初体験(魔法)
「まさか異世界に来て最初にすることが引っ越しとは…」
屋敷から出ていく、そう決意した私は早速準備に取りかかった。
薄手のネグリジェから漆黒のワンピースに着替え、荷物の整理を開始する。しかし、やはりというか………物が多い。
引っ越しは大人数でやるに限る。こんな広大な屋敷、取捨選択だけでも日が暮れそうだ。もしかしたら次の朝日を拝むことになるかもしれない。
しかし、「花の館」は人里離れた森の奥にある設定だった。というかそもそも「夜の魔女」はその首に賞金をかけられる存在だったはずだ。引っ越しの手伝いなどしてくれようはずもない。
「あーもう、なんなのこの本の数は!」
「花の館」の地下、書庫ステージ。大量の魔法書があり、ゲームでもそのうちの数冊を実際に読むことができた。
「アスアド」でプレイヤーは魔法書を使って魔法を修得できるのだが、そんな書物がざっと数百冊。運ぶ手間を考えるだけで既にげんなりする。
「いっそ全部燃やしてしまおうか……」
この世界での魔法は非常に希少なものであり、必然魔法書も貴重なものである。良くない人間に渡る可能性を考慮すれば燃やしたほうがマシかもしれない。やらないけど。
下らない思考を捨て、作業を再開する。書庫の整理は未だ半分程度しか済んでいなかった。
ヴェヌメアの体は高身長故、書棚の高いところも届く。背伸びすれば一番上の列もギリギリ届くほどに。
そう、ギリギリ。
昔から横着と言われてきた。母には耳にタコができるほど注意されてきたし、通信簿にもそう書かれたほどだ。
本棚に巨乳を押し付けながら本を取っていた私に神は意地悪をした。
ギチギチに詰まった本が一冊抜ける際に他の本も連れ………必然、私の顔面に降り注ぐ。
「いたっ、いたたっ、いだぃ………」
ポコポコと何冊も顔面にバウンドし、私の周りに散らばっていく魔法書たち。私はさすがの耐久力のおかげか無傷だったが、片付ける手間にため息を禁じ得なかった。
散らばる本には読めない文字。ゲームでは日本語のテキストが浮かび上がってくる仕様だったが、現実はどうもしょっぱいらしい。
どの書物にも不明な言語と白黒のイラスト、カラーの魔方陣らしきものだけが描かれていた。
「いつかは読んでみたいけど………いつかの話だなぁ」
魔法。
そらぁ、誰だって使ってみたいだろう。私も使ってみたい。
「アスアド」の設定でヴェヌメアは――全ての魔法が使える魔女――と設定されていた。よってこの体には才能があるはずだ。魔法の才能は魂に依存するものとかだったら咽び泣いてやる。
まあ、どちらにせよ「いつか」の話である。
もしかしたら、明日にでも勇者がやって来るかも分からないのだ。魔法も使えない今の私など『魔女殺し』がなくても瞬の殺であろう。
「魔法使いたいなぁ」
休憩というかサボりというか、散らばった本の一冊を取り上げ目を通してみた。炎のイラストと読めない文字、そして簡単な赤い魔方陣。
(いや、この魔方陣は簡単すぎでしょ)
思わず苦笑いしてしまった。
魔方陣といったらもっとこう………複雑な幾何学模様なのではないだろうか。これなら直ぐにでも諳じれる。
(試しにやってみよう)
目を閉じて頭の中に陣を描く。
丸の中に五芒星を描いて、右の頂点に点を一つ。色は深紅。ほら簡単。
目を開けて確認するとやっぱり正解だった。深紅の魔方陣が広げた本の上に浮いている。
(あれ………浮いてる?)
瞬間、空中に描かれた円から炎が上がった。
「あっちぃぃぃ!?」
渦巻く炎柱は私の前髪を掠りながら天井スレスレまで上がる。天井は僅かに焦げていた。
私は寝転びながら冷や汗を流す。
(死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思ったぁぁぁ!!!)
生物は本能的に炎を恐れるものなんだと学びましたまる
私の初体験はそんなマヌケな経緯でした。