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その光景には見覚えがあった

 


「……ここまで気分が悪いのは五次会に参加させられた日の次の日以来ですね」


 緊箍児(きんこじ)が付けられているかのように頭が痛く、内臓が掻き混ぜられたかのように気分が悪い。


 転移魔法の後遺症にしても強すぎる。


「そもそも……ここはどこですかね…」


 見渡す限り石造りの壁。部屋のように見えるが、壁に掛けられたランタン以外はなにも存在しない寂しい部屋だった。


 朧気ながら見覚えがあるような気がするが、少なくとも実際に来たことがある場所ではないはずだ。

 おそらく、画面越しに見ていたものだと思う。


 しかしそれはおかしいのだ。

 転移魔法は一度来たことがある場所でなければ転移出来ない。厳密には転移先を強くイメージしなければ転移出来ないのだ。


「転移する直前何を考えていたのか…………駄目だ、思い出せません」


 おそらく日蝕(ひは)みのスキル攻撃を受けてしまったのだろう。

 ヴェヌメアの耐性は低くはないが、精神異常完全耐性のスキルは持っていない。おそらく混乱状態になったのだろう。

 混乱はゲームでは操作が一時的に効かなくなるだけだったが、ここでは思考と記憶が混濁するらしい。


 思考が混濁して転移先の想定を失敗した……としても、ここがどこかという疑問はまだ残る。


「考えられる可能性は本物のヴェヌメアが来たことがあるということ…」


 そもそも、ヴェヌメアは齢二百歳超えだ。世界中どこに行ったことがあったとしても不思議ではない。


 私の精神とか魂の部分がどうなっているのかは分からないが、混乱が上手い具合に作用して本来のヴェヌメアの記憶が引っ張り出された……みたいな?


 まあ理論は雑だが、そんなことはどうでも良い。


「今重要なのはあの子らの所在ですね」


 ここに居ないということは、別の場所に飛ばしてしまったということだ。

 私以外は一ヶ所に固まっているのか、それともバラバラなのかは分からないが助けにいかなければならない。

 おそらくあの子らも混乱状態になっているはずだ。


「取りあえず……当初の目的地であるウンディーナに飛びますか」


 或いは私だけが転移に失敗していて、子供達はウンディーナに到着しているかもしれない。


 そうでなくともウンディーナには愛の魔女リリアーナが居る。

 日蝕みが現れたということは世界中から日の光が消えたということだ、ウンディーナでもパニックになっているはず。

 私がリリアーナに会いに行けば、簡単に会えるかもしれない。


「リリアーナに頼るのは気が向きませんが、そんなこと言ってる場合でもありませんからね」


 日蝕みはレイドボスだ。

 オンラインモードで何百人というプレイヤーが集わないと倒せないほど鬼畜な設定をされていた。

 それはつまり、勇者が百人以上必要ということだ。


 勿論、勇者は世界に一人しか居ない。


「…はぁ」


 黄金の光が宙を舞う。

 石造りの床の上で複雑な陣が緩慢に回転する。


 そして、魔法陣が砕け散った。


「えっ……」


 間抜けな声が漏れるほど驚いてしまった。

 魔女が魔法を失敗することなどそうはない。或いはまだ混乱状態が続いているのかと思った程だ。


 そして嫌な記憶がフラッシュバックする。

 ウンディーナで白銀の世界に閉じ込められたときの記憶だ。


「まさかまた魔道具(マジックアイテム)?」


 さすがに辟易としてしまう。

 そう何度も異世界に飛ばされていては気がもたない。


「転移出来ない場所に何で転移で入って来れたんですかね…」


 ほとほと疑問である。


 しかし、ぼやいても悩んでも事態は改善しない。諦めが肝心だということは骨身に染みている。


 子供達を助けたいと(はや)る気持ちを懸命に抑える。

 大丈夫、あの子たちは自力でも生きていけるはずだと。

 だから冷静に…。


「まあまずは…これでもかと言わんばかりに怪しいドアがあるので、まずはあれを開けますか」


 ここが部屋なら、あれはおそらく出入口だ。

 近寄ってノブを捻る。しかし、ノブを引っ張っても扉は開かなかった。

 ガタンと重い音が虚しく響く。


「……これは…監禁されたということですかね。なんて、自分で転移してきたんでした」


 しかし、妙だ。

 この部屋を施錠する意味がまったく分からない。

 先も言ったが、この部屋はランタン以外何もない。守るべき物はないのだ。


「…この扉、外側からしか施錠出来ない」


 この扉の鍵は内側からは開けられないようになっている。つまりそれは、この部屋の用途が閉じ込めることということだ。


「そういえば、私は本当にここに転移してきたのでしょうか…」


 混乱状態の影響か、記憶が曖昧でまったく思い出せない。


「ちっ……後で損害賠償とか求められても応じませんからね…」


 ドアから三歩離れ、手の平を扉に向ける。

 そして扉を躊躇いなく爆破した。

 激しい音と共に扉が吹き飛び、部屋の外が覗く。


 そこは、紫色の床と壁の宮殿だった。しかし、人間が住むにはどう考えても道幅が広く、何より趣味が悪い。

 極めつけはモンスターがうじゃうじゃと徘徊する始末。


 その光景には見覚えがあった。


「……まさかそんな。いやしかしあり得ない話じゃない…」


 ヴェヌメアが訪れたことがある訳だ、父の家なのだから。

 転移出来ないわけだ、ダンジョンの中なのだから。


 つまりそこは、その宮殿は、そのダンジョンは……『アスアド』のラスボス、魔王トリニティの居城にしてラストダンジョン……魔王城だった。



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