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契約ナメんな

 


「そこから出たってぇことは、何されても文句はねぇってことだからな?」


 柔らかい鉄を捻曲げ、牢屋の外に一歩踏み出す。

 アレフと名乗った男はそれを見て半身を取った。隙のない構えだ。


「テメェにはもう一回眠ってもらう」

「やってみろ!」


 俺の身体能力は常軌を逸している。本気で殴れば、アレフは簡単に死んでしまうだろう。

 だからといって、手加減し過ぎては大男を倒すことは出来ない。


「ふっ…」


 戦いは素人だが、感覚で“隙”が分かった。


 野性動物でも人間でも…そして魔女でさえ、あらゆる生物には“隙”が存在する。例外は一つしか知らない。


 アレフの緊張が途切れた一瞬を狙って近づき、顎を狙う。本気で殴れば首が圧し折れるかもしれないから、必要最低限の力で…。


「あーあー、素人丸出しのテレフォンパンチ。宝の持ち腐れだぜ」


 俺のパンチはアレフが首を少しだけ傾けるたせいで空を切る。


「パンチは構えからテイクバックせずに撃つんだよ………こんな風にな!」


 ストレートを振った後のオープンした体。

 隙だらけの俺の顎に、アレフの放ったアッパーが突き刺さった。







「……………」


 …頭がガンガンする。

 意識は覚醒したのに、視界はくるくる回っているようだ。


「よお、クソガキ。目覚めの気分はどうだ?」


 定まり始めた視線を声の方向に向けると、アレフが椅子に逆向きに座っていた。


 部屋は明るく、アレフの顔を始めてちゃんと見える。

 大きな古傷ばかりに目が行っていたが、良く見ると両目の色が少し違ったらしい。右目は黒いが、左目は白っぽい。

 それに、無精髭も生やしている。


「ここは…?」


 牢屋………には見えない。

 椅子や机の雰囲気がまるで違う。それに今気がついたが、俺が寝転がっているのはベッドだ。丁寧に布団まで掛けられている。

 部屋の中は明るくて、牢屋というよりは家という感じだった。


 それになにより、腕が縛られていない。


「どうした? 自分の手なんて珍しそうに」

「……拘束しないのか?」

「しても無駄だからな。一応手錠でもしようかと思ったが、どうせ意味ないんだろ?」

「ないけど…」

「どうせ暴れても、テメェ程度なら俺一人で鎮圧出来るしな」

「あれは………ちょっと本調子じゃなかっただけだ」

「だはははははっ」


 豪快に笑われた。


 まあ、今のは自分でもちょっと幼すぎたかなと思う。言ってから後悔した。


「本調子じゃなかったか。そらぁ、頼もしい」

「…頼もしい?」

「ああ、そうだ。その話をするためにここでテメェが起きんの待ってたんだよ」


 アレフはそう言うと、ポケットから一枚の紙を取り出した。それを広げて、俺に見せてくる。

 何やら小難しく文字が並んでいた。


「何だそれ?」

「仕事の契約書だよ。ガキには分かんねぇか」

「んだと…」


 カチンときて言い返そうと思ったが、言い返せなかった。確かに分からない。

 ニールは、分からないときは分からないと言った方が得だと言っていた。


「ああ、分かんねぇよ。説明してくれ」

「無理だ。俺も詳しくは分からん」

「……」


 思わず拳を振り抜きかけた。


「まあ、作成したのは俺じゃねぇだけで、契約の内容を考えたのは俺だ。言葉の説明は出来ねぇが、内容の説明は出来る」

「なら最初からやれよ」

「焦んなって」


 アレフは紙をしまって、指を一本立てた。


「まず一つ、ロベルト・インベルはアプリコスの警備隊に所属する」

「はぁ!? 何で俺がそんなことを」

「外は信じられねぇことに太陽が登らなくなっちまってな。国内は大忙しなんだよ。猫の手でも借りてぇんだ」

「俺が言うのもなんだけど、猫の手を借りても犯罪者の手は借りたらダメだろ」

「だが、テメェを入れとく檻もねぇ。テメェは俺じゃなきゃ鎮圧出来ねぇし、お前に付きっきりでいられるほど俺も暇じゃねぇ」


 確かに俺の身体能力なら脱走は簡単だ。

 筋は通ってる………のか?


 ………ダメだ、バカだから分かんねぇ。


「そんで二つ、日が昇るまで警備隊として働いたらロベルト・インベルの剣は返し、殺人未遂及び脱獄未遂は不問とする」

「ちょ、ちょっと待てよ。色々おかしいだろ」

「そうか?」

「殺人未遂と脱獄未遂を不問にするとかホントかよ。分かんないけど、凄い罪なんじゃねぇの?」

「すげぇ罪だが、俺は国王にも顔が利くからな。何とか取り付けた」


 何とかって…。


「契約の大体の内容はこれだけだがぁ……どうする? 暴れて俺にもっかい伸されるか、我慢して働いて宝物取り戻すか」

「………剣は本当に返してくれるんだろうな?」

「ああ、これは王を介した本物の契約だ。破ったら立派な罪になる」


 暴力が必要ないなら、それに越したことはない気がする。

 だが、俺はキアリスやニールみたいに頭が良くない。

 実は騙されているかもしれない。


「……」


 いや、そんなことはない。

 上手く説明できないが、何となく……そう、勘で分かる。嘘じゃない。


「最後にもう一つ。聞きたいことがある」

「なんだ?」

「ルルドって人を知らないか?」

「ルルド? あー、聞き覚えはある気がするな…」

「ホントか!」

「ああ……まあでも、最近のことじゃねぇな」

「そうか…なら違うか」


 おそらく以前ここに住んでいた時に聞いたとか、その程度のことだろう。


「もう一つ良いか?」

「…ああ良いぞ」

「ここら辺で魔女が出没してないか?」

「良く知ってるな。したぞ」

「えっ!?」


 まさかもう……。


「まあ、結構前のことだがな。仲間割れで四人殺した賊が、魔女がやったんだって喚き散らかしてたことがある……まっ、言い訳に魔女を使うなんざありふれた話だから嘘だと判断されたが、あいつの証言は嫌に正確だった。もしかしたら、本当かもしれねぇな」

「……そうか」


 結構前ならやっぱり違うか。


 いやそもそも、ルルドが簡単に死ぬとも思えない。

 冷静に考えればそんな訳がないんだ。


「何でそんなこと聞くんだ?」

「別に…」

「誤魔化しかた下手くそかよ」

「家族にも言われた」

「家族いんのか。どこだ?」

「………分からない」

「ちっ…そっちも訳ありかよ」


 ルルドはたぶん死にはしない。

 だけどアイリやニール、キアリスにフィーは分からない。

 四人ともすげぇやつだけど、世界にはルルドとかヴァニスみたいな奴もいるから…。


「で、どうすんだ?」

「何が?」

「契約の話だよ。受けるのか、受けねぇのか」

「……」

「……」

「分かった。受けるよ」


 まあ、ルルドがいないなら『魔女殺し』を確保しておく理由もない。

 ちゃんと正規の方法で取り返せば良いだろう。


「よしっ、じゃあ今日からテメェは俺の部下だ。俺の部下は良いぞ、休暇返上で半ベソかくまでシゴいてもらえるからな」

「やっぱ契約取り消しで」

「契約ナメんなクソガキ」

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