かが満たしているのがはっきりとわかるが、吐き気はもうほとんどない。しかし、体が重たい。まるで何かが上に乗っているようだ。
体を起こして、伸びをする。体の重さに思わずため息が漏れる。ずっと眠っていたのにだるさが抜けない。正直あんまり動きたくもない。
しかし、ずっと寝てもいられない。多少頭が動くようになって、やっと異常事態に気が付いた。この体調の悪さもそうだが、この見覚えのない場所もそうだ。もしかしたら俺は、看病してくれた少女に毒ガスでも吸わされて、拉致されたのかもしれない……。
いやないな、俺を攫う意味が思いつかなすぎる。
ふと、隣を見ると例の少女が寝ていた。
そりゃそうだ、四方の窓から光が入ってきているということは、一室しかないということ。別の小屋があるならまだしも、無いなら同じ部屋で寝ざるを得ない。
いや、ホントにないな。これはないわ。